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新しい世界

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 本当は十五分あれば間に合う。
「ま、いいから上がって」
「ん」

 店内にずしと構えた奇妙な引き戸をくぐると、そこはすぐ裏玄関になっている。入ってみるとやはり異様な感覚がした。
「このドアなんとかならないの?」
 絢音は何年も思い続けている事を、また口にする。
「なんとかって、もうここにあるんだから仕方ないじゃない」
 母も何年も変わらぬ返答を返した。
 異様な裏玄関から縦には通路が延びている。玄関を上がってすぐの処に――左手側――二階へと続く階段がある。そこを抜けて通路をまっすぐに進めば、最初に差し掛かる左側にある部屋がこの家の居間であった。
 月に一度、鈴木家が集合するのがこの居間である。――絢音は母に続いて居間に入ると、つまらなそうな声で――おじゃましまぁす――と呟いた。
「おう…」
 短く兄が声を返す。しかしその顔は絢音を見ていない。
「だいぶ遅かったじゃない」
 父はすっと己の座っている隣の座席を示した。
 ここに座れと父にやられ、絢音は黙ったままでその座布団(ざぶとん)に正座した。
 最後に母がどかんと座布団に腰を落として、脚の短い居間机をぐるりと鈴木家が囲った。――長方形の居間机、その四面ブロックに鈴木家の面々は腰を下ろしている。
 母が一人、入り口を背にした状態で居間机の長い一面に座り、その左隣の短い一面に絢音と父が座る。二人の正面にはテレビ――兄がいる為、今は見えない。――が置かれている。
 絢音と父の左隣となる、居間机の長い一面に、祖父と祖母が座り、その更に左隣にあたる居間机の短い一面に、兄が一人で座っていた。尚、兄は顔を真後ろのテレビに向けている。先ほど絢音が居間に入ってきた時も同様であった。
「それでは…、久しぶりに家族が勢揃いしたところで、ご飯にしましょう」
 母が嬉しそうに言った。絢音をかすって発射されたその眩しい笑顔は、隣の父に向けられている。父はうんむと、これまた嬉しそうに頷いていた。
「だから私は食べないって」
 絢音は母をむっと睨みつける。
「そんな時間なんて本当にないの、」
「え、そうなの?」
 困った顔を作っている母を尻目に、父がとぼけた顔で絢音にきいた。
「せっかくちらし寿司作ったのに……、彩音、好きだろう?」
 好きだけど、と絢音が答えたところで、母が面白くなさそうに――だったらもっと早く来れなかったの?――と言ってきた。
「今月は難しいのよ」
 絢音はしぶって答えた。
 まさか通り縋ったCDショップと電気屋で油を売っていたとは、口が裂けても到底言えたものではない。
「いいじゃん、絢音だってもう子供じゃないんだから、彼氏の一人や二人と夕食の約束だってしてるだろ」
 先ほどまでテレビに見入っていた兄は、いつの間にかこちらに向き直していた。どうやら、御目当ての為替(かわせ)ニュースが一度CMに入ったらしい。
「彼氏?」
 母は兄に眼を剝くと、器用に首だけを回転させて絢音に顔を向けた。
「一人や二人ってあなた……」
 兄を見ると、兄は一瞬だけ眼を細めて絢音に小さく頷いていた。どうやら、それは兄の助け舟らしい。
 絢音は開き直す事にする。背筋をピンと伸ばし、ゆっくりとした口調で母に言う。
「お母さん、私そういう事ですから」
 絢音は淑(しと)やかに薄笑いを浮かべた。
「プライベートな時間が迫りつつあるので、そろそろ退出させて頂きます」
 居間に自分の声だけが綺麗に響いたので、絢音は少しだけ不安になる。しかし持ち前の演技力でその顔は涼しく保たれたままであった。
 しかし、その後が続かない。誰も口を開こうとしないまま、絢音をぽかんと凝視しているのだ。――兄はすでにテレビの為替情報に見入っていた。
 ――あ、じゃそろそろ、――と絢音が言いかけた時、黙って茶をすすっていた祖父が長い顔で――あや、お前、結婚するのか?――と囁いた。
「え?」
 と祖父に言った絢音の表情はすでに演技ではない。
 ――絢音、――と思い詰まった口調で母が呟く。
「いやただの食事よ?」
 絢音はすかさず母を振り返りながら弁解する。
 ――ご招待すればいいじゃないか――そう囁いた声に振り返ってみれば、間抜けた顔で父が絢音を見つめていた。挙句の果てには――な。そうしなよ――と付け足される始末である。
 とんでもない事に展開していきそうな居間の空気に威圧されながら、絢音は眼だけできっと兄を睨んだ。――しかし、兄はただいま株価に夢中である。そこには後頭部しかない。
 仕方が無いので、絢音は散らかり始めた思考を纏める。――その作業はものの数秒である。――鈴木家の家族達は、俗にいう天然である。事を大袈裟にすれば逆効果になる事は必至(ひっし)。祖父と祖母はどんな話題にも順応し、その全てを即座に信じるという、手玉に取るには案外楽な聖者のような性質を持っているのだが、母と父に至っては侮(あなど)れない。母は祖父譲りの素直な性格の持ち主なのであるが、一度疑心を持ち出すとこれまたしつこい。父は何事もどんどんと勝手に進めてしまう性質というか、習性がある。
 しかし、鈴木家一、活力のある母を仕留めてしまえば、と、絢音は仕方なく溜息を吐く。
 ようし、と腹に力を籠(こ)め、絢音は仰天の表情で自分を凝視している母に向き直した。
「結婚とかそんな関係じゃないの、これはまだ友人関係」
 絢音は母にうんと頷いた。
「今日これから一緒に食事をして、仕事の話をするのね。別に私が何をしようとやましい事はないけど、やましい事は今のところ予定に入れてないの」
 安心しろというつもりでそう言ったのだが、母の顔つきは一層見苦しいものに変わっていた。
 これでは不味いと、絢音は更に弁解する。
「つまり、これから私は仕事の話を友人とするの。それ以外の何物でもないの」そう言って、絢音は母を見据える。「何よ……」
 母は『北の国から』の五郎(田中邦衛)のモノマネをしているような顔つきになっていた。これは母の女性らしからぬ顔芸、列記とした特技なのである。
「なんなのよ…、それは」
 絢音は母にそう漏(も)らし、父を振り返った。
「なに? 私なんか可笑しな事言った?」
 父が可笑しそうに首を傾げると、母が――あんた、――と言ったので、絢音は母に向き直す。祖父と祖母はいつの間にかチャンネルの変わっていたテレビに見入っていた。
「いまぁ、付き合ってるぅ、う彼氏いる…の?」母は田中邦衛で言った。
 可笑しいが、さすがに慣れているので絢音は笑わない。父だけがくすりと上品に笑みをこぼしていた。父の男性らしからぬ特技である。
「だから、それは兄さんが適当に言った嘘だよ、彼氏にはまだまだ早い関係よ、私達は」
 絢音はそう言って、居間の時計を確認した。そして居間机に手をつき、立ち上がる。
 母が絢音を見上げた。引き寄せられた眉根と、突き出された唇はそのままであった。
「それじゃあ、私もう本当に行くから」
 そう言って居間の出口へと振り返り、父の肩に手をそえて――じゃあね――と言った時、母が絢音に――ちょっと待ちなさいよ――と力無く言った。
 絢音は迷惑そうに振り返る。
「何よ……」
 母の顔はもう田中邦衛ではなかった。
「紹介しなさい」
作品名:新しい世界 作家名:タンポポ