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言霊砲

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「あの、そうですか……。俺も実は、読むのは漫画ばっかりで、うっしっし、……あのう。いや、ああ、あのう……。今、お付き合いされている方、とかぁ、いましたら、言って下さい」
「はい?」
「あ、はい、変な言い方しましたね今……、ごめんなさい。聞きたかったのは、付き合っている方とかは、いらっしゃるのかな~、という、その事なんです」
「………」
「……、うっそぴょ~ん、なんちって」
「………」
「ふう……」

 祐希は羽根をぴんと張って、天雲を拳で叩いた。
「しつこいぐらいがいい! もっとしゃべって! 楽しい話題とか、ああもう何でもいいから、沈黙はダメなの~!」
 グリフォンはにやける。
「チーン、だね……」
 祐希は表情を険しくさせて、天雲を手の平で叩いた。
「言葉にしよう? いくら運勢が良かったからって、願うだけじゃ叶わない! その人を好きって事を胸の奥にしまい込んじゃダメ! 声に出して! 言霊砲を使って!」

 大平渚は、余所余所しく、淑やかに尋ねる。
「あのぅ……、もしかして、告白、ですか?」
 若葉幸助は、強烈に鼻の穴を広げて、真剣な顔をして姿勢を正した。
「はい! 告白、です!」
 大平渚は、しばらく考えてから、この場所に来てから初めて、若葉幸助を見つめてから、ゆっくりと深く頭を下げた。
「ごめんなさい……。今は、そういう気になれないんです。本当に、ごめんなさい……」
 若葉幸助は、悲劇的な表情は一瞬だけにして、すぐに明るく微笑んでいた。
「あはい、わかりました……。あの、顔を上げて下さい。こんなとこに、呼び出してしまって、ごめんなさい。来てくれてありがとう……」
 ぺこり、と最後にお辞儀を残して、大平渚は三年生校舎の方へと消えていった。
 若葉幸助は、無言で、その方向をずっと見つめていた。その手には、母が今朝持たせてくれたコロッケの入った巾着袋(きんちゃくぶくろ)が揺れていた。

 祐希は残念がって、背が低いわりに長く育った自慢の脚をばたばたとさせる。
 グリフォンは笑い転げていた。

 若葉幸助は、長方形の雑草しか生えていない大きな植木鉢に腰掛けながら、巾着袋から出したコロッケを食べ始めた。
 若葉幸助は、鼻水をすすり上げる。荒く涙をこすって、また鼻水をすすった。
 迷いネコか、一匹の野良猫が、珍しく若葉幸助の眼の前にてその歩みを止めた。野良猫が昼休みのこの時間帯に若葉幸助の前に姿を見せたのは初めての事だった。
「どっから来たの……。ああ、俺? 泣いてねえよ、別に……。うたがってんの? ほんとに、泣いてない。もうすっきりした……、も、泣かねえ、よ……」
 顔を腕で隠して涙を我慢する若葉幸助を見上げたままで、黒一色の毛並みの野良猫は、「にゃあ」と一言、可愛らしい鳴き声を上げた。
「慰(なぐさ)めてくれんのか? ………ん?」
 若葉幸助は、野良猫を見下ろす。そして、野良猫のくんくんと嗅いでいる、その視線を追って、己の持っているコロッケを一瞥した。
「いや、悪いけど、俺も、今日の昼は、このコロッケ二枚だけなんだよ……。悪いけど、他当たってくれないかな……。ごめんよ……」
 野良猫は、眼を閉じて「にぁあ」と鳴いた。
 若葉幸助は、しばらく黙り込んで、野良猫を見つめる。
 次の瞬間、若葉幸助の手から、食べかけのコロッケともう一枚のコロッケが、地面へと転がり落ちた。
 コロッケは、地面にちょこん、と座っている野良猫の眼の前に落ちた。
「あ~あ、ついてないなぁ……。おっことしちゃった。おっことしちゃったものはもう、仕方ないよな。誰が食べたって、俺にはもう関係ないや。じゃあね、猫君」
 若葉幸助は立ち上がって、三年生校舎へと歩き始める。
 野良猫は夢中でコロッケを食べていた。

 祐希はじっと若葉幸助を見つめる……。若葉幸助の腹がぐうと鳴ったのがわかった。だが、彼は満面の笑みで「は~ら減った」と笑っているのであった。

       4

「私、心も身体も、強い人が好きなの。そういうのが外見に滲み出てる人。あなたとまるで逆、残念でした」
 文月三春は大袈裟に笑った。
 若葉幸助は、笑顔を絶やさぬまま、恐縮する。
「あのう……、だったら、あのもしぃ、……もしもですよ。もし、俺がもし、スパイダーマンのような、そんな強い人だったなら……、あなたのような魅力的な方と、恋人に、なれたでしょうか」
「そんな事聞いてどうするの?」
 文月三春は眉(まゆ)を顰(ひそ)めて苦笑してみせる。
 若葉幸助は、白い歯を見せて笑った。
「え、いや、あは、はいあのう、どうもしません! はは、あっは、すいませんなんか、貴重なお時間とっちゃって……」
 文月三春は、美しいショートカットを片手ではらって、笑みを消してから若葉幸助をまっすぐに見据えた。
「でも、好きになってくれてありがと……。ごめんね、君がどうのっていうんじゃなくって、年下に興味ないんだ」
 若葉幸助は笑顔のままで言う。
「歳の差を恨んじゃうかも。あは……」
「スーツ、似合ってきたじゃん。入社して二年でしょ?」
「四年目になります、もうそろそろ……」
「あそう。四年生か……。まあ、歳って今時、関係ないものなのかもね、時代的には、歳の差カップル、多いもんね」
「はあ……」
「でもダメなの」文月三春は、そこで笑みを消した。「タメか年上じゃないと。それが私のマイルール……。ごめんね」
 若葉幸助は、悲惨にひきつっていた顔面を、無理矢理に笑わせる。
「あ、あそうでしたか……。恨むな~、もう二年っぐらい早く生まれてたらな~」
「それで付き合うとは限らないけど」
 若葉幸助は、笑顔を解除する。
「はい」
「行くね」
「はい……」

 祐希はごろん、と羽根を下にして仰向(あおむ)けに寝転がり、蒼々(あおあお)とした空を見上げながらその表情を険しいものにする。
「いい感じの人だったのに……、むふぅ~ん……。な~んで、モテないんだろう、まるでダメの助……」
 グリフォンは笑った。
「それはそのニックネームを付けた祐希が1番よくわかってるんじゃない?」
「祐希がその名前付けたのって、まるでダメの助が小学生の時だよ? もう色々変わってるのに~……。まだモテない」
「まだ、ていうか、……いいや、何も言うまい」
「小学校の時なんかさ、モテる子にばっかり恋してさ。七回もフラれちゃってたけどさ、中学でやっと付き合えたと思ったら、ま~た落とし穴だったわけじゃん?」
「あれもひどかったね」
 祐希はむくり、と起き上がり、あぐらをかいて、背を丸めた。羽をばたばたさせる。
「祐希思うんだけどさ~……。その気にさせる女の子達が悪いんじゃないかな~」
 グリフォンはちょこん、と座り直し、「ほうほう」と唸った。
「もっとこう……、なんていうのかな、長い時間をかけて、恋に落ちた方がいいと思うんだよね」
「恋に落ちるのは一瞬だよ。だから、落ちる、ていうんじゃないか。落ちるのにゆっくりもくそもないだろう? ひゅ~~、だよ。違う国の言葉でも、フォール・イン・ラブ、恋に落ちる、てやっぱり言うみたいだよ」
「言霊砲がへたくそだよ、まるでダメの助は……」
作品名:言霊砲 作家名:タンポポ