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言霊砲

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「なに、言ってんのもちお……」
 祐希は、笑う事を忘れて、おどけたままで、グリフォンの顔をまっすぐに見つめた。
 グリフォンは声を大にして言う。
「人間に恋をすると、天使族は七日間で羽根が落ちて……、天使から人になってしまうという。祐希……」
 祐希は、片手で胸を押さえて、グリフォンを睨んだ。
「それがどうしたっていうの………。ここにいたってどうせ孤独なんだから、だったら人間になった方が、いいっぱい人がいるよっ! 寂しくないよっ!」
 グリフォンは、しみじみと眼を閉じた。
「……わかったよ、祐希。僕も協力するよ。神様……。神様が味方に付けば、もちろん何でもできる」
 グリフォンは空から視線を下げて、優しげに祐希を見つめた。
「全て思いのままで、何があっても祐希の勝ち……。失敗はありえない、だってそれは、神様のシナリオ通り……」
 祐希はグリフォンを見つめたままで、胸に沁みる熱い気持ちに手を当てた。
 グリフォンは声を笑わせる。
「君達二人の運命なんて、どうにでも書き直せる……」
 祐希は、空を見上げる――。空は蒼く、どこまでも透明な空気が広がっていた。
「神様は誰の味方? 立場はっきりしてよ……。もし祐希の味方なら、見えないように応援して……」

 まるでダメの助を好きになったの……。
 これからは私がまるでダメの助の支えになりたいの。

「ねえ神様、作戦なんかいらない。影で支えて欲しい……。奇跡が起きたように、まるでダメの助に、とびっきりの笑顔見せたいの……」
 祐希は一人空を見上げ、ブツブツ言っている。
「この想い届け……、言霊になって………」

       6

 祐希は天雲を走り回る。どこまで行けるか、昔はよく遊びで挑戦していた。
 グリフォンは小さな羽根を忙しく羽ばたかせて空を飛ぶ。

「もう何日目かな~、祐希が走り始めてから~」
「祐希の計算では、一週間以上!」
「じゃその計算は間違いだな。一週間したら祐希の羽根は落ちてるはずだもん」
「どっこまでも行ける! ま~だまだ走れる! もちおも飛んでないで走ろうよう~気持ちいいよう~?」
「羽があるのにどうして走るの? 脚は天雲に立つ為にあるんだよ?」
「走っちゃダメなの~?」
「もう五日間も走り続けてる、その意味がないじゃないか……」

 一人と一匹は、果てしない天雲の遥か彼方を目指してひたすら突き進む。蒼く広大な空の穏やかな陽光が、優しい陽だまりを作っている。
 祐希は生まれ育ったこの大地を、思い出と共に包み込むように、思い出すように、そして、忘れるようにして、大きな一歩一歩を蹴り上げていった。

「まるでダメの助は、どんな感じ?」
「うん、そうだな~……。あの宮下朱莉っていう子とは、くっつかなかったみたいだよ」
「セーフ! えでも、なんで?」
「どうやら、自分から好きにならないと恋に落ちないタイプみたいだね」
「な~まいき! あっは、まるでダメの助の癖に~!」
「今では、若葉幸助の事を好きな女の子が、けっこう増えたよ」
「えっ! 聞いてない聞いてない!」
「走ってないで観察しなよ~、人間になるんだから~」
「人間になったら、ランナー、っていう人達ぐらいしかあんまり走れんくなるみたいよ。だから、走っとく!」
「七日間走るつもりぃ?」
「そう!」
「そうなんだ……」

       7

 七日後、与田祐希の背中から羽根は落ちた。天使ではなくなった祐希は、同時に浮力も無くしたが、グリフォンの能力で祐希が地上へと落下する事は無かった。
 祐希は、天使の記憶を持ったまま、そのままの姿形で、人間としての生を過ごす為に、人間となった。
 祐希とグリフォンは、長い間住処(すみか)として世話になった天雲に、長い長い「ありがとう」を言い残して、夜景の輝く東京の街の中へと、ゆっくりと降り注ぐ粉雪のように、二人舞い降りてゆく――。途中、グリフォンがアパレルショップの洋服を数秒間一瞥すると、ぱっと、祐希の着ていた白装束が、アパレルショップに飾られていた洋服と同じ物へと変化した。
 グリフォンは笑う。
「お似合いですよ、天使様。いやあ、元天使様かあ」
「うん、ありがとうもちお! これが洋服ってやつなんだね~、あったかい!」
アスファルトに降りる寸前までは、グリフォンの能力で祐希達の姿は透過されていた。
 今はもう、祐希はその街の人々には見えている。普通の可愛らしい23ぐらいの女の子に見えるだろう。
「わああ! あ
のキラキラしとるあれ! あれ何~! ちっかちっかしとるとよぉ~! あっちが信号でえ、あれは木だあ! 建物建物、あっははあ!」
 初めて実際に目の当たりにする夜景の美しさと人混みの多さに大興奮する祐希は、はっとなって、辺りを急いで見回した。
 グリフォンの姿が無いのである。
 祐希は言葉を失って、きょろきょろと辺りを見回し続ける。

 もちおが消えた……。生まれた時から一緒だったもちおがいないなら、私は、この世界で一人きりじゃないか……。
 間違っていたのかもしれない。私はそもそも天使、ここにいる人間達とは生まれも育ちも違う、別の生き物……。

 世界でたった一人の、堕天使……。

 その時、何処からともなく、グリフォンの声が聞こえた気がした。

 祐希、僕の声はまだ届いてるかい?

「もちおぉぉ!!」
 祐希は辺りを見渡しながら大きな声で叫んだ。
 行き交う通行人が祐希を振り返る。
 祐希は、不安そうに表情を険しくさせる。
「どこにいると?」
 祐希は、辺りを見回す。

 天使じゃなくなった君に、聖獣である僕の姿は見えない。声も、すぐに届かなくなる……。

「何を言ってんの? どこ行ってたの!」

 うん。神様に、了解を取りに行ってた。

 祐希は泣きべそをかきそうな表情できょろきょろする。
「なんの?」

 祐希。僕からの最後のプレゼント。僕の力で、一時的に、君にあるものを見せてあげる。

 祐希は声の在りかを探して、ゆっくりと、くるくると回る。
「なにを?」

 真実を――。

「あ、え……」
 与田祐希の身体が光り輝いた。一際輝いている背後を振り返ると、そこには、落ちて消えたはずの光り輝く祐希の天使の羽根があった。
「あ、羽根が……」

 祐希は元天使。そして、これから生きていく世界は、人間の世界だ。

 祐希は夜空を見上げて、弱く頷いた。
「うん」

 でもね、寂しがることなんて全く無いんだよ。その眠たそうな眼を大きく開いて、よく見てごらん。

 祐希は夜空に小首を傾げる。
「なにを? ……あ、あああ……、うわあ………」
 ぽつん、ぽつん、と一人また一人と、街中の路行く通行人達の背中に、天使の羽根が光り輝いていく……。
 その世にも美しい七色に輝く天使の羽根の光が、その街中を覆い尽くしていく……。
 祐希は、見とれてしまう。

 いつか言っただろう祐希。天使はその昔、人間になったんだって。
 みんな、元々は天使だったんだよ……。みいんな、天使の血を引いてる。
 世界は君の、仲間だらけだ。
 じゃあね、祐希。
どうか、元気で――。

「もちお? ねえもちおぉ?」
 祐希は光溢れる街中の中を、きょろきょろとする。
作品名:言霊砲 作家名:タンポポ