未来卵
和田まあやは「え?」と、真顔で風秋夕を見つめてから、磯野波平の顔を見つめた。
「それだけ大好きだって、こいつなりに変態の言葉で絞り出したらしい……」
「こんにゃろ! しまいにゃカンチョーして持ち上げっぞてめこらぁっ‼」
「俺もおんなじ気持ちだよ」
「シカトしてんじゃねえぞ!」
「まあやちゃんがもし寂しやかまっしいな耳元で貴様ぁっ‼」
「んふ……。ありがとね」
和田まあやは、二人には聞こえない声でそう呟くと――、喧嘩を始めた二人を尻目に、皆の賑やかな話題へと突入していった。賑やかな声の響くフロアには、R&Bサウンド、ニーヨの『ソー・シック』が流れていた。
3
風秋夕は微笑んで虚空(こくう)に言う。
「乃木坂46の『アンダーズ・ラブ』のMVをこのBARの全部のディスプレイにかけてくれ……」
畏まりました――という、電脳執事のイーサンの声を最後に、流れていた海外アーティストのR&Bがぷつりと止まった。
変わりに、〈BARノギー〉の全ディスプレイに、乃木坂46・オフィシャル・ユーチューブ・チャンネルの乃木坂46の『アンダーズ・ラブ』のMVが流れ始めた――。
「うぅおおおーーっ!」
「いいね~~!」
「かっこよ!!」
二千二十二年八月六日――。今宵(こよい)、地下八階の〈BARノギー〉にて集結した乃木坂46は、一期生の和田まあや、三期生の伊藤理々杏、阪口珠美、中村麗乃、向井葉月、吉田綾乃クリスティー、四期生の北川悠理、佐藤璃果、矢久保美緒、であった。全員が『アンダーズ・ラブ』のチーム・メイトである。否、『アンダーズ・ラブ』の歌唱メンバーが全員揃っているわけでは無いが。
乃木坂46ファン同盟からの今宵の宴(うたげ)への参加者は、風秋夕、稲見瓶、磯野波平、姫野あたる、御輿咲希、宮間兎亜、比鐘蒼空、であった。
地下八階の〈BARノギー〉には乃木坂46の『アンダーズ・ラブ』がリピート再生されている。
風秋夕は満面の笑みで、和田まあやを見つめる。
「やってくてれたね、まあやちゃん。んめっっちゃ! クールじゃん!」
「え、あクール? 寒い? えぇ?」
和田まあやは笑みを浮かべたままでおたおたとする。右隣りから、稲見瓶の声が和田まあやを呼んだ。
「カッコイイという意味だよ、この場合のクールは。本当にクールだった、まあやちゃんに乾杯、だね」
和田まあやは微笑む。グラスを握った。
「えじゃあ、乾杯する? てか、向こうもう聞いてないけど……」
来栖栗鼠は大興奮で、伊藤理々杏と中村麗乃に言う。
「えーヴァンパイアじゃ~~んっ‼ でもさあ、まあやちゃんだけ人間だったよねえ!? ええぇ~こんな可愛すぎるヴァンパイア達がいたら、血を吸われて従者(じゅうしゃ)になるのも悪くないかも~!」
伊藤理々杏はくすくすと微笑む。
「リス君興奮してるでしょう? そんなに良かった? え僕、可愛かったあ?」
来栖栗鼠は一瞬だけ頬に空気を入れて膨らませた。
「わかってるくせにぃ~、そうゆぅのあざとすぎだからね~! ヴァンパイアの使うチャームとおんなじだよほんと~!」
中村麗乃は笑う。
「ヴァンパイアの使うチャーム、って、魅了して虜にしちゃうあれ?」
来栖栗鼠は眼を睨ませたまま、口は笑って頷いた。
中村麗乃は囁く。
「うちらもまだまだ大丈夫って事かな……。でも女の子の吸血鬼って可愛いよね?」
来栖栗鼠は無垢な笑みを浮かべて頷く。
「うん。女の子っていうか、乃木坂のヴァンパイアは、狼ぃ、以来なのかなあ? 狼に口笛をって、PVあれヴァンパイアだったのかなあ? 噛まれると感染してたけど……」
伊藤理々杏は言う。
「あれゾンビじゃない?」
「え、狼のPVってどんなだっけ?」
中村麗乃は思い出そうとする。
来栖栗鼠はカウンター上方に設置されている大型ディスプレイを指差して言う。
「あ~~ほら、ほら! まあやちゃん、『サンキュー…』のところで触れてないのに鏡割ってるから、超能力者か何かなんだね! きっと! ヴァンパイアに囲まれても大丈夫なのはもっと強いからなんだよ!」
「どういう設定だったっけ?」
中村麗乃がぼそり、と伊藤理々杏に向けて呟(つぶや)いた。
伊藤理々杏は視線を斜め下へさげて、口をへの字に曲げてから答える。
「う~んまあやさんは人間、って事しかわかんないかな~~。確かまあやさんだけが人間でえ、」
中村麗乃は「そうだよね」と納得した。
阪口珠美は、アボカドとお肉のサラダを食べながら、上方の大型ディスプレイにて流れている乃木坂46の『アンダーズ・ラブ』のMVを観ている。
「うぅんわぁ~~……。葉月ちゃんも、たまちゃんも、綺麗…っすね~~」
天野川雅樂は驚愕に等しい表情で囁いた。
向井葉月はにっこりと笑みを浮かべる。
「ありがとう。撮影ね、がんばったの。だから褒めてくれると嬉しいよ」
「ああ、は、はい」
阪口珠美はへへへっと笑って言う。向井葉月は大型ディスプレイを見上げながら、サラダの続きを食べ始める。
「天野川さんって…、なんか、手下、ぽいですよね?」
天野川雅樂は赤面する。
「ああ~、申し訳ない! 頼りない男です!」
阪口珠美はけらけらと笑う。
「なんか、雇(やと)いたい」
向井葉月は「むふ、それいいね」とはにかんでいる。
天野川雅樂は「雇いたい」という、己にとっての最高の誉め言葉に、返す言葉が見つからずに、ぺこぺことお辞儀を繰り返していた。
吉田綾乃クリスティーは牛ハラミを食べながら、潜在的な笑みと無表情を向けて、姫野あたると磯野波平に顔を向けた。
「ねえ、なんかさー、なんか、今吉田の事笑わせてみて……」
「ホワッツ?」
磯野波平は顔をしかめる。
「今、でござるか?」
姫野あたるはすぐにあごを指と指で挟みこんで、考え始めた。
磯野波平は、真剣な表情、というか、真顔に近い顔をして、しゃべり始める。
「このー、アンダーズ~、なんですか、ラブ? ですか、その~、ね、どこが何がいいというとですね~、」
磯野波平は一所懸命に、真顔で吉田綾乃クリスティーを見つめて、しゃべり続ける。
「あの~~…ですねえ、その~、いわゆる~~ですね、その~つまりその、あれが~、そのでして。それがあれで、つまりその~~ですね、いわゆる1つの~~、なにが、なにでして。つまりですねえ、その~~つまりいわゆる~、なんと言うのか、いわゆる1つの~、千円札が1枚あったと~するならば、すいま千円、というように、なにがなにでして。なにが~、その~ですね、つまりあの、そのなにが、なにでしてね」
吉田綾乃クリスティーは可笑しそうに笑みを浮かべて吹き出していた。「何それ…」と呟いている。
姫野あたるは驚いた笑みで説明する。
「おおう、往年の名監督、名プレイヤー、長嶋監督でござる。長嶋監督は何かを説明する時、本当にこんな感じの話し方をする方でござったでござるよ」
吉田綾乃クリスティーは苦笑しながら、牛ハラミを食べる。
矢久保美緒は、わらび餅ドリンクを、文字通り食べながら飲んでいる。
「どう? 感想は?」
矢久保美緒の一言に、すぐに御輿咲希が上品な仕草で口元を隠しながら、驚いたままの表情で語り始めた。