未来卵
「1×1を2と答えたし、英語でお父さんはファザー、では伯父(おじ)さんは何という? 問題では、とうとうNGワードを答えた。なんだかわかる?」
「飛鳥ちゃんと綾ティーが答えた方がいいな、これは」
風秋夕は悪戯っ子のように笑って言った。
「伯父? さん? を、英語でですか?」
吉田綾乃クリスティーの質問に、稲見瓶は声と頷きで答えた。
齋藤飛鳥は囁く。
「伯父は……、アンクル…。じゃなかったっけ?」
風秋夕は、微笑みながら齋藤飛鳥を見つめる。
「それを、発音良く?」
「あんくぅ~……」
齋藤飛鳥は大天使のような美しい大きな瞳をいっぱいに開けて、風秋夕と稲見瓶を交互に見つめた。
稲見瓶は「まあ、英語的には正解にしたいね」と言った。
磯野波平は鼻を鳴らしながら、座視でその場の皆に言う。
「もっとこう、答えは固形の物体だ。黒っぽくて~、茶色い時もあんな、ま色々だ。餡子―じゃなくてな、アをウにすんだ。さあ言ってみたまえ乃木坂46の諸君(しょくん)。アをウに変えて、せ~の!」
5
二千二十二年九月某日――。この日の夜は乃木坂46ファン同盟開催の〈リリィ・アース〉での二千二十二年度、三月四月五月六月七月八月九月の超絶的生誕祭である。
東京都港区の何処かの高級住宅街に秘密裏に存在する巨大地下建造物〈リリィ・アース〉、その地下六階のフロア北側の壁面にある二つある巨大な扉の、左側の通路の先に、飲食を目的とする施設が三店舗あった。そのうちの一つ、〈無人・レストラン〉二号店にて、二千二十二年度、三月四月五月六月七月八月九月の超絶的生誕祭は開催されていた。
運営スタッフは乃木坂46ファン同盟の十名と、〈リリィ・アース〉の専属スタッフ陣である。
今宵のティアラを頭にした主人公達は、秋元真夏、五百城茉央、池田瑛紗、一ノ瀬美空、伊藤かりん、岩瀬佑美子、小川彩、奥田いろは、賀喜遥香、川後陽菜、川﨑桜、川村真洋、北川悠理、北野日奈子、久保史緒里、齋藤飛鳥、斉藤優里、佐々木琴子、桜井玲香、佐藤楓、佐藤璃果、柴田柚菜、白石麻衣、鈴木絢音、清宮レイ、筒井あやめ、冨里奈央、永島聖羅、中田花奈、深川麻衣、中西アルノ、中村麗乃、中元日芽香、西野七瀬、松村沙友理、向井葉月、矢久保美緒、山下美月、山崎怜奈、吉田綾乃クリスティー、若月佑美、与田祐希、和田まあや、である。
ゲストは乃木坂46とそのOG達、マネージャーやメイクさん、今野義雄氏達であった。
時刻はPM10時を過ぎた頃であった。
〈無人・レストラン〉二号店には、絶えず雰囲気の良い楽曲が流れている。そのフロアは広大で、所々に設置されている円卓や長テーブルに、様々な種類の御馳走が載っている。立食形式のビュッフェ式のパーティーであった。
所々の〈レストラン・エレベーター〉から、この場にはないドリンクやフードも自由に注文し放題である。何処のテーブルにも、今宵の主人公達のネーム入りの特大のバースデイ・ケーキが用意されていた。
地下六階の〈無人・レストラン〉二号店には、雰囲気を楽しむBGMとしてジャネイの『グルーヴ・サング』が流れている。
今野義雄氏はカップスターの醤油味を食べながら、和田まあやに挨拶をしたが、音楽と騒音に掻き消されて届かなかった。
今野義雄氏は疲れ切った顔で周囲を見回す。遠くに齋藤飛鳥を発見して、手招きをしたが、彼女は見ていなかった。仕方が無く、今野義雄氏はカップスターの続きを美味しく頂く事にする。
和田まあやはその場の皆の顔を見ながら言う。
「ずーがお風呂の声が怖いって……。怖い? あれ」
高山一実は顔を険しくして口を歪(ゆが)める。
「私お風呂の音声がダメで、あれが怖くて……」
和田まあやは閃(ひらめ)いたように言う。
「あじゃあ明るく言ってもらえばどう?」
生田絵梨花は言う。
「いやあれ、そもそもが明るいじゃん。音声?」
和田まあやは言う。
「もっと。例えばぁ、お風呂がわっきやした! とか? お風呂がわきやっしたぞ~! とかさ。あたしゃ確かにわかせた! あ~わっきやしたよ~! わきやしたとも! お風呂がね、わっきやしたんですよだんな、わっきゃ~した!」
能條愛未は笑う。
「もういいよどこの三下だよ」
和田まあやは顔を奇妙に笑わせて、悍(おぞ)ましく囁(ささや)く。
「おぉ風呂がぁ、わきぃ、ましぃ、たぁぁ~……とか」
高山一実は苦笑する。
「やー逆にもっと怖くなってるじゃーん」
樋口日奈が、愛嬌のある切ない表情でしゃべりながら会話に参加する。
「れいこのガトーショコラが食べたぁ~い」
高山一実はにこりと笑った。
「あ~うちのお母さんのね、ガトーショコラでしょ? あれ美味しいんだこれがまた。あのね、れいこさんはぁ、私の卒業コンサート、ホテル取ったんだって。あの生駒ちゃんのお母さんと宿泊しますって」
そこにいた生駒里奈は振り返る。
「呼んだあ?」
「ほら、私の卒コンの時、生駒ちゃんのお母さんとうちのお母さん、一緒にホテル取って泊まったじゃん?」
生駒里奈は納得する。
「あー、そういやおっかーから聞いたな……」
和田まあやは思い出したかのように歩きながら言う。その場にいる女子達はテーブルを転々としていた。
「あーねーでもうちの親もー、ずーの最後の時ぃ、来たいって言っててぇ、なんか、来たいってなってぇ、1期生は1期生の親同士集まってえ、みんなで、見たいね、みたいな。話になったんだって」
高山一実はにっこりと屈託なく微笑む。
「仲良し~、嬉し~、えーー!」
和田まあやはふふんと笑った。和田まあやは手に持った肉の載った平皿を立ち止まったテーブルに置いて、近くにある食べかすのような物が乗った平皿に、口の中の嚙み切れなかった肉片を置いていく。
和田まあやはご機嫌で話を続ける。
「ねえ仲良しだよね。で、その~ライブ前は、みんなでカフェとかどうですか? みたいな、お話してたみたいよ」
能條愛未は言う。
「素敵だね、そんなん可愛すぎるじゃんねえ」
和田まあやは微笑む。
「いいよね。あまち、間違ったなんかしゃべってたら愛未のお皿に肉の硬くて噛み切れなかったとこ捨ててた」
「ちょっとあんた何て事してくれてんのよあんた! ちょと、まあや? まあやマジっすか?」
高山一実は、給仕役をやっている御輿咲希に軽く会釈して、注文する。
「あ、タン串一つ~、ああお願いします。タンは絶対だよねまあやとよく焼肉行くんで。タンと~、レバーと~、まあそれかな。その二つは絶対食べる、んふふ」
生田絵梨花は、和田まあやにテーブルを指差して、にやけて言う。
「あの小籠包(しょうろんぽう)、湯気出(ゆげで)てる…ちょ~っお、美味しそうじゃない?」
和田まあやは口元を指先でぬぐった。
「あやべヨダレ出た……。えー小籠包下さーい、すぐ食べまーす。えてか御輿(みこし)ちゃんじゃん! えー、うわ美味しそう~、あ焼き鳥焼き鳥、焼き鳥もずーと行くから。あじゃあ焼き鳥の~、ボンジリ? と~、レバー、ももニンニク串、はい、お願いしまーす」
和田まあやは笑顔で小籠包を噛む。次の瞬間、和田まあやの噛んだ小籠包の熱湯汁が、能條愛未の首元にかかった。