未来卵
「ああっちい! あっちいあっちいあんた何してくれてんのあちー! そんな事ってあるなんか拭(ふ)くもの拭くもの!」
和田まあやは焦(あせ)りながらその場にあった紙布巾を能條愛未に手渡した。
能條愛未は不器用な苦笑を浮かべる。。
「あっつかったー……、……てかこれ、チキン包んであった油べっとべっとの紙じゃんか! まあや、まあやえ、わざとなの?」
「ん?」
和田まあやは小籠包を食べながら振り返った。
「もう他人事かよっ! くっそ……、この、まあやめ……」
「ごめん大丈夫だった?」
「おっそぉ! びっくりするぐらい遅い心配してくんのがぁっ!」
和田まあやと周囲の女子達は笑った。
西野七瀬は抱きついてきた与田祐希を、柔らかく抱きしめる。
「祐希~、元気してた?」
「はい……。はあ~、いい匂い……」
与田祐希は西野七瀬の胸に抱かれたまま、幸せそうに眼を瞑(つぶ)っていた。
伊藤かりんは笑う。
「ほんと、なぁちゃんっ子だよね、与田ちゃんは」
「あ」
与田祐希は西野七瀬の胸から離脱し、しゃきっと敬礼する。
「開運音楽堂、もうすぐ就任1年、おめでとうございます……」
「いや知ってんのかーい……。意外過ぎて驚くわ」
伊藤かりんと西野七瀬は笑った。与田祐希も無垢な赤子のようにころころと笑う。
お祭り騒ぎのパーティー会場に、ショーラ・アーマの『ユア・ザ・ワン・アイ・ラブ』が流れ始める。
宮間兎亜は岩本蓮加に声をかけた。一緒にいた梅澤美波と佐藤楓と吉田綾乃クリスティー阪口珠美も宮間兎亜の声に反応して足を止めていた。
「れんたん達、この豪勢なお寿司を素通りしてどこ行くのよ? これ、鮪(まぐろ)なんて一貫(いっかん)何千円よ? おそらく。ウニなんて、イクラなんて、やっぱり何千円よ一貫で」
岩本蓮加は愛想よくにやけてから、難しい笑みを浮かべながら小首を傾げて言う。
「ん~~、あんま? お腹空いてない、みたいな」
梅澤美波は一貫手に取る。
「じゃあ頂きますよ……。……ふん! んん!」
佐藤楓も「あじゃあ私も」と言って一貫、口に入れた。続いて阪口珠美も一貫手に取ってみる。
吉田綾乃クリスティーは言う。
「ねえ、とーちゃん、他の3期生見なかった?」
「あーさっきまでここにいたのよ。このお寿司がところどころ減ってる分、みんな3期生の戦果(せんか)の証(あかし)だから」
「えー……。どこ行ったんだろう。人が多すぎて、固まってないと、心細いのに……」
梅澤美波は特上寿司を食べながら、吉田綾乃クリスティーに言う。
「見回せば、偉大な先輩達だらけだからね。確かにね」
岩本蓮加は言う。
「てかさ、わたくし、かき氷、早く食べたいんですけど……」
佐藤楓は笑顔を浮かべる。
「あー食べる食べる。行こ行こ」
阪口珠美は辺りをきょろきょろとしていた。
梅澤美波と吉田綾乃クリスティーが、ほぼ同時に「どした?」「誰探してんの?」と阪口珠美にきいた。
「いや……。かき氷、探してんだけど。無くない?」
地下六階の<無人・レストラン>二号店のパーティー会場に、賑やかなR&B、G-Wisの『テディ・ベアー』が流れている。
久保史緒里と山下美月はフルーツ盛りだくさんのスイーツ・ケーキを食べながら、かき氷の順番待ちをしていた。
向井葉月は美味しそうにかき氷を食べている。
「んん~~、しゃくしゃく~、……ていうか、しゅわっと無くなった!」
「早く~」
山下美月は甘えた子猫のような声で言った。その甘えた表情も実に可愛い。しかし同じ乃木坂46にはあまり通用しないらしく、伊藤理々杏は気にもせずに、自動かき氷機にて製作中であるかき氷を、鼻歌を口ずさみながらご機嫌で待っていた。
中村麗乃も美味しそうにかき氷を食べている。
「あ~ん冷た……。これマジで美味しいんですけど……。なんのタレだろこれ……」
久保史緒里は苦笑して言う。
「焼肉か……、タレって。シロップでしょう!」
「あシロップ。シロップか……」
中村麗乃は「えへ」とにこにこしながら、しゃりしゃりとかき氷の続きを食べる。
順番待ちの時間を利用して、久保史緒里は隣で共にかき氷の順番を待つ山下美月にしゃべりかける。
「山……、凄いよね、『舞いあがれ!』……。朝ドラ女優かよ」
山下美月は笑みを浮かべて言葉を返す。
「え、『左様なら 今晩は』でしょう? 映画主演女優かよ、て感じでしょうだったら……」
「いやいやいや、朝、ドラ、ですから」
久保史緒里は視線を下げて、どうぞどうぞ、の手仕草(てしぐさ)で山下美月に言った。
「いやいやいや~! 主演、映画、ですから! かき氷先に作っていいよ。もう、ほんと、すんごい」
久保史緒里は丁寧な身振りで「ありがとうございます、身に余ります、ほんと」と呟いていた。
伊藤理々杏のかき氷が完成した。伊藤理々杏はさっそく、最初のひと口で「んん~~‼」と眼を瞑(つぶ)って絶句した。
向井葉月は、自動かき氷機の操作を始めた久保史緒里を尻目に、皆に舌を見せる。向井葉月の舌はカラフルな色に染まっていた。
山下美月は笑いながら言う。
「何味食ったんだよ」
中村麗乃は笑う。
「あでも、綺麗になってるよ~、色」
伊藤理々杏は一瞥してから言う。
「僕のもベロに色つくのかな~……」
徐々に人数が増えていく上々な雰囲気のパーティー会場には、ベイビー・フェイスft.トニー・ブラクストンの『ギヴ・U・マイ・ハート』が流れている。
井上和は戸惑ってはいるが、強い視線で、磯野波平の獲物を狩る前の獣のような粘着熱視線を跳ね返している。
「なんですか……、波平君」
「和ちゃんよぉ……。綺麗で可愛いっつうこたぁ、いい事だぜ? だ最強だかんなあ? でもな和ちゃん……。可愛すぎる、つうこたぁ……、罪でもあるんだぜ?」
「……ありがとうございます何で脱ぐんですか」
磯野波平は、井上和を見つめたままで、上着を脱いだ……。筋肉で満ちたがっちりとした細身の見事な上半身があらわになる。
「俺は15、6の頃から全身脱毛しててなぁ……、17、8の頃からホワイトニングもしてっから、だからハンサムなわけじゃねえんだぜ……」
「きいてません」
「いや聞いてくんねえのかよ、そこは聞いてくれよ和ちゃん!」
「な、ん、で、服を脱いだんですか?」
井上和は笑みを交えた強い視線で磯野波平に言葉を叩きつけた。
磯野波平は飛び出した――。その瞬間に、井上和の「やあぁ!」という悲鳴と「結婚する前に裸になんだろどうせ!」という野獣のような叫び声が響いていた。
「やっ……、ちょっと、……下ろしてえ!」
「ふうい……。じゃあ、式あげちまうかあ? こんまま、があ~っはっは!」
磯野波平は、井上和を肩に担いだまま、何処かへとパーティー会場を闊歩(かっぽ)していく。
井上和の悲鳴に、次々に超絶的生誕祭パーティーを楽しんでいる面々が、異常な光景に気づいていく。
菅原咲月は二人の後をつけながら、大声で「止まって~! 止まれ~!」と叫んでいるが、磯野波平の闊歩は一向に止まろうとしなかった。
菅原咲月は辺りを見回し、他の5期生達を呼びに向かった。