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未来卵

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 姫野あたるのひきしまった表情に、うっすらと、涙が浮かび始めていた。
「その人達の、すぐそばにあると思い込んでいた、この深き愛は、実はそうではなく……。すぐ近くに、いつもこの魂と一緒にいると思っていたその人達は、実はそうではなく……。小生の愛を知りながらも、遠く、遠く、遠い遠い存在だったのだと、いつも、この卒業の時に実感させられる………」
 夏男は黙っていた。
「小生の声は、届かぬのでござる……。手放したくないその手を、振り払って、二人は遠くへと走って行くでござる………。すぐそばを歩いていたと思い込んでいた小生の声は、実は遠い遠い彼方(かなた)にあって……、愛しきものを引きとめる事もままならない……。ずっと、もっともっと、そばにいれていると、思っていたのに……うぅ、うっ……」
 顔をうつむけた姫野あたるの眼から、大粒の水滴が落ちていった。
「ずうっと心は一緒だったはずなのにぃ! 二人はもう行ってしまうのでござるぅ! 手を伸ばしても、伸ばしても伸ばしてもっ、もう届かないっ……。卒業すると言われる時、いっつもその時になってから気付く寂しい感情があるでござる、夏男殿………。虚無感(きょむかん)、でござる……。こんなに好きなのに、11年間……、こんなに長く愛したはずなのに……。ひなちまとまあやちゃんは結局、行っちゃうんじゃないかぁぁ! あぁぁ、うぅ……」
 夏男は、煙草を灰皿に預けた。
「ダーリン……。君の蒔(ま)いたその虚無感を感じさせるほどの、小さな小さな悲しみの種は、ひなちまさんと、まあやさんの、これからの旅路で、きっと綺麗な、美しい花を咲かせるだろうね」
 姫野あたるは嗚咽(おえつ)を吐きながら、身体をひっくひっくと微動させながら、夏男を睨むように見つめた。
「決して、君だけじゃない……。この悲しみを乗り越えようともがき苦しんでいる人は、決して君一人だけじゃないよ……。その愛しい手を掴もうと伸ばした手が、擦り抜けていったのは、君だけじゃない……。ダーリン、戦えよ。その自我を失いそうになるほどの喪失感と。向き合うんだ」
 姫野あたるは、強く眼を瞑(つぶ)り、声を上げて泣き始める……。
「本当に重い決断に葛藤し、苦しんだのは、ひなちまさんと、まあやさんだよ。11年といったね……。ダーリンは、11年間暮らした家を出る時、遠い土地に旅立つ時に。家族に、兄弟に、友達に。どんな感情を抱くかなあ?」
「さ、さびしいでござるぅ……悲しいでござる、うっうぅ………」
「泣いて引きとめてくれる友や家族の存在は、本当に嬉しいよね。愛があるから、泣くんだもんね。引き止めるんだもんね……。だけど、もう行かなくちゃ。そこで新しい夢が、新しい成長が、新しい未来が、もう自分を待ってくれているから……」
 姫野あたるの頬に、止まる事無く大粒の涙が伝い落ちていく……。
「君は、旅立ちを決めたその愛する人の出発で…、どっちが見たいかなあ? 困った顔と、笑った顔……。腕を掴んだまま放さずに、困らせたい? 笑顔で背を押して、笑わせたい?」
 姫野あたるの仁王(におう)のように極まった顔面から、鼻から、眼から、涙や鼻水が溢れていく。
 姫野あたるは泣きながら、うまく動かない口を、強引に囁かせる。
「笑っだ、顔っ……、見ぃるで、ござぁるぅ~~………」
「本当に、心から愛する何かを失った時、人は虚無感を覚える……。一時的に、愛しい価値を失うからだよ……。だけど、その愛しさって、その11年間って、実は何処にも行きやしない。消えたりしないものなのさ……。母や父の面影を忘れないように、友や恋人との青春の日々を忘れないように、その11年間は、君の中で、永遠の愛になる……」
 姫野あたるは、強く眼を瞑り顔を極めたまま、両手を、胸の中心に当てた。
「変わらないものなんかない……。肝心な事は、変わっていく、変わり果てていくその何かを、変わらずに……、愛し続けられるかどうかなんだよ」
 泣きじゃくる姫野あたるの脳裏に、新しいものと、古いものが混雑しながら、複雑な順番で、懐かしい記憶が次々に蘇(よみがえ)っていく……。

 変わらないものなんかない。

 肝心な事は、変わっていく、変わり果てていくその何かを、

 変わらずに、

愛し続けられるかどうかなんだよ。

「愛すると、いう事は………、推しを、好きでいるって事は……、こんなにも、……。こんなにも、ファンに、人生の輝きを、与えてくれるものなのでござるなぁ……」
 夏男は、弱い笑みを浮かべて、灰皿のふちにとぼっている煙草を、灰皿の中で揉み消した。
 姫野あたるは、泣きながら、微笑みを浮かべる。
「僕は、ひなちまとまあやちゃんの大ファンだ。そんな僕らが、その背中に寂しい手を伸ばしてどうなる……。背中には、手を伸ばすんじゃなく、手を、振らなくちゃ」
 夏男はにっこりと微笑んだ。
「そんな簡単な事って、実は全然、簡単なんかじゃなくって……。俺は何年、泣いたのかな、一人一人の決意した、その未来への旅立ちに……。でもねえ、泣いた後は、んん……悔やむ事もしばしばあったけど、でもね、泣くのは正解だって、深く実感する瞬間が何度もきたよ。夕君のお父さんの、ウパに言わせると、それがアンサー、てやつなんだろうね」
 夏男は窓の外を眺めながら、姫野あたりに囁く。
「泣いていいのはその瞬間だけ。ううん、泣くのにね、本当に相応(ふさわ)しい瞬間っていうのがあってね……。そんな瞬間ってさ、卒業とか、おめでとうとか、ありがとうの瞬間で……、決してさよならの瞬間じゃないんだ。さよならの涙は、ありがとうの涙でもあるんだよ。別れや決別を悲しむ涙なんじゃなくて、それは結局、全部、感謝の積もる涙だったな、俺は……」
 夏男は、また新しく泣きじゃくり始めた姫野あたるに微笑んだ。
「それだけ愛せる人に出逢えたって事なんだよ……。それは、奇跡に等しいと、俺は思うな……。運命、ともいえるのかな……。アイドルと1ファンって、それって運命って言っていいの? と聞かれたら、俺は胸をはって答える事ができる。それこそ、運命であると」
 姫野あたるの記憶の中枢(ちゅうすう)に、二人の人物の映像が果ても無く映し出される――。それは何気ない笑顔であり、真剣な眼差しであり、声であり、歌であり、ダンスであり、愛の結晶であった。
 唇を噛みしめた姫野あたるは、鼻筋に伝う涙をそのままに、うつむき、強く強く、その眼を瞑(つぶ)る……。
「できそこないの……、へっぽこファンでござった……。愛はある。愛は確かにある。が、いかんせん、かっこ悪すぎるファンでござった……。日々、泥汗に塗れる負の時間の中に、ぱっと咲いた、綺麗で明るい、温かい時間でござる。そこで、ひなちまと、まあやちゃんを見つけたのでござる………。まだ、幼き姿でござった」

 最初は僕にも、友達や優しい母がいてくれた。
 泥まみれの洋服を気にもしないで、砂場で、夢中になって妄想した冒険の中、オモチャの英雄(えいゆう)を片手に、空を飛び、大地を駆けるヒーローに恋をした。
 僕の人生は、気がつくと暗闇の中で始まっていた。
作品名:未来卵 作家名:タンポポ