未来卵
泣くもんですか、あなたに贈る花束も、今のわたくしにはチープなものしか用意できないのだから、せめて強い想いだけでも実らせてみせますわ。
卒業おめでとう、まあやちゃん。
わたくし、最後まで、泣かないわ……。
「……まあやぢゃん、まあやぢゃんまあやぢゃーん……。うわああああん」
御輿咲希は声を上げて泣いた。巨大スクリーンに映る和田まあやの雄姿をその眼に、その記憶に焼きつけながら、雨の無い晴天に許しを請う野薔薇のように、強くも脆く、声を出して泣いた。
どれだけリハーサルやダンスレッスンを繰り返してきたのだろうか。それはまさしく今世紀最大級のアンダーライブである。
一人一人の舞い踊る表情も、その魅力も、ずば抜けている。
和田まあやの『皆さんこんばんは~!』という挨拶から、林瑠奈のMCでステージトークが始まった。
和田まあやを見られるのは、やはりこのアンダーライブが最後らしい。その言葉に、明るい雰囲気の中にも、感極まる思いも湧いた。
伊藤理々杏に、メンバーと、会場のオーディエンスからの拍手で『おかえり』が囁かれる。
次の3曲は、演出を楽しんで欲しいので、サイリュウムを消して、座席に座って楽しんでもらいたいとの説明があった。
ダンス・ミュージックがかかると、メンバーが妖艶に踊り始めた……。
そのまま松尾美佑がセンターの『ポピパッパパー』が開始する――。フラッシュライトに時を刻まれるかのような演出――。激しく交差する紫のレーザービーム。
和田まあやのセンターで『アゲインスト』が始まる――。プロジェクト・マッピングを駆使した演出。メンバー達がマジシャンに扮した演出の中、踊り、踊り、歌うメンバー達。これを見て生駒里奈は何を思うだろうか――。
宮間兎亜はにんまりと、半眼を笑わせた。
生駒ちゃん観てるう? まあやちゃんが立派に最後を飾ってるわよ……。
あたいは誰にも頼らずにここまできたって、ずっとそう思い込んできたけれど。
違ったのね。
まあやちゃん達乃木坂にも生きる為の力を貰い、色んな人に助けられて、ここまで生きてこれたんだわ。
気づいちゃうのよ、そう言う事に。あなた達を見てるとね……。
まあやちゃん、あたいはまあやちゃんが大好きなのよ。なんでか、わかる?
まあやちゃん達が、まあやちゃんが、あたいを笑かしたからよ……。
笑う事も忘れ去って、生きる事だけに必死だったあたいを、あなたが笑わせたのよ。
また楽しいと思える人生があたいに歩み寄ってくれたの。
あたいはトア、だから永久に好きでいさせてよね。
あたいにま新しい人生をくれたんだから、これだけでも言わせなさい?
まあやちゃん……。
「あり、がどお~………。うう……、ありがとぉ……」
宮間兎亜はいっぱいに涙を浮かべながら、涙で見えなくなる和田まあやを見つめ続ける。雑に手で涙をふいては、またふいて。
林瑠奈の『届け~‼』という絶叫的な熱い煽(あお)りから、佐藤璃果のセンターで『~ドゥ・マイ・ベスト~じゃ意味はない』が始まる――。激しさの中にも決して消えぬ可愛らしさが輝いていた。
松尾美佑がトークを開始する。北川悠理は『本当に、まあやさんは素敵な先輩です』と伝えた。松尾美佑は『まあやさんは全体を見ている』と語り、林瑠奈は涙を噛みしめながら『精一杯考えて考えて6公演やってきて、この最後の公演が最高になるように』と熱く語った。
向井葉月、佐藤璃果、矢久保美緒が登場した。佐藤璃果は照れ臭そうにしながらも『マッスル‼』と、笑顔でマッスル・ポーズを披露した。
この3人で歌う『ワタボコリ』が、向井葉月のギター演奏と佐藤璃果のタンバリンと矢久保美緒の手拍子で始まった――。曲の間奏で矢久保美緒はハーモニカを演奏してみせた。
黒見明香と松尾美佑と和田まあやで歌う『音が出ないギター』が始まった――。スタンド・マイクでロックを歌う3人。スタンド・マイクでありながらも、ダンスもしっかりと振り付けされていた。センターは黒見明香である。
林瑠奈と北川悠理がヒップホップの格好で、リリックを書き、ヒップホップに合わせてラップを歌う。リリックの『無表情!』というワードから、そのまま二人で歌う『無表情』が始まる――。
『口約束』を吉田綾乃クリスティーと阪口珠美と向井葉月がロングドレスの衣装で歌い、佐藤璃果と矢久保美緒と松尾美佑のJKの制服姿で踊る。
ユニット曲が4曲連続で続いた後は、吉田綾乃クリスティーと黒見明香と矢久保美緒の3人でトークを開始した。
乃木坂46プレイバック・ファクトリーが始まった――。200曲余りある乃木坂46の楽曲の中で、中々披露されない名曲を、一人ずつ選び、選んだそのメンバーがセンターでその楽曲を歌うという企画であった。
『低体温のキス』が伊藤理々杏のセンターで歌われる――。革ジャンに革のミニスカートに、革のロング・ブーツでクールに歌い踊った。メンバーは北川悠理と佐藤璃果と林瑠奈であった。
『欲望のリインカーネーション』が和田まあやのセンターで歌われる――。黒い衣装の7人組であった。メンバーは阪口珠美、吉田綾乃クリスティー、黒見明香、松尾美佑、向井葉月、矢久保美緒である。
阪口珠美と和田まあやでトークが始まり、和田まあやが『欲望のリインカーネーション』を選んだ理由を話していく。選んだ理由は、この楽曲のオリジナルメンバーがすでに和田まあやと樋口日奈だけになってしまった為、ひなちまと共に最後に捧げたかったと、その理由を教えてくれた。
『私のために誰かのために』が歌われる――。佐藤璃果、林瑠奈、向井葉月、吉田綾乃クリスティーの4人でこの根強い人気楽曲を歌う。オーロラを模倣したようなステージのカーテンの下、温かそうな茶色のロング・コートのようなロング・ドレスの衣装を着込んで。いつの間にか、メンバーも全員集結して、全員でこれを最後まで歌った。
『生まれたままで』が始まる――。北川悠理と佐藤璃果のWセンターであった。元気よく踊るメンバー達。その笑顔は決して絶えない……。
阪口珠美のセンターで『口ほどにもないキス』が開始される――。歴戦の笑顔が花咲くステージであった。
松尾美佑のセンターで『錆びたコンパス』が歌われる――。それは壮大なる旅物語。
和田まあやのセンターで『ウィルダネス・ワールド』が始まる――。プロジェクト・マッピングで創り出される仮想世界でそれは歌い広げられる。
向井葉月と吉田綾乃クリスティーのWセンターで『ありがちな恋愛』が歌われる――。乃木坂46の代表曲の一つとして数えられる至極の一曲が、オーディエンスを、配信でこのステージを見守るファン達を、魅了していく……。
連続する名曲に、興奮を隠せない乃木坂46ファン同盟……。泣くもの。沈黙し、巨大スクリーンから眼を離さぬ者。叫び上げる者。その思いの形は、様々な愛情の結晶となって砕け散っていく……。
『世界で一番孤独なラバー』が始まる――。センターは阪口珠美であった。
「何だかんだで昔っからの名曲だからなー」風秋夕は呟(つぶや)いた。