未来卵
磯野波平は悲しさを抱きしめながら泣いていた。しかし、抱きしめている心が温かだった。だからこそ、泣き崩れた彼の顔には、笑みが浮かんでいるのだろう――。
どの楽曲も、和田まあやがセンターを務めてくれている。
伊藤理々杏が『まあやさん大好きです!』と叫び、和田まあやは『ありがとう』と可愛らしく笑った。その後も『皆さん沢山思い出くりましょう~!』と伊藤理々杏が声を尽くした。
『まあやさん、後ろ向いて下さい……』
和田まあやが振り返ると――。メンバー達が一凛(いちりん)の花束を手に持ちながら、笑顔で待ち構えていた……。
和田まあやから、ふいに嗚咽(おえつ)が漏れる……。
和田まあやが篭(かご)を持ち、メンバー達が想いの詰まる言葉を捧げながら、花束を彼女の持つ篭(かご)に入れていく……。それは、黄色いチューリップの花……。
それは、まあやの花――。
吉田綾乃クリスティーは、一凛のチューリップを手にしながら、和田まあやに対して『みんな、まあちゃんが大好きです』と伝えた。『まあちゃんの為なら、なんでも頑張ろうって。ここにいるみんなは、そうやって思っている子が多いと思います。まあちゃんは今日で、ライブが終わりになっちゃうけど、また、乃木坂のライブを見に来た時に、今ここにいるメンバーが頑張っているなって。まだまだ、大丈夫だなって、思ってもらえるように、みんなで、まだまだ一生懸命頑張ります』と決意を露わにした。
『ありがと、いっぱい、私にパワーをくれて。みんなもありがとうございました』
和田まあやは、メンバーと抱き合いながら『左胸の勇気』を歌い終えた……。
駅前木葉はその胸に手をあてがいながら、嗚咽(おえつ)を上げる……。
あなたの11年間、私は必死になって追いかけました。そして、言葉に出来ないくらいに、楽しかった……。
信じられないくらい、笑ってきたんですよ。
あなたが、笑わせるから。
あなたがいてくれて、幸せでした。
(悲しいよまあやちゃん、まだいいでしょ!)
こんなにもあなたを大好きなんですよ。
(行っちゃ嫌よまだ行かないでよおお!)
私は、これからもあなたを尊敬します。
(ずっとここに、いて下さい……)
私は、これからもあなたを愛します。
(なんで行っちゃうの……。愛しているのよ……)
私は、これからもあなたの事を友人に、親類に話します。
(幸せになって下さいね……。大好きよ……)
私はこれからも、あなたと共にある……。
だから言えるんです。ご卒業、おめでとうございます――。
「まあやぢゃ~ん、んっ……ぐ、ばあやぢゃ~~ん、まあやぢゃん、まあやぢゃ~んまあやぢゃ~~ん!」
駅前木葉は顔を隠して泣きじゃくる……。和田まあやの卒業をやっとで受け入れているもう一人の自分と震えながら。和田まあやに、気高い勇気をもらいながら……。
和田まあやは語る――。本当に、後悔無いぐらいに出し切って、みんなに恩返しできたかなと、思います――。
パフォーマンス後、最後のMCで和田まあやへの想いを伝えた3期生、向井葉月は『私達にとって、まあちゃんは本当に凄く大きな存在で、沢山沢山助けてもらいました』と振り返り、涙しながら『私達11人は、まあちゃんを、送り出す事が出来る、選ばれたメンバーだと思うと、凄い、誇りに思います』と思いを語ると、オーディエンスからは拍手が湧き起こった。
語り続ける向井葉月は『長い間、沢山辛い事も悲しい事も、まあちゃんはあったかもしれない。葉月達よりもあったかもしれないけど、そう言うのを全然葉月達に出さない強さとか優しさは『乃木坂が作ったんだな』って思うと、これからも私達が繋いでいかないといけないって、思います……』と決意。『まあちゃん葉月達のセンターでいてくれて、ありがとう……。こんな素敵な舞台に連れて来てくれて、ありがとう……。こんな素敵な景色をみせてくれて、本当にありがとう……。これからも、まあちゃんが守ってきたこの場所も、葉月達が守り続けるから…、これからも乃木坂を好きでいて下さい。まあちゃん本当にありがとう――』と感謝を語った。
本当に、私を見つけてくれて、ありがとうございます――。
まあちゃん、葉月達のセンターでいてくれてありがとう――。
素敵なステージにつれてきてくれてありがとう――。
姫野あたるは般若(はんにゃ)のように顔をしかめて、その光景に涙を浮かべる……。
小生は、まあやちゃん殿に、なんて言葉を贈ればよいのか……。思い浮かぶどんな言葉も、素敵でござるよ……。
だけど、しょうせ……、僕は、まあやちゃんに、この言葉を選ぶよ……。
サンキュ――。
僕だけが、どうしてこんなに次々と、困難にぶち当たるのかと、人生を恨んだ事は数えきれない……。気づいたら、真っ暗だった。誰にも助けを求められない、大変な事が僕の人生には次々に起こった……。
諦めようと、しかし生きていたいと、もがき苦しんでいる時……。僕は、君達に――。
乃木坂46に――。
まあやちゃんと、出逢った――。
永遠に続くと覚悟していた苦しみは、そうではなくて……。
優しい音楽に。優しい微笑みに。優しい君に。乃木坂46の生きざまに……。心を、つまりは、命を救われたんだ。
苦痛は、決して永遠じゃないって。それだけで幸せで満ちる僕の心に、君達は、もっともっと、凄い事をした……。
こんな僕に。夢を与えたんだよ……。君達に相応しいファンになる、という、大きくて、とっても偉大なる夢を――。
全部忘れるもんか………。
泣いた夜も、笑った朝も、愛した時も、恋した時も、ことごとく僕の闇を掻き消す眩しい光線だった……。
光の中で、君の背中を見送れる事を、誇りに思います。
まあやちゃん、卒業、おめでとう。
アイラブユーの代わりに、サンキュ――。
「まーあーやーちゃ~~ん………。大好きだ!!」
姫野あたるは、鬼のように極まった顔面を泣かせながら、また一つ、誓うようにそのま新しい痛みを抱きしめた。大切に、丁寧に、そっと、未来永劫、その形を崩さぬように――。
和田まあやは囁く――。私を見つけて応援してくれる人がいるって事が、こんなにも多くの人に支えられている事が、誕生日になったらこんなにも多くの人からおめでとうと言ってもらえる事が、本当に幸せです――。
そして、最後の楽曲が始まろうとする。オーディエンスは自(おの)ずとサイリュウムを紫色へと変えた……。
稲見瓶は見つめる――。最後まで微笑み続ける、和田まあやの雄姿を……。
ああ、寂しいな……。まいった、本当に、まいったな。
見つめれば見つめるほどに、想いは溢れて止まらないし、悲しさの底は計り知れない。
許されるならば、千の花束を持って、ステージのまあやちゃんに贈りたい。
その花は、チューリップがいい。
でも、その花を手渡す俺の手は、きっと震えてる……。
ねえ、まあやちゃん。本当に、本当に本当に、楽しかったよね。
こんな幸せな時間って、他にはなくて……。確かな事は、まあやちゃんが残していくぬくもりが、乃木坂46には残り続けていくという事。