未来卵
和田まあやは話題に飛びついた。
「え誰? 誰だろう声優さん? 男? 女? あ男か、んふふ、えやってやって、てか誰? 誰のまね?」
稲見瓶は薄く微笑んで答える。
「大塚明男(おおつかあきお)さん……。『メタルギアソリッド』のスネークとか、ビッグ・ボスとかの声を出す人なんだけど、知らない?」
「え、他にはぁ?」
「『僕のヒーローアカデミア』のオール・フォー・ワンとか、『バキ』の範馬勇次郎(はんまゆうじろう)とか。『BLEACH(ブリーチ)』の京楽春水(きょうらくしゅんすい)とか。『攻殻機動隊(こうかくきどうたい)』とか『イノセンス』のバトーとか、そうだな……、個人的に好きだったのは『機動戦士ガンダム0083ジオンの残光』のアナベル・ガトーとか、かな……。やっぱりスネークの印象だね、俺的には。知らないかな、『メタルギア』。聞いた事ない?」
「たぶぅぅん……知ってるんじゃないかなあ? 大物声優さん?」
「ドンだね」
「あじゃあいいよ、やってみて」
「子供の泣き声がうざい!」
稲見瓶は、一言の間もなく、秒でやってみせた。
和田まあやは、きょとん、とする。
「ああ、え、あわかるぅぅぅ、けど、言ってる内容が最低なのは何で?」
「なんとなく」
稲見瓶は無表情で、すでに抑揚(よくよう)のない通常時の低い声で答えた。
「え似てるぅぅ、って知らないけどさ。んふふっ、え、好きな声優さんとかいるんだ? 夕君とかもいるのかな? 好きな声優さんとか。ダーリンは、あれ、知ってるけどさ。上坂すみれさんでしょ?」
「夕が好きなのは山ちゃん。山寺宏一(やまでらこういち)さんだね……。夕はジム・キャリーの大ファンで、ジム・キャリーを日本語に吹き替えするのは不可能だと思ったところ、山ちゃんのジム・キャリーを聞いて、驚愕(きょうがく)したらしい。そのまんまだったと言ってたね」
「え、山ちゃん知ぃってる! あの、あの人でしょう、あの、メガネかけてて、ものまねにも出てる声優さんだよねえ?」
「イエス」
稲見瓶は笑顔で答えた。それから、スマートフォンで何やらを調べ始める。
「夕は、あと……、これか、松岡、禎(よし)つぐ、で合ってるかな。松岡禎丞(まつおかよしつぐ)さんも好きだったよ。『ソードアート・オンライン』のキリトだね。安野希世乃(やすのきよの)さんも好きだ。『冴えない彼女の育てかた』の加藤恵(かとうめぐみ)だよね……。夕は『冴えない彼女の育てかた』が異常に好きで、大西沙織(おおにしさおり)さんと芽野愛衣(かやのあい)さんも好きだ。『さえカノ』の英梨々(えりり)と詩羽先輩(うたはせんぱい)だね」
「え~イナッチとか夕君とか、アニメとか観るの? え漫画本とか、読むの? いえええ?」
「俺は『ワンピース』の信者だよ……。『ガンダム』系列もオタクだね……。ファイナルファンタジーもドラクエもペルソナもやるし、『ドラえもん』の映画は生まれた時からずっと、熱狂的大ファンだ……。ああ、ダーリンも『ワンピース』の信者だよ。俺もダーリンも、ワンピースの声優チームの大ファンでもあるし、それこそ尾田栄一郎(おだえいいちろう)先生の大ファンだね……。夕は『ハンター×ハンター』の冨樫義博(とがしよしひろ)先生の大ファンだし、あと、俺も夕も細田守(ほそだまもる)監督と、新海誠(しんかいまこと)監督の大ファンだし、俺はジブリの宮崎駿(みやざきはやお)監督も大好きだしね。アニメも漫画も意外と幅広く読む方だよ」
「好きな漫画とか、好きな声優さんとか、いぃるんかぁぁい……。意外……。小説とかしか読んでなさそう……」
「夕は『夏目友人帳(なつめゆうじんちょう)』も好きで、夏目役の神谷浩史(かみやひろし)さんのファンだよ。ああ、今期アニメの『うる星やつら』の諸星あたるの声も神谷さんだね。『文豪ストレイドッグス』の江戸川乱歩でもある。うん、そういえば、夕は『文スト』もお気に入りで、太宰治(だざいおさむ)役の宮野真守(みやのまもる)さんのファンでもあるみたいだね。詳しくはわからないけど、『文スト』の声優さん達は全員が凄い、と言ってたのを憶えてる」
「え、でえ結局イナッチが一番好きな声優さんは誰なの?」
稲見瓶は短く首を振ってみせた。
「一番はいない。強いて言うなら、大塚明夫さんが好きだし、『ドラえもん』の水田わさびさんと大原めぐみさんと、木村昴さんと、関智一さんと、かかずゆみさんは、何だろうね……。俺にとっては本物ののび太君やドラえもんと同様の存在だ。大きな存在……。先代の大山のぶ代さんとか、小原乃梨子さんも大好きなんだ。基本的に、小原乃梨子さんの完全なる野比のび太を知っておきながら、大原めぐみさんの野比のび太を、本物として見てる。のび太君のあの純粋な心の力を、先代ののび太君も現在ののび太君も、ちゃんと持ってる……」
和田まあやはストローを口から離して、にやける。
「イナッチ乃木坂以外にもあ~んじゃ~ん、すきなもの~~。け~っこう熱く語ってるよ、今、ふふん」
「『ドラえもん』、『ワンピース』、『ナルト』、『ハンター×ハンター』、『BLEACH』、『ドラゴンボール』、『ちびまる子ちゃん』、『サザエさん』、『ハイキュー‼』、『うる星やつら』、『呪術廻戦』、『サムライチャンプルー』、『ガンダム』シリーズは、俺のお墨付きのアニメだね。いわゆる、声が想像通り、というやつだ。まあやちゃんにもおススメするよ」
和田まあやはにやけ顔のままで言う。
「えさっきの声優界のドンのものまねやって」
「確か、まあやとか言ったな、二度と忘れん!」
和田まあやは真顔で口を開け、きょとん、とする。
「は?」
「坊やだからさ……」
「あ、声が変わった!」
「女のウソは、許すのが、男だ」
「あまた変わった!」
「良い子になろうとしなさんな、貸しがあろうが借りがあろうが、戦争なんて始めた瞬間からどっちも悪だよ……」
「ああカッコイイ! かも! 大人っぽい、よなんか!」
「邪眼の力をなめるなよ」
「ああカッコイイぃぃ‼‼」
和田まあやは笑顔で大興奮する。
「けどぉ、んっひひ、わっかんない‼‼」
「いつかきっと返しに来い……、立派な海賊になってな」
和田まあやは笑顔でソファから跳ね上がった。
「ああカッコイイおじさん!!」
稲見瓶は凛々しい笑顔から、眼つきと表情を渋く険しくさせた。
「生きて会えたら答えを教えてやる!」
「あ~最初の人だっ‼」
和田まあやは稲見瓶を指差して笑った。
稲見瓶は笑みを浮かべて、ソファを立ち上がった。
「おしまい。さあ、運動でもしようか」
「あ~……、感情無くなっちゃった……」
10
二千二十二年十月末――。仕事終わりに〈リリィ・アース〉の地下二階の広大な面積を誇るエントランスフロアの東側のラウンジに四角く囲われたソファ・スペース、通称〈いつもの場所〉にてこの日、談笑を楽しんでいるのは、乃木坂46一期生の齋藤飛鳥と和田まあや、そして三期生の山下美月と与田祐希、そして四期生の遠藤さくらと賀喜遥香、柴田柚菜と清宮レイ、田村真佑と筒井あやめ、早川聖来であった。
乃木坂46ファン同盟からの参加者は、風秋夕と稲見瓶、磯野波平と姫野あたる、である。