未来卵
「最初さあ、咲月の事『みちざね』って呼んでたらなんでえ! とかいって凄い怒ってたんだけど」
中西アルノは、そこで奥田いろはの声を聞き逃し、もう一度きき返した。
「ん?」
「えなんでみちざね?」
冨里奈央は前方を不安そうに見つめたままで答える。
「菅原だから。菅原道真」
中西アルノは付け足す。
「学問の神様って言われてる人なんだよ。でね、なんか最近、ラインとかで、この写真、上げていいブログとかで? て送るとさ、みちざね了解! ちみざねOK! とか返ってくるんだよね」
岡本姫奈は伊勢海老のテリーヌを皿に載せながら言う。
「てかさー、パンと咲月全然帰ってこなくない?」
中西アルノは言う。
「誰かと話してんじゃないの……」
岡本姫奈は笑みを浮かべる。
「最近さー、瑛紗(てれさ)とさー、咲月めっちゃボイスメッセージ送ってこない?」
中西アルノは笑みを浮かべて答える。
「夜中の四時とかにインターネットで拾った画像とか送ってくるんだよ」
奥田いろはは伊勢海老を堪能しながら言う。
「ほんとに、さっちゃんって、頭良いのか悪いのかわかんない」
冨里奈央はほっとした顔で、元の体勢に整い直して、笑顔で言う。
「咲月は頭の回転早いと思う。ていうか、ほんとに姫奈は頭の回転は速いと思う。なんか取材とかして頂いてる時に、めっちゃ、ちゃんとしてる」
奥田いろはは屈託(くったく)のない笑顔になる。
「勉強はできないけど、常識はある」
「ていいながらing教えない奈央達も悪いと思う」
冨里奈央は大きく円(つぶら)らな瞳を見開いて言った。
岡本姫奈がきく。
「なにing?」
中西アルノが答える。
「現在進行形」
岡本姫奈はふてくされて言う。
「一般常識のクイズを出されてたところで、常識って誰が決めたんだ、てなるよねえ?」
「理屈言わない!」
中西アルノは笑って言った。
「ごめなさい!」
岡本姫奈も眼をぎゅっと瞑(つぶ)って笑った。
スペシャルサンクス・今野義雄氏
「なおなお~~、探したぜ~~、俺んとこ来いよ、なあ?」
冨里奈央とその場の五期生メンバーが振り返ると、はるやまの黒のスーツにブルーのワイシャツ、DIORの黒のダブルフェイスウールロングコートを着込んだ磯野波平が笑顔で立っていた。
「なおなお」
「うう~……」
「な~お~な~お~~」
「ん~~、んん!」
冨里奈央は、泣きそうに悩ませていた顔を、一瞬のうちに一変して、口をへの字にした真顔に変えた。そのまま磯野波平を上目遣いで見上げている。
磯野波平は眉(まゆ)を顰(ひそ)めた真剣な顔になり、冨里奈央の座る椅子を力任せに引き抜いてから、深く腰を折り、冨里奈央の腹部に優しく右肩を当てて、そのまま悲鳴を上げる彼女を肩に担(かつ)いだ。
「ふう~っ。しゃ、んじゃ行くか~~」
「やだやだやだよ~、おおお、ちょうちょ、まだまだ、ご飯食べてないもんっ」
「食わしたるから安心したまえがあ~っはっは!」
「えーー」
そのサークル上の円卓に座る五期生達は、呆然(ぼうぜん)とそちらを見つめていた。菅原咲月と池田瑛紗(いけだてれさ)が席に戻ってきた。
菅原咲月は口の先を尖らして、綺麗な顔で皆を一瞥(いちべつ)して言う。
「どした?」
池田瑛紗は口を半開きにして、皆の顔を一瞥している。
「え会費、とかお勘定、とか言われちゃった?」
スペシャルサンクス・乃木坂工事中
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洒落(しゃれ)たロングコートで固めた今野義雄氏と、はるやまの黒のスーツと灰色のワイシャツ、BURBERRYのカシミア・ケンジントン・トレンチコートを着込んだ風秋夕と、はるやまの黒のスーツと黒いワイシャツと青いネクタイ、Pradaのテーラードコートを着込んだ稲見瓶が、大きな花束を持って、一期生や卒業生達の座るサークル上の円卓へと立った。
和田まあやが、振り返る……。
「おめでとう。よく尽くしてくれた、卒業おめでとう」
今野義雄氏は、そう言って花束を手渡した。
私服姿の和田まあやは、驚き、感激する。振り返ったままではなんなので、急いで席を立った。
「えー、チューチップ………。ありがとうございます、今野さんまで」
風秋夕は笑顔で、チューリップの花束を和田まあやに手渡す。
「卒業しても、遊びに来てね。まあやちゃんちだって、ここにはあるんだから」
「んふ、ありがとわかった」
稲見瓶はチューリップの花束を手渡しながら言う。
「地下二階から地下五階までが、約100住宅、入ってるんだけどね、十何階から、また住宅も入ってくるから、乃木坂が何人に増えてもまだまだ全員で住もうと思えば住める。卒業、おめでとうまあやちゃん」
「んふ、ありがとうえ、何の説明ですか、今の。っふふ」
風秋夕は片手を上げて、和田まあや卒業記念パーティー・リリィ・アース・スタッフを呼んだ。
「とりあえず花束は預かっておくね……。ああ、地下三階のライブフロアに大きい花瓶置いて、そこに挿(さ)して下さい」
「了解いたしました」
リリィ・アース専用制服姿の帽子をかぶった礼儀正しい男性は、大きな花束を抱えて歩き、壁際にあった台車に乗せて、それを何処かへと運んでいった。
マイクを持った風秋夕は、「まず、お忙しい中、このパーティーに参加して下さった今野さんから、一言頂きましょう」と、マイクを嫌がる今野好素子に強引に渡した。
「えー、今野です」
拍手がわき上がる。
「本日は堅苦しい事は抜きにしましてお寛(くつろ)ぎ頂(いただ)き、楽しいひと時をお過ごし頂ければと思います。えー、スカートとスピーチは短い方が喜ばれますので、手短にご挨拶させて頂きます。――ええ、うちの和田まあや、樋口日奈、設立から奮闘してきた一期生達が、このような日を無事迎えられましたのも、こうしてここにお集まり頂いた皆様のお陰でございます。えー人生には、3つの坂があります。1つは『上り坂』。2つ目は『下り坂』。そして3つ目が、『まさか!』という坂です。僕らともども、乃木坂46がこんなにも長く世界からも愛される存在になれた」
「今野さん長い長い……」
風秋夕は苦笑した。
「今日は楽に行きましょう」
稲見瓶も微笑んだ。
今野義雄氏は、指先でOKマークを作り、またマイクに語りかける。
「それでは、そろそろ皆様の腹時計が一斉(いっせい)に鳴り出す前に、乾杯(かんぱい)の挨拶(あいさつ)に移らせて頂きます。高いところからではございますが、本日は誠にありがとうございます。そしてもう一度、和田まあや、樋口日奈に、握手のほどをよろしくお願い致します」
盛大な拍手がわき上がる――。
「乾杯(かんぱい)!」