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未来卵

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 稲見瓶は手前側の綾乃美紀が座る側の椅子に、綾乃美紀から二席あけて着席した。コーヒーを綾乃美紀から受け取っている。
「綾乃さん、今日は車ですか?」
 稲見瓶がきいた。
「あ、いや。あ私電車通勤なんですよ」
「ふうん。三笠木さんは?」
「通勤は車よ。あなたは?」
「タクシーです」
 綾乃美紀は驚いた顔をする。三笠木里奈の表情は一変しなかった。
「行きも帰りも、タクシーなんですかぁ?」
 稲見瓶は、コーヒーを飲みながら頷(うなず)いた。
「給料だって私なんかより多いはずよ」
 三笠木里奈が口元を笑わせていった。
「大口企画の成功量と、場数が段違いだもの。ま、当然ね……。引き抜きも、もう声はかかってるんじゃなくて?」
「ええ、たまに声を掛けて貰います」
「稲見さん、見たまんまの、エリートなんですねぇー……、すごぉ」
 風秋夕がすりガラス製のオブジェに手を当てて、スライド式のドアを開いて入室してきた。
「うん、揃ってるよな。ごめん、遅れました」
「あなたを待ったのは、あなたがこの中で一番の古参だと聞いたからよ」
 三笠木里奈は、己の席から二席あけて着席した風秋夕に言う。
「さあ、コーヒーを一口飲んで、煙草に火をつけたら、昨日何が起きたのかを教えてちょうだい」
「先に言うよ。まあやちゃんと、ひなちまの卒業が決まった……」
 風秋夕と稲見瓶は、ジッポライターで煙草に火を灯す。風秋夕は、現在二十二歳のファースト・コンタクト(株)期待のエリート新入社員であり、社内限定の『乃木坂46非公式ファンクラブS』の会員でもあり、秘密組織・乃木坂46ファン同盟のリーダーでもある。
「誰でもない、一期生二人同時の、卒業だ……」
 風秋夕の言葉に、稲見瓶が続く。
「乃木坂が、変わろうとしてる……」
「何が真実なの?」
 三笠木里奈が、スリムな煙草を指先に挟んだままで言う。
「乃木坂は、どうなるの? 変化とは、一体…」
「進化だ」
 風秋夕は口を開いた。
「まあやちゃんと、ひなちまが卒業するんだよ。この二人がどれだけ、乃木坂の歴史に貢献してきたか……。その二人が、卒業を決意した瞬間、新しい時間が確定する。それは新たな乃木坂のステージであって……」
「まあやちゃんと、ひなちまの、いなくなった後の、乃木坂の時間だね」
 稲見瓶が、煙草を吐き出しながら補足した。
「うん……。卒業をしっかりと悲しむ必要、あるよ、三笠木さん。乃木坂が十年以上愛着した服を脱いで、新しい服を着るような時間が来る……。実際にだいぶ、衝撃は大きい」
「衝撃でメガネが割れそうだ」
 稲見瓶は無表情で囁(ささや)いた。
「…んっふ、えっへ……。稲見さん、…おもしろいんですね……」
 泣きべそをかいていた綾乃美紀は、くすりと笑っていた。
「乃木坂は…、進化すると、風秋君はそう思うのね?」
 三笠木里奈は、メガネの奥の鋭い眼差しで風秋夕を見つめる。
 風秋夕は笑みを浮かべた。
「乃木坂は進化していきますよ。これが初めてじゃない。これまでも乃木坂は見事な進化を遂げてきた」
「あなたがそう思うんなら……、そうなんでしょうね」
 三笠木里奈は肩をリラックスさせてから、旨(うま)そうにコーヒーを飲んだ。
「統計学っぽいね」
 稲見瓶が薄い笑みを浮かべて言った。
「占いなんかでよく用いられる学術の一つで、統計学がある。俺がよく信じる学術の一つだけど、夕の乃木坂の未来を語る言葉には、統計学も使われてる気がする」
「統計学自体は、占いじゃないからな。列記とした論理だ」
 風秋夕は笑みを浮かべて、煙草を吸った。
「歴史そのものが統計学の要素で満ちてる……。俺達の持つスキーマっていう経験を司る部分も、未来を進むのに統計学を知らないうちに使ってる。学習するんだよ、生を司(つかさど)った全ては」
「それが、進化か……」
 稲見瓶は深く納得して、気がつくと囁いていた。
「そう……。乃木坂は、必ず進化する。ちまちゃんとまあやちゃんの存在が大きければ大きいほど、好きであれば好きなほどに、悲しければ悲しいほどに。失恋と同じかもしれない、大切な好きを失った後は、泣いて強くなるしか選択肢はないんだから」
「それが、生きていくという事よ」
 三笠木里奈が言う。
「命は美しい」
「生きてる意味、か……」
 風秋夕は、笑みを弱めて、数度、ゆっくりと頷(うなず)いた。
 稲見瓶は無表情で囁く。
「深いね……」
 綾乃美紀は、ようやく泣き止んだのか、鼻をすすりながらコーヒーを手に取って、発言する。
「結局、私達って、ノギヲタで……。乃木坂無しじゃ、ダメなんですよね……。そのうちの、ひなちまと、まあやを失うって………。私、どうしたら……」
「………」
 風秋夕はどこに視線を浮かべているのか、黙って煙草を吸っていた。
 稲見瓶は綾乃美紀の意見について、考えていた。
 三笠木里奈は長い髪を首ではらって言う。
「生きなきゃならないの。いつの間にか、人生の指標にしていた乃木坂は、永遠の形をしているわけではない。形は変わっていくの。だから、私達も変わっていくのよ。変わらない、想いを持ち続けながら」
「生駒ちゃん推しの意見じゃあ、説得力しかないな」
 風秋夕はははっと笑った。
 稲見瓶は煙草を吐き出してから、言う。
「まあやちゃんが好きで、ひなちまが好きなんだ。じゃあ、卒業を受け入れる準備をして、それを受け止めて、卒業を見送って。それからも、二人を好きでいよう。二人無しの人生は、確かにきつすぎるからね」
「賛成」
 風秋夕は頷いて、コーヒーを飲んだ。
「私も、賛成する」
 三笠木里奈は静かな仕草で頷(うなず)いた。
「私もです、稲見さん。まあやとちまちゃんを、ずっと好きでいたいと思います」
 稲見瓶は、綾乃美紀に微笑んだ。
「それが、乃木坂46非公式ファンクラブSの出来る、最善の方法だ」
 風秋夕は、鳴り出したスマートフォンの着信に、席を外して対応する。
『もしもし?』

       2

『もしもし、つってんだろうが。あー俺だハンサムだ。明後日(あさって)なあ、まあやちゃんリリィに来るって行ってたような気がすっからよぉ』
 『おー、じゃあ集合かけるか』
『いや逆だ。どうせお前はいるんだろうから仕方っなくお前に言ってんだけどな、他の奴ら来させんな』
 『え、何でよ?』
『うぜえからだアホめ。まあやちゃんと俺様の時間が存在感の薄いザコ供のせいで時間へっちゃうだろうが』
 『そんな、そりゃ横暴だぜ波平……。みんなだって、まあやちゃんの卒業は衝撃で、悲しんでるっつうのにか?』
 『じゃな。あんま呼ぶなよ、まあやちゃんと俺が約束した時間なんだかんな忘れんなよキザ。切るぞ』
 『待て待て、おい、こら。おい! お……こいつ』

 二千二十二年七月二十一日――。港区の何処かの高級住宅街に、秘密裏に存在する巨大地下建造物〈リリィ・アース〉。その地下二階の広大な空間を誇るエントランスフロアの、東側のラウンジに在る、四角く囲われた大きなソファ・スペースに、今も絶賛『真夏の全国ツアー2022』の真っ最中である、乃木坂46の一期生、和田まあやと、秋元真夏と、齋藤飛鳥が訪れていた。
作品名:未来卵 作家名:タンポポ