恐竜の歩き方
店内にタント・メトロ・アンド・デヴォンテの『エブリワン・フォール・イン・ラブ』が響き渡る。半熟卵のオムライスを食べ終わった樋口日奈は、料理のメニュー表を見始めた清宮レイに「このオムライスは、あんま美味しくないよ」と教え、磯野波平に叱られた。
結局、清宮レイはジューシー・リリィ・アース・バーガーとアイス・カフェラテを注文した。
「ちまとレイちゃんってよぉ、世間的にどっちが50メートル速く見えんだろうな? レイちゃんだろ、つう意見も、いやちまちゃんだろうが、つう意見も多いんだろうな?」
樋口日奈は、清宮レイの顔を一瞥する。
「え。レイ何秒ぐらい?」
清宮レイは苦笑する。
「ちゃんとは憶えてないですけど、9秒20ぐらいです、ねたぶん、確か……」
樋口日奈は微笑む。
「あじゃあ私だ。8秒4ぐらいぃ~~……、いぇーい……。波平君は?」
「あ俺ぇ?」
磯野波平は、斜め上を見て思い出そうとする。
「11秒とか12秒台とかじゃねえかな~~……。体育、に、まず真面目に出た事がねえしよ。まず走ってもふざけてだろうしなあ。があっはっは、しゃいな青春だぜえ!」
「波平君って、不良なの?」
清宮レイが興味深そうに眼を見開いて言った。
磯野波平は腕を組んで、顔をしかめる。
「俺が真面目に見えっか?」
清宮レイは「ううん」と首を横に振った。
「まあよー、レイちゃんも、俺とちまが結婚した後も遊びに来てくれよな?」
爽やかに微笑んだ磯野波平であったが、「どこに?」と顔をしかめた清宮レイに、すぐに顔をしかめ返して答える。
「新居(しんきょ)に、だろ。そこは……」
「結婚なんてしぃまっせんから!」
樋口日奈は「がちょ~んしないのう?」と弱気な眼で見つめてくる磯野波平を強気で見つめ返しながら、ゆっくりと首を横に振った。
磯野波平は、微笑む。
「じゃあ、ちまも、俺とレイちゃんが婚約したあかつきには、」
「婚約しないから」
清宮レイは笑みを浮かべながらすぐに否定した。
「が、がちょ~ん……。マジかレイちゃんもひなちまも、こんなハンサムでいい男、他にいねえんだぜえ?」
樋口日奈は強く苦笑して「いるよ」と笑った。
店内には、マーク・ロンソンft.フリーウェイ&ニッカ・コスタの『ヒア・カムズ・ザ・ファズ』が流れている。
「あ、これな。ハマスカ放送部で流れてたやつだぜ……。確かぁ、飛鳥っちゃんと、ハマさんがなあ、ピンポン玉でフライパン・ピンポンチャレンジしてっ時にかかった曲だな」
磯野波平は自信ありげににかっと笑った。
テーブルに付随された〈レストラン・エレベーター〉にジューシー・リリィ・アースバーガーとアイス・カフェラテが到着した。
清宮レイは、ハンバーガーを手で圧し潰して、ハンバーガーの端の方に噛み付いていた。
「ちまっちゃんはよぉ、基本っ的に、NGはないんだよな?」
樋口日奈は、にやけて「うん…。別に」と頷いた。
磯野波平はにやける。
「寝る時、つか、家んいる時よ、夏のちょうど今頃なんかは、下はかねんだろ?」
清宮レイは必死にハンバーガーと格闘している。
「はかないよ」
「うっひょ~~っお!! パンツか!」
「それは言わない」
樋口日奈はうっすらと笑みを浮かべ、弱く首を振った。
「何が、言わにゃい、だっつうの……。昔よ、乃木坂お試し中で、和田まあやの外国人インタビュー、つうコーナーでな、ソーセージのおススメ店を聞こうするも伝わらず、何て聞いたでしょうか、つう問題がなあ、なんかの番組で出た時だ……。な? よう、ちまちゃん、自分でなんつって答えたか、知ってっか?」
「何それ……」
樋口日奈は笑みを浮かべる。
磯野波平は真顔で言う。
「ソーセージプレイ………」
「うっそだあ!」
「があ~っはっはマジよ、ガチンコよこりゃあ! 確かにNGはねえな~~」
「そんな事言ったあ?」
「ソーセージプレイじゃあ、変な事伝わっちゃうっつうの!」
清宮レイは、口元にケチャップを付けた無垢な笑顔で、天使のようにへらへらとしていた。
「NG無しっつうから聞くけどよ。さっきの話、家ん中で下はかねえんは、上も着ねえって事だろ? インナーも着ねえの?」
「着な~い……」
「いただきますっ‼」
「はぃ?」
樋口日奈は顔を前に出して眼を細める……。磯野波平はがっちりと肘を上げて水平に両手を合わせて「今晩のおかず、はい入りましたおめでとうね! うんありがとうね!」と眼を瞑(つぶ)って呟(つぶや)いている。
清宮レイは紙布巾で口元をふいてから、顔を険しくした。
「波平君、お下品ですよう! ひなさんの前でぇ~」
「おう、レイちょんバーガーひと口くれよ」
「あ、いーよー。美ぉ味しいの、これ!」
「いいんかいっ‼」
磯野波平は大笑いする。清宮レイはきょとん、としていた。
樋口日奈は微笑む。
「無邪気な子をいじらないの。こら!」
「かっ、かっ、間接キスオッケーなんかーいっ! がっはっは!」
清宮レイは、恥ずかしそうに「あ、そゆこと?」と苦笑している。樋口日奈はその時、ぴんとある事を閃(ひらめ)くように思い出していた。
樋口日奈は笑って会話している二人を無視して、磯野波平の方に顔を出して焦ったように言う。
「そうだそうだ! 波平君っ、夕君の背中っ、タトゥーっ! 好きな人の名前彫ってあるんでしょう! 誰なのっ!」
磯野波平は豪快に笑った後なので、「あぁ?」とぽかん、としている。清宮レイは話題に飛びついていた。
「えっ! 夕君の好きな人? ですか!」
「そうだよ! 背中のタトゥーに名前入れてんの!」
清宮レイは更に驚いた表情で、樋口日奈を見つめる。
「えっ……、それって、乃木坂の、誰か、て事ですか?」
樋口日奈は、躊躇ってから、頷いて「そうだよ」と答えた。そのまま、流れで磯野波平を見る。
「誰なの!」
「ケツがかい~のぅ~」
清宮レイも、テーブルに乗り出して言う。
「誰なんですか! 箱推し軍団のリーダーだったんじゃないのっ¡?」
磯野波平は困難にぶつかったキッズアニメの主人公のように顔を必死にしかめて叫ぶ。
「ケツの大きい女の子も好きだし! ケツの小せえ女の子も好きなんだ! 絶対に譲れないよそこだけは!! 更に言うと僕はぱいおつのでけえ女の子もぱいおつの小せえ女の子も性的に好みなんだ! それだけは絶対に譲らないぞ! 燃え上がれ僕のコスモ!!」
「何わけのわかんない事言ってんのよ、ちょっと波平君っ、波平君ってば!」
「ちょっと誰なんですか!」
店内に流れるアイズレー・ブラザーズの『ビトゥウィーン・ザ・シーツ』を掻き消すかのように、賑やかな三人の声はそのレストランを騒がしく飾っていた。
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