恐竜の歩き方
二千二十二年八月十八日――。地下八階の〈BARノギー〉にて、風秋夕と姫野あたる、駅前木葉と来栖栗鼠、御輿咲希と宮間兎亜、比鐘蒼空の乃木坂46ファン同盟七名と、乃木坂46一期生の樋口日奈、二期生の鈴木絢音、三期生の中村麗乃と向井葉月、吉田綾乃クリスティー、四期生の金川紗耶と佐藤璃果と林瑠奈、松尾美佑と矢久保美緒、OGの伊藤かりんと西野七瀬が、それぞれ、各々のグループに分かれて癒しの時間を満喫していた。尚、十代は禁酒である。
顔を前に出さずとも他の顔をが窺える半円に湾曲したカウンター席には、左から樋口日奈、風秋夕、鈴木絢音、姫野あたる、金川紗耶、駅前木葉、林瑠奈、御輿咲希、佐藤璃果比鐘蒼空、伊藤かりん、西野七瀬、宮間兎亜、と並んで座っていた。
カウンターから近いテーブル席には、吉田綾乃クリスティー、中村麗乃、その正面に、向井葉月、来栖栗鼠が座っている。
店内にはC&Cミュージック・ファクトリーの『ドゥ・ユー・ワナ・ゲット・ファンキー?』が流れていた。
カウンター席の伊藤かりんは、クリアアサヒを呷(あお)ってから、左隣に座る比鐘蒼空に言う。
「なに、比鐘君。聞いてるよ? なぁーが好きなの?」
西野七瀬は、躊躇(ためら)いながらも、右隣りの比鐘蒼空を見つめる。
「好きです……。おいらは、守ってあげたくなる……。なあちゃんは、今なんか、ほんとに、立派に強い人だけど、だけど……そんな人です。守りたくなる……」
比鐘蒼空は酔っている。今宵は妙に饒舌(じょうぜつ)であった。
西野七瀬は弱い笑みを吞み込んで、伊藤かりんと比鐘蒼空に囁く。
「でも、ほんとに、強くはなったと思う……。ああ、変わったんだなぁ、とは、思う」
「なぁは人見知んなくなったよね?」
伊藤かりんはそう言ってから、豪快にアサヒクリアを呷った。
「うんでもぉ、嫌な人、嫌な人っていうか、好きじゃない人とは会わないから」
西野七瀬は儚い笑みでそう言った。
比鐘蒼空は、青白い顔で右奥の席に座る西野七瀬を見つめる。それから、すぐ右隣りの伊藤かりんの顔も見つめた。
「おおお……。レジェンドと、今、おいらは同じ時間を……おおお」
「比鐘君、面白い子だねえ、ふふん」
伊藤かりんは笑った。
「なぁ、おかわりは?」
「あ、うん。イーサン?」
宮間兎亜は、西野七瀬の右顔を眺めて、にんまりと半眼で笑みを浮かべた。
「イーサン、あのう……、帰り道は遠回りしたくなる、一杯、お願いします……。ん? なあに?」
西野七瀬は微笑んだ。
宮間兎亜はにんまりと笑ったままで言う。
「なぁちゃんって、やっぱり儚さと可愛さで言ったら、一番と言いたくなる存在なのね。普通に一緒に呑んでるだけで、告白したくなるわん」
「え。告白……。ふふ、ありがと」
「ね私は?」
伊藤かりんは己を指差して宮間兎亜に言った。
「かりんちゃん嫌いな人はいないわよ」
「おいらも、かりんちゃんは、大好きです……、うぃ、っ……」
西野七瀬は悪戯(いたずら)っ子が心を開いた瞬間のように、儚く微笑み、伊藤かりんを見つめる。
「私も。お世話になってます」
金川紗耶はカウンターにある多角形の平皿に載っているローストビーフを、フォークで器用に刺して、口に運んだ。
「ううん! お~いひい! ……。あやっぱここのコックさんって、凄いんだね」
駅前木葉は己もローストビーフを吟味してみる。
「うん……、ほんとですね。温かくないのに美味しいお肉っていうのが、不思議ですね」
金川紗耶は、笑顔で片手の手の平を駅前木葉に見せる。
駅前木葉はその手を不思議そうに見つめて、己を微笑みながら見つめている金川紗耶に、小首を傾げた。
「ハイタッチですよ、ハイタッチ」
「ああ、はい……」
金川紗耶と駅前木葉は笑顔でハイタッチした。
林瑠奈はジュウと鉄板に焙(あぶ)されているステーキを、丁寧にフォークとナイフで切り分けていく。
「みこ氏、ちょっと食べてみる? ステーキ、ここのステーキってタレが108種類あるんだけど、これがいっちばん美味しいやつなの。食べて食べて」
御輿咲希は、恐れ入りながらも、林瑠奈のステーキをひとかけら貰う。
豊潤な肉を口にしまうと、歯が当たった瞬間に温かな肉汁が溢れ出てきた。
「このタレは、……いけませんね、病みつきになります! んん、おいひいわ」
林瑠奈はへへらと微笑んで言う。
「設楽さんのやつ、設楽家のタレですよ」
佐藤璃果はカウンターに手を伸ばす。
「あ、一口もらいた~い」
「てか食べて食べて、食べてよ」
「は~~い。……んんん! んいやいやいやいや、美味しい!」
佐藤璃果は眼を見開いて驚く。手を口元にあてがってよく咀嚼(そしゃく)した。
カウンター席から近いテーブル席にて、カウンターを背にした吉田綾乃クリスティーと中村麗乃はカレーライスを食していた。その正面の席に座る向井葉月と来栖栗鼠は、向井葉月が親子丼、来栖栗鼠が海鮮丼を食している。
来栖栗鼠は満面の笑みで三人の女子達に言う。
「なんかさー、今日、この三人でどっか行ってきたでしょー? 僕そういうの敏感だからわっかるんだよ~?」
吉田綾乃クリスティーは答える。
「へー当たり……。出掛けたんだよ、今日。この三人で。ね?」
来栖栗鼠は、隣の向井葉月と眼が合ったので、質問する。
「何処に行ってきたの~?」
「あのねえ、素敵空間。だよね?」
向井葉月は二人に相槌を求める。二人は笑顔で頷いていた。
「えー何処~?」
中村麗乃が美しくにやけて答える。
「サンリオだよ。サンリオピューロランド……。行ってきました」
「なんか、推しがいっぱいできそうだった」
向井葉月は旨そうに親子丼を頬張りながら言った。
「えーまたさあ、行こうね」
吉田綾乃クリスティーは二人を見渡して微笑む。
中村麗乃は上機嫌で頷いた。
「え絶対行こ~~」
カウンター席には、左から、樋口日奈、風秋夕、鈴木絢音、姫野あたる、と続いている。
柿色とブラックライトの光に満ちた薄暗い店内には、ザ・ファイブ・ステアステップスの『ウー・チャイルド』が流れている。九十年代風の洋風居酒屋を模した店内には、良い雰囲気で笑い声が漏れていた。
樋口日奈は少しだけ酔いが回ったのか、微笑みながら、大きな溜息をついた。
風秋夕はラム・コークを片手に、樋口日奈を見つめる。
「どんな奴なら、ひなちまを口説ける?」
「えぇ? んー……。どう、だろうなぁ~……」
「こんな会話、何年か前にしたの、……憶えてる?」
風秋夕は、尊そうに樋口日奈を見つめて、口元を引き上げた。
「憶えて、ないか……」
「憶えてるよ~?」
樋口日奈は微笑んで、風秋夕を見つめ返した。
「その背中……。誰の名前入ってんのう? タトゥーに好きな人の名前入ってんでしょう? 教えてくれるって約束したのにぃ……」
「まだいくちゃんしか知らないんだよ」
風秋夕はくすりと笑うと、次の瞬間、グラスに残っているラム・コークを飲み干した。
樋口日奈は、流れているサウンドをハミングしながら、メニュー表を開いた。
「夕君、今日こそ、教えてもらいますからねぇ~……」
「じゃあ、今夜俺の部屋へおいで」