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恐竜の歩き方

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「ほらそういうの! ダメだからねえ~、他の子に言ったりしたら。本気にしちゃう子とかいるかもしれないんだから……」
「本気ですよ、お姫様」
 風秋夕はそう言って、無邪気に微笑んだ。
 樋口日奈はその顔を、横目で一瞥した。
「泣かされた女の子、多いんだろうな~……」
「そういうふうに見えてるんだ?」
「うん」
 樋口日奈は自信たっぷりに微笑みながら、電脳執事のイーサンを呼び出して、かき氷のシャンパンを注文した。
「ひなちまには、俺が泣かされちゃうね」
「なんで?」
 樋口日奈は、風秋夕の顔を一瞥する。
「いや――。それよりさ、ちまちゃんってこの11年間、どう? 大変だった? 楽しかった? 辛かった?」
「ぇ……」
 樋口日奈は小首を傾げながら、視線を少し下げて、考えた。
「辛かった事の方が多かったけどぉ……。11年を通して、ちゃんと楽しかったって言える、かな……。それこそ、乃木坂になってよかった。メンバーとも出逢えたし、ひなを好きになってくれる人達とも、出逢えたし」
 風秋夕は、頬(ほお)杖(づえ)を付いて、口元をにやけさせた。その眼は樋口日奈の横顔を見つめている。
「ねね夕君。思うと、さあ? 11年って、なっがいよね?」
「11年間、好きでいれる事って、ひなちまがくれた幸せだよ。ありがと。ありがとうの記念に、ほっぺにちゅうしちゃおっかな……」
「やぁめぇなぁさい……」
 電脳執事の知らせと共に、最も近くにある〈レストラン・エレベーター〉に、樋口日奈が注文したかき氷のシャンパンが届いた。
 店内にはT.I.- ft.ケリー・ヒルソンの『ゲット・ユア・バック』が流れている。
「なに、これ、どうしたらいいの……」
 風秋夕は、戸惑っている樋口日奈に微笑みながら、ブリーハワイ・シロップのかき氷の盛られたグラスに、シャンパンを注いでいく。
 とくとくとく――と、シャンパングラスはみるみるうちにブルーのカクテルへと姿を変えた。
「召し上がれ、お姫様」
「ありがと。んふ」
 風秋夕はまた頬杖をして、呟くように言う。
「ちまちゃん。こっち向いて」
 樋口日奈は、グラスを口元から離して、風秋夕の方を向く。
 風秋夕は、遅れるように樋口日奈を見つめ返してから、また言う。
「Look this way.」
「……。ん?」
 樋口日奈は、表情を無くしたまま、?マークの浮かんだ顔で、風秋夕を見つめ直した。
 風秋夕は喜んで笑った。
「あ~っ、はっは! 可愛いなあひなちまは~……。昔さ、工事中のドッキリ企画で、愛マスクを取ったらディレクターが外国人に変わってる、てドッキリでさ、ひなちま、ディレクターが外国人に変わったのに対して無反応で、カタコトの外国人の質問に、愛嬌たっぷりの無表情で、ん? て聞き返すんだよ。そっれが、めっちゃかわんわいいの!」
「あ~……。お米の、ドッキリだよね?」
「そう。魚沼産の米はどっちだ? みたいな問題で、ひなちまのドッキリ無視、ていう芸当ね……。あの時のん? と今のん? 変わってなかったな……」
「あっそう」
「ああ、恋したもんな。あのひなちまにも。このひなちまにもさ……」
 姫野あたるは、鈴木絢音に顔を赤らめて叫ぶ。
「小生は思うでござる! 絢音ちゃん殿は誰よりも笑顔が似合う人でござるとっ!」
 鈴木絢音は姫野あたるのバカでかい大声に肩を竦(すく)めて、真正面に視線を逃がす。
「ダーリン? ちょ、ちょと、…声が、大きい!」
「笑う事にこがれが強いならば、小生のお嫁さんにくればよい! 小生が笑わせるでござる! いや言い過ぎたでござる! 小生のっ、嫁などとっ、どっ、どの口がっ、草っ!」
 風秋夕は、こちらを見つめている樋口日奈に笑みを浮かべて、人差し指を天井に向けた。
「この曲……」
「あ~あ……」
 樋口日奈は、空間を見上げて、美しく微笑みを浮かべた。
「好きでしょ?」
「好きぃ~……」
 店内には、デズリーの『ユー・ガッタ・ビー』が流れ始めていた。

       4

 二千二十二年九月某日――。夏の日照りもほんの少しだけ陰りを見せ始めた頃の事、この日の日中は晴れであった。そして、この日の夜は二千二十二年度、三月四月五月六月七月八月九月の超絶的生誕祭である。
 港区の何処かの高級住宅街に秘密裏に存在する巨大地下建造物〈リリィ・アース〉、その地下六階のフロア北側の壁面にある二つある巨大な扉の、左側の通路の先に、飲食を目的とする施設が三店舗あった。そのうち、〈無人・レストラン〉二号店にて、二千二十二年度、三月四月五月六月七月八月九月の超絶的生誕祭は開催されていた。
 運営スタッフは乃木坂46ファン同盟の十名と、〈リリィ・アース〉の専属スタッフ陣である。
 今宵の主人公は、秋元真夏、五百城茉央、池田瑛紗、一ノ瀬美空、伊藤かりん、岩瀬佑美子、小川彩、奥田いろは、賀喜遥香、川後陽菜、川﨑桜、川村真洋、北川悠理、北野日奈子、久保史緒里、齋藤飛鳥、斉藤優里、佐々木琴子、桜井玲香、佐藤楓、佐藤璃果、柴田柚菜、白石麻衣、鈴木絢音、清宮レイ、筒井あやめ、冨里奈央、永島聖羅、中田花奈、深川麻衣、中西アルノ、中村麗乃、中元日芽香、西野七瀬、松村沙友理、向井葉月、矢久保美緒、山下美月、山崎怜奈、吉田綾乃クリスティー、若月佑美、与田祐希、和田まあや、である。
 ゲストは乃木坂46とそのOG達、マネージャーや今野義雄氏達であった。
 時刻はPM九時を回ったばかりである。
〈無人・レストラン〉二号店には、絶えず雰囲気の良い楽曲が流れている。そのフロアは広大で、所々に設置されている円卓のテーブルに、様々な種類の御馳走が載っている。立食形式のビュッフェ式のパーティーであった。
 所々の〈レストラン・エレベーター〉から、この場にはないドリンクやフードも自由に注文し放題である。何処のテーブルにも、今宵の主人公達のネーム入りの特大のバースデイ・ケーキが用意されていた。
 広大な面積の店内を飾るサウンドには、メイJの『ガーデン』が流れている。
 齋藤飛鳥は、テーブルからビールを選んで、グラスに注いだ。
「あーすかちゃん」
 その声は、乃木坂46ファン同盟のリーダーである、風秋夕(ふあきゆう)のものであった。齋藤飛鳥は、すぐに「ども…」と一瞥もせずに声を返していた。
「五期生、度胸あるなぁ……。はは、か~わい!」
風秋夕は遠くを見つめながら小さく笑った。
「あそうか……。五期、今日がここ、初めて来るのか……」
齋藤飛鳥は風秋夕を見る。
風秋夕は首を横に振った。
「夏の、お祭りが最初かな……。こんな秘密基地みたいなとこ、びっくりするよね……。うまく利用してくれるといいな。それこそ、ここは乃木坂のものも同然なんだからさ。あ、最初飛鳥ちゃんが来た時もびっくりしてたよね?」
風秋夕は齋藤飛鳥に微笑む。
「俺も、最初ここに来た時は驚いたな~……。地下空間が、夢の城になってるとはね。そこに女神達が集うようになるとは、ほんとの夢のままだ……」
 齋藤飛鳥は美しい眼差しで、遠くのメンバーを適当に見つめながら話す。
「基本、立地がスタジオ系の現場にも近いしね……。住もうと思えば住めるんだろうし」
「住みなよ!」
「住まないよ」
作品名:恐竜の歩き方 作家名:タンポポ