恐竜の歩き方
齋藤飛鳥は、不敵に笑った。
「例えですよ、例え」
「おーうあっすかちゃーん!」
そう勢いよく登場してきたのは、風秋夕の大親友でも喧嘩仲間でもある、乃木坂46ファン同盟の磯野波平であった。
「おっす、波平っち」
齋藤飛鳥はそう挨拶を口にしながら、磯野波平を一瞥した。
磯野波平はご機嫌の様子である。
「今日もび~っじんだなーおい~~!」
磯野波平は、「がっはっは」と大袈裟に笑った。
「うっさいわ」
齋藤飛鳥は早口で呟いた。
磯野波平は、笑い声に急ブレーキをかける。
「うっせえって事はねえだろ、飛鳥っちゃん……」
「飛鳥ちゃん、テンションだけの奴嫌いなんだって」
風秋夕はにやけて言った。
「うん」
齋藤飛鳥は頷いた。
「誰の事よ? テンションだけの奴って……」
磯野波平は顔をしかめる。
「あー、ダーリンか?」
「お前でしょうよ!」
「あなたですよ」
「はああっ!?」
磯野波平は、顔面蒼白で驚愕(きょうがく)する……。だが、しかし、また、起き上がりこぼしのようにすぐに立ち直って笑顔になった。
「またまた~……、へっへへ、飛鳥ちゃんったらよ~」
「何よ……」
「また~、照れてんだろう?」
磯野波平は、満面の笑みで言った。
「アホか……、アホなのかお前は……」
風秋夕は溜息を吐く。
齋藤飛鳥は溜息をしまい、眼を薄くして、磯野波平から視線を反らした。
岩瀬佑美子、そして白石麻衣と松村沙友理、永島聖羅、新内眞衣、秋元真夏が、笑顔で齋藤飛鳥と風秋夕の立つテーブルに寄って来た。
「なんか、飲もかな」
「何飲むの?」
秋元真夏は、笑顔で齋藤飛鳥に言った。
岩瀬佑美子は風秋夕にぺこり、と会釈(えしゃく)した。
「夕君、だよね? え、これで会うの何回目だ、私……」
「三回目だよ、ゆみちゃん」
風秋夕は上品な笑顔で答えた。
「前も生誕祭で。来てくれたの、憶えてないの?」
「ああ、ああああ、憶えてるよ。あれでしょう、あの、元気いい子がいてさ……」
「波平ね。こいつ」
磯野波平は、岩瀬佑美子にしかめた顔を向ける。
「元気いい子って……、小二かよ俺ぁ!」
永島聖羅は満面の笑みで、齋藤飛鳥の肩を叩いた。
「なーにこんなとこでちびちび呑んでんの、あっち行こうあっち、御馳走のとこ行かなきゃダメよ~う。飛鳥は育ちざかりなんだから~~」
齋藤飛鳥は苦笑する。
「元気にしてたん?」
「げ~んき元気!」
白石麻衣は齋藤飛鳥の肩に手を乗せて言う。
「なんか、全ツ凄かったね~! や、今も乃木坂って、やっぱ凄いわ、て思った、しみじみ」
「あそう? ありがとうございます。ふふ、まいやん、ちょっと酔ってません?」
「呑みすぎだってあたしが言ったのにさあ~」と永島聖羅。
「生誕祭よ? せいたんさい、なんだよ? 呑むでしょ~」と赤ら顔の白石麻衣。
新内眞衣と松村沙友理が話していると、堀未央奈と鈴木絢音と北野日奈子と山崎怜奈が会話を交わしながら近寄って来た。
店内にリアーナft.ジェイZの『アンブレラ』が流れる。
「おめでと!」
北野日奈子は満面の笑みでその場の皆に言った。
おめでとう――という祝福がその場に飛び交った。
堀未央奈はスマートフォンを高くかかげて写真を撮る。北野日奈子と新内眞衣と鈴木絢音と山崎怜奈が、咄嗟のピースサインでその画角に入り込んでいた。
風秋夕は、松村沙友理に微笑む。
「ドラマ、主演でいま撮影してんだって?」
「えー……、まだ内緒。えだって……、え待って。まだ解禁前だよねぇ?」
松村沙友理は驚いた顔をした。
「何でも知ってるよ」
風秋夕は指先でキュンを作ってにっこりと微笑んだ。
「ていうか、まっちゅん、竜とそばかすの姫、観た? 俺おくれてやっと観たんだけどさ、あ~れ、美女と野獣を違う世界観でオマージュしてんだけど、そっれが、見事でさ~。まっちゅん、聞いてる?」
松村沙友理はテーブルに視線を下げて、必死に七面鳥の姿焼きをナイフとフォークで切り分けていた。
川後陽菜と川村真洋、斉藤優里と中田花奈、桜井玲香と若月佑美、伊藤かりんと西野七瀬は、稲見瓶の立つテーブルで、彼が振る舞う手料理を堪能していた。
料理名は、『独創性かつ斬新なる構想の香草カレーライス』である。
賑やかな店内には、ザ・ノトーリアス・B.I.G.の『ビッグ・ポッパ』が流れている。
伊藤かりんは、口からスプーンを出して、渋い表情を浮かべた。
「イナッチ、何入れたの? これ」
稲見瓶は笑顔を浮かべて答える。
「材料は、意外とシンプルなんだ。ポイントは、薬(やく)膳(ぜん)の漢方(かんぽう)と、香草かな」
西野七瀬は匂いを嗅いで、「ん?」と声を漏らし、食べるのをやめた。
「えーなぁちゃんどう? どんな匂い? 美味しそう?」
斉藤優里は、稲見瓶の用意するカレーライスを手に取った。
川後陽菜は刺激的な表情を一瞬だけ浮かべた後で、苦笑する。
「これ……。なんの罰?」
川村真洋は無邪気な顔でもぐもぐしながら、指先で鼻をつまみながら、躊躇(ためら)いも見せずに食べている。
「匂いさえしなければ、え、ふっつうのカレーだよ? うん。美味しい」
川後陽菜は、信じられない、といった表情で、カレーライスの載った平皿をテーブルに戻した。
稲見瓶は言う。
「川後Pは、おかわりかな?」
「いっやいやいやいや、ごちそうさまでした」
桜井玲香は顔を歪めながら、ゆっくりとその一口を咀嚼(そしゃく)していく……。
「ん~~! ん~ん~!」
若月佑美は、痛そうな顔で桜井玲香を見つめながら、己もその一口を食してみる。
「………。ん! んんふふぬい!」
中田花奈は鼻を鳴らして傍観している。が、彼女はまだ知らない。湯気の立つカレーライスの載った新しい平皿を手に用意したまま、稲見瓶が中田花奈を見つめている事を。
西野七瀬と伊藤かりんは、そのテーブルから離れ、ふらっと歩き始めた。
中央の大きな円卓のテーブルに並べられた豪勢な料理を前に、中元日芽香と井上小百合と伊藤万理華と深川麻衣と樋口日奈と和田まあやは、文字通り立食を堪能しながら、その会話に花を咲かせていた。
そのテーブルには、姫野あたると駅前木葉がいた。二人は店員のような役割をしている。
天井の高い広大な空間には、シャギーft.レイヴォンの『エンジェル』が心地良き雰囲気を醸し出している。
樋口日奈は、小さく切り取られたレア・ステーキを口の中にころん、と入れた。
「う~~ん、おいひいよ~、すえーき。……んふ。なに、今日は給食当番やってんの?」
姫野あたるは屈託(くったく)なく微笑んだ。
「うまいメシを、うまく食べてもらう為の、給食当番でござるよ」
和田まあやはテーブルの上を眼で探す。
「えどれえ? どこにあった~?」
樋口日奈はそれを指差す。姫野あたるがすぐに、レア・ステーキを切り分けて、和田まあやにと、平皿に何きれかレア・ステーキの切り身を乗せた。
「あおお、うんうん、うまい、美味しい! ねえこのタレってえ……」
和田まあやは姫野あたるを見つめる。
「設楽さんちのタレでござるよ。もう間違いなく人気ナンバーワンのタレでござるからな、調理場も同じタレ作りばかりで動きやすかろう。草」