恐竜の歩き方
伊藤純奈と佐々木琴子と渡辺みり愛が姫野あたるの仕切るテーブル・エリアにてその脚を止めた。
伊藤純奈は笑顔で言う。
「ダーリン久しぶりじゃん」
姫野あたるは満面の笑みで返す。
「久しぶりでござるなあ、純奈ちゃん殿。みり愛ちゃん殿も。琴子ちゃん殿とは、ここで会えた回数は片手分でござるな。よくぞ来てくれたでござるよみんな、ささ、何を食べるでござるか? 遠慮は無用でござる。今夜はチート・デイでござるよ」
佐々木琴子は、姫野あたるに言う。
「ダーリンってえ……、もと、アニオタ、でしたよねぇ?」
「そうでござるそうでござる。今期も大体観てるでござるよ」
佐々木琴子は薄っすらと浅い笑みを浮かべる。
「来期……、うる星やつら、ていう、アニメ、やるんだけど……。知ってる?」
「知ってるも何も、小生うる星やつらの大ファンでござるよ。ラムちゃんはアニメの中で1番愛しい存在でござる。それに、諸星あたるは、小生のダーリンというニックネームの元となった人でござるよ。親近感しかないでござる」
渡辺みり愛はくすり、とにやける。
「おー、急にいっぱいしゃべったな……」
佐々木琴子は笑みを浮かべて言う。
「ダーリン、来期、十月から、うる星やつら、アニメ化されます……」
「なんと!!」
姫野あたるは、テーブルにフォークを落として驚いた。
佐々木琴子は楽しそうに続ける。
「しかも……、ラムちゃんの声優さん……、上坂すみれさんです。好きだよねえ?」
姫野あたるは驚愕する。
「せ、声優で一番好きな人でござるっ! う、上坂すみれ殿が、し、しかもラムちゃんを! 上坂すみれ殿がっ、ダーリンと呼ぶのでござるかっ! 小生の事を!」
佐々木琴子は笑っている。
伊藤純奈と渡辺みり愛は「違うだろ」「ちと興奮しすぎじゃない?」と苦笑していた。
「みり愛殿! これは大事件なのでござるよ!」
「ああそうでござるか拍手! …拍手!」
渡辺みり愛はにやけた笑顔で盛大に拍手する。笑った伊藤純奈が、姫野あたるに話しかけながら同じく拍手していた。
「ダーリン、ラムちゃん好きなんだ? そのまんまじゃん! あっは、うける」
広い店内にジャナの『ヘイ・ミスター・DJ』がかかる。
中元日芽香は駅前木葉に微笑んだ。
「や~木葉ちゃん、何年ぶりだろうね~? 元気にしてましたか?」
駅前木葉はあごをしゃくれさせて、不気味な笑みを浮かべる。
「ほほそうですまっあく、ほの通りえすね。何年ぶりえひょうか?」
「う~ん……でも、一年は経ってないような気がする」
中元日芽香は可愛らしくえくぼを作って言った。
駅前木葉は思い出す。そう、しゃくれきった卑屈な笑顔で。
「ええ冬ですね! 去年の。きっと」
中元日芽香は「そだよね」と駅前木葉のその顔に微笑んだ。伊藤万理華は疲れたような表情で言う。
「木葉ちゃん、治ってないんじゃん、その、変顔。怖いよ?」
「笑止!」
井上小百合はコーンスープを飲んで、駅前木葉に言う。
「美人さんなのにねえ……。それじゃ、オペラ座の怪人だよ」
「ほっほ笑止っしっ!」
駅前木葉は口元を両手で隠した上品な仕草で笑っている。しかし背をはいぞって豪快に笑う動作が下品であった。
深川麻衣はルイボスティーを飲む。
姫野あたるは笑顔で言う。
「川後陽菜ちゃん殿も若月殿も玲香ちゃん殿も、その辺に来てくれているでござるよ。挨拶はできたでござるか? まいまい殿」
「う~ん、できました。ここに来るのも去年のクリスマスぶりだから、懐かしいメンツと会えましたよ。あ、ダーリンともね。お久しぶりです」
「お久しぶりでござる。サワコの撮影は順調でござるか?」
「え!」
深川麻衣は驚いて、眼を見開いた。
「何で知ってるの………」
「ここはリリィ・アースでござるよ? 何でもござれ、でござる。草っ」
フロアにはタリアft.ファット・ジョーの『アイ・ウォント・ユー』が流されている。
佐藤璃果と柴田柚菜と清宮レイと筒井あやめと、矢久保美緒と弓木奈於と松尾美佑と、林瑠奈と賀喜遥香と田村真佑と遠藤さくらは、最も奥の長手が20メートルにもなる太長いテーブルの上に乗った甘いフルーツやお菓子、ケーキなどの甘味物に夢中になっていた。
そのテーブルでは天野川雅樂と来栖栗鼠が執事のような役割を担っていた。
林瑠奈は口に頬張ったばかりの甘いスイーツに、頬に手を当てて声を漏らす。
「んん~~! んんまい! ……食べてみ?」
弓木奈於はスイーツをフォークで器用にすくい上げて、口に入れる。
「ほん、んん。おいひぃ」
松尾美佑は日本茶をすする。彼女には少し室内の気温が寒く感じた。
「おい、さむくねーかい? 全然寒くない? あったかいお茶がうまいんだけども……」
「松尾、もっと食べた方がいいよ、あったまるから」
そう言った後で、矢久保美緒は近くに寄って来た樋口日奈と和田まあやを、笑顔で手招きした。
「日奈さんまあやさん、美味しいの、来て来て、早くう!」
天野川雅樂は、呆然とした顔で、眼の前に立った樋口日奈と和田まあやの美しさに魅了されている。
和田まあやはフォークでスイーツの苺を刺し、口に運んだ。
「んおー……、いいお味ぃ」
樋口日奈はクリアアサヒの缶ビールをテーブルに置いて、指先で苺を取って、そのまま口に入れた。
「ん……。んん、おいひ。へへ、手で食べちゃった」
「あじゃあまあやも手で食べよ……」
矢久保美緒は笑顔で説明する。
「この焼き芋のスイートポテトも美味しいんですよ!」
樋口日奈は銀紙の部分を器用に手に持ち、大口を開けて、スイートポテトの端に噛り付いた。
「……ああ、うん焼き芋だ~~。お~いひい」
和田まあやも、銀紙の部分を掴み、そのまま器用に手で持ち上げて、スイートポテトを顔の前まで持っていく。
「ていうかさ、うちらだけじゃない、こんな食べ方しちゃってるの」
「だって、めんどくさいんだもん」
「あ~めんどくさいとか言って! あっはは、超ダメ人間じゃん、うちら」
和田まあやはそう笑った後で、スイートポテトを「うん!」と唸りながら食べた。
羊の群れでも放牧させられそうな広大なスペースには、ダ・ブラットの『ギブ・イット・2・ユー』が流れていた。
遠藤さくらはひたむきに巨峰を食べている。賀喜遥香は柴田柚菜のひたいに己のひたいを当て、カップルのような写真をスマートフォンで撮影していた。
田村真佑はそれに嫉妬している。賀喜遥香と柴田柚菜から眼を逸らすと、視線の先には、笑顔で「あ~ん」をしている清宮レイと、照れた笑顔で「あ~ん」されている筒井あやめがいた。
「なんなの、このカップル達は……」
田村真佑はそう言った後で眼が合った佐藤璃果に、苦笑を浮かべた。
「ずっとイチャイチャしてんだよ、この人達、信じらんなくない?」
「えー、信じらんなぁい……」
「も、食べよ」
「食べよ」
掛橋沙耶香は佐藤璃果の後ろから忍び寄り、彼女の背中に「わっ‼」とやった。
佐藤璃果は仰天しながら、スイーツを口に入れたままで眼を見開き、肩を竦めて、掛橋沙耶香を振り返った。
「なぁ~にぃ~、びい~っくりしたあ~!」
掛橋沙耶香は笑う。
「あっはは、何食べてんの?」