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恐竜の歩き方

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 金川紗耶は北川悠理に、マンゴーのケーキを多角形の平皿に乗せて、笑顔で手渡した。それから、己の分も同じ物を用意し、笑顔で北川悠理に言う。
「悠理ちゃん食べよ! もったいないよ、食べないと。こんな、全部は無理だけど」
「あ~せっかくだもんねえ……、ありがとー。食べよう?」
「うん食べよ」
 田村真佑は表情を消して、余所を向く。
「………」
「あは。なんか、なんかだね~」
 そこには、笑顔で一部始終を見ていた、来栖栗鼠がいた。

       6

 秋田県の北秋田市阿仁笑内にある笑内駅(おかしないえき)は無人駅である。その景色を懐かしく思い馳せながら通り過ぎると、姫野あたるは滴(したた)る汗を大雑把(おおざっぱ)に腕でぬぐい、涼しい顔で運転しているタクシーの運転手に問いかけた。
「あのう、聞いてばかりですまなんだが……。本当に、クーラーは使えぬでござるのか? なんだか、前のほうだけ、涼しいような気がするのでござるが………」
「あー、ごめんねえ。クーラー壊れちゃってて」
「なんだが、そことここでは、秋と真夏のように空気が違う気がするのでござるが……」
「壊れてんのは、後ろだからねえ、ごめんねえ」
「前はついているのでござるな?」
「あー、まあねー。ごめんねえ」
「では、一度停めて下され……。ふう、暑くてしんぼうたまらん……。前の、横の席に乗り換えるでござるよ」
「あー、前はねえ、規約で決まってんのよ、乗せちゃいけないって。ははごめんねえ。色々こっちに置いてあるからさあ、ねえ?」
 姫野あたるは、座席シートの隙間から前のシートを覗き見する……。左側の空いているシートの上には、水筒と弁当箱が置かれていた。
 タクシーの運転手は、鼻歌を口ずさみ始めた。
 大きな溜息を吐き、目的地はもうすぐだと、姫野あたるはもう少し辛抱する事にする。
 大きな木々がうねって天井を造るように、道路の両側から延びて路に木々の屋根を造っている通称〈野生のトンネル〉をタクシーが抜けたところで、姫野あたるはタクシーに支払いを済まし、下車した。
 山道を歩き、避暑地とはいえ、まだまだ夏の残暑が厳しい日射を全身に受けながら、姫野あたるは一時間半をかけて、風秋夕の父である風秋遊の所有物である山に辿り着き、その麓(ふもと)に在る二階建ての打ちっぱなしコンクリート建造物の〈センター〉という建物に到着した。
 短いアーチを潜り抜けて、チャイムを鳴らすと、連絡の通り、茜富士馬子次郎(あかねふじまごじろう)こと、通称、夏男(なつお)がすぐに姫野あたるを玄関にて笑顔で出迎えた。
 二人は互いでの久しぶりの会話を通して情報を交し合いながら、きんと冷えたクーラーの風の行き届いたキッチンへと移動して、すぐに温かいコーヒーを淹れた。
 夏男は満面の笑みで、煙草を用意しながら言う。
「よく来てくれたねえ。東京はあっついでしょう? どう、秋田は?」
 姫野あたるは苦笑を浮かべながら、煙草を箱から指先に抜き取って、100円ライターで火をつけた。
「はは、秋田も暑いでござるよ。しかし、東京の暑さは魂をけずる……。そういった意味では、やはり大自然の中の暑さと、コンクリートジャングルでの暑さとでは、暑い、の重さが違ってくるでござるな」
 この日は、二千二十二年九月某日――。時刻はPM16時過ぎであった。
「また、卒業するんだってね………。ネットで見たよ」
 夏男は、弱々しく笑みを浮かべて、姫野あたるに言った。
 姫野あたるは、うつむき、下唇を強く噛んでから、囁く。
「樋口、日奈ちゃんと……、和田、まあやちゃんが、乃木坂46を、卒業する、でござる……」
 きんと冷えた室内に、瞬間的に無音の状態が訪れた――。しかし、野外の蝉の大合唱で、その静けさは瞬時に吹っ飛んでいった。
 夏男は、コーヒーをすする。
 姫野あたるは、情けない表情のままで、煙草を吸った。
「どうして、卒業するのでござろうか……。小生は、いつもいつも、同じ事ばかりを思うでござる。まだ、まだまだ、まだまだ時間があるのに、…と」
 夏男は息を吹きかけてコーヒーを冷ましながら、姫野あたるの顔を見つめていた。
「ようやく、家族のように……。恋をしたまま、それが愛だと確信ができるようになった途端(とたん)に……。ひなちまは、まあやちゃんは、遠くに行こうとする………。掴もうとすれば、擦り抜ける……。この手に、ひなちまと、まあやちゃんの手を掴めたなら、もう放しはしないのに………」
 夏男は、深く煙草を吸い込んで、それを吐き出す。
 姫野あたるのひきしまった表情に、うっすらと、涙が浮かび始めていた。
「その人達の、すぐそばにあると思い込んでいた、この深き愛は、実はそうではなく……。すぐ近くに、いつもこの魂と一緒にいると思っていたその人達は、実はそうではなく……。小生の愛を知りながらも、遠く、遠く、遠い遠い存在だったのだと、いつも、この卒業の時に実感させられる………」
 夏男は黙っていた。
「小生の声は、届かぬのでござる……。手放したくないその手を、振り払って、二人は遠くへと走って行くでござる………。すぐそばを歩いていたと思い込んでいた小生の声は、実は遠い遠い彼方(かなた)にあって……、愛しきものを引きとめる事もままならない……。ずっと、もっともっと、そばにいれていると、思っていたのに……うぅ、うっ……」
 顔をうつむけた姫野あたるの眼から、大粒の水滴が落ちていった。
「ずうっと心は一緒だったはずなのにぃ! 二人はもう行ってしまうのでござるぅ! 手を伸ばしても、伸ばしても伸ばしてもっ、もう届かないっ……。卒業すると言われる時、いっつもその時になってから気付く寂しい感情があるでござる、夏男殿………。虚無感(きょむかん)、でござる……。こんなに好きなのに、11年間……、こんなに長く愛したはずなのに……。ひなちまとまあやちゃんは結局、行っちゃうんじゃないかぁぁ! あぁぁ、うぅ……」
 夏男は、煙草を灰皿に預けた。
「ダーリン……。君の蒔(ま)いたその虚無感を感じさせるほどの、小さな小さな悲しみの種は、ひなちまさんと、まあやさんの、これからの旅路で、きっと綺麗な、美しい花を咲かせるだろうね」
 姫野あたるは嗚咽(おえつ)を吐きながら、身体をひっくひっくと微動させながら、夏男を睨むように見つめた。
「決して、君だけじゃない……。この悲しみを乗り越えようともがき苦しんでいる人は、決して君一人だけじゃないよ……。その愛しい手を掴もうと伸ばした手が、擦り抜けていったのは、君だけじゃない……。ダーリン、戦えよ。その自我を失いそうになるほどの喪失感と。向き合うんだ」
 姫野あたるは、強く眼を瞑(つぶ)り、声を上げて泣き始める……。
「本当に重い決断に葛藤し、苦しんだのは、ひなちまさんと、まあやさんだよ。11年といったね……。ダーリンは、11年間暮らした家を出る時、遠い土地に旅立つ時に。家族に、兄弟に、友達に。どんな感情を抱くかなあ?」
「さ、さびしいでござるぅ……悲しいでござる、うっうぅ………」
作品名:恐竜の歩き方 作家名:タンポポ