恐竜の歩き方
「フウ~~ひなちま殿は、きっと姉妹にも優しいでござるな。みんなに、愛を振る舞う、それはもはや、天使の域にいる人でござるよ。親友に、『あやちゃん』という女性がいるのでござるが、これがまた運命的な話があるのでござる」
「へえ……。うん、聞かせてえ」
「フ~~……、あやちゃんは、乃木坂のCDについているDVDのおまけである、個人PVという、ある種の、メンバー個人個人の主役の物語でござるな。そのひなちま殿の個人PVがあり、そのタイトルを『ちまデート』というのでござるが、そのひなちま殿の個人PVの監督こそが、ひなちま殿のプライベートでの親友、あやちゃんなのでござる」
「え~? それどういう事ぉ?」
「まま、聞いて下され、夏男殿。ふふん……。ひなちま殿とあやちゃん殿が、まだ中学1年生の頃。中学1年の入学式に、ひなちま殿に、今日から『ひなちま』ね! とそのあだ名を付けた名付け親こそ、あやちゃん殿なのでござる。そのあやちゃん殿とひなちま殿は、成長していき、各々が、別の道を進む中で、芸能界という狭き入り口で、見事奇跡の再会を果たしたのでござるよ!」
「ううっそ~!」
「乃木坂46のひなちまと、PV監督のあやちゃんとして……。お、おおお、とり、鳥肌が!」
「すっごお~いじゃーん! やるねえ、運命!」
夏男は換気扇を止めて、フライパンを持ってテーブルへと移動する。皿はすでにテーブル上に用意されていた。
「おお、あんかけでござるな!」
「じゃーん! あんかけチャーハンになるんだよ~」
「おおそれはそれは、おかわりしてしまいそうないい匂いでござる!」
夏男はフライパンを傾けて、皿にあんを乗せながら、不気味に微笑む。
「ふふ、おかわりいいよ~ふふ、今ちょうど間違えて先にあんを皿に流してるとこだから」
「やや止めるでござるよ夏男殿! チャーハンの上にあん、でござろう!」
「でももう、片方流しちゃったから。ふふいいよ一緒に変なの食べましょうようっふふ」
夏男は不気味な笑みで二つのからの皿にあんを流していった。姫野あたるは混沌として焦り散らしているが、夏男の顔が不気味すぎてその手を握って止める事ができなかった。
行儀よく『いただきます』をしてから、チャーハンかけあんを、二人は食べ始める。
時刻はAMからPMへと移り変わりそうであった。
「ひなちまさんってさあ、綺麗なんだ?」
夏男は無垢な表情できいた。
「はい。そ~れはそれは、美しき人でござる。心も身体も、綺麗な人でござるよ」
「身体も?」
夏男は、食べるのをやめて、真顔で姫野あたるを見つめた。
「なんか、君。セクシーって言ったり、身体って言ったり……」
「なんでござるか?」
姫野あたるは真顔になる。
「ひなちまさんの色気に、やられてるね?」
「そ、それは!!」
と慌てた後で、姫野あたるはよくよく考えて、答える。
「そうでござる。やられっぱなしでござるよ~、ふふふ」
「顔は知ってるんだ。色っぽいよねえ? 顔も」
夏男の質問に、姫野あたるは満面の笑みで頷いた。
「お顔も色っぽいでござるふふん~……。意外と、食べ始めてしまえば、ちゃんとあんかけチャーハンでござるな。ま味は、その」
「うん塩と砂糖、最初間違えた」
「うむ、そうでござろうな……。この甘みは、夏男殿のひねり出す格別な甘さとはまた別物でござる……」
「まあでも、食べれなくは、ないね」
「そうなんでござる、全然食べれるんでござるよ」
夏男は、麦茶を飲んだ。それから、着実に料理を食べ進めている姫野あたるに微笑む。
「ひなちまさんって、ん超~っお、優しくて、綺麗で、セクシーで……。きっと、お淑(しと)やかな女性的な人なんだろうね~~」
「そこでござぁるっ!!」
「うわ!」
夏男は顔を仰天させて、麦茶をこぼしそうになった……。
「……なにぃ」
椅子から立ち上がってる姫野あたるは、スプーンで夏男を指差していた。
「ひなちま殿は……、元気な女の子、なのでござるよ………。女性的、でもある。確かに女性的なのでござるが、それだけでは到底語れぬ、ひなちま殿のあの変わった個性は……。なんというのでござろうなぁ……」
夏男はスプーンを咥えて、姫野あたるを見上げている。
姫野あたるはスプーンで夏男を指差すのをやめて、腕を組んで窓の外に顔を向け、考え込み始めた。口では、ぼそぼそと何やらを呟(つぶや)いている。
「なんというか……、あの個性はぁ……、活発! そうでござるな、パワフルな一面があるのでござるよ!」
姫野あたるは、にこにことしながら、着席した。
夏男は食べ始める。
「ふう~ん……。パワフルで、セクシーな感じかぁ……オンリー」
「オンリーワン! でござるよ……。昔、乃木坂工事中という番組内で、ガムテープでふたのしてある段ボールの上に座り、落ちたら負け、そのままガムテが破れずに座れたら勝ち、というコーナーがあったでござる……。そこですでに段ボールの中に落ちて、足だけが外に放り出されている状態の、松村沙友理ちゃん殿がいたのでござるな」
「あ~、まっちゅんさん?」
「そうでござる! そのまっちゅんが、自分の力で段ボールから脱出するのが不可能で、はは、ひなちま殿が手を貸したんでござるな……。その段ボールに落ちたまっちゅんを助ける、ひなちま殿の助け方が……。ばあ~ん! と、勢いよく、段ボールをひっくり返したのでござる、っはは、まっちゅんごと。まっちゅん殿は前の方に吹き飛ばされ、床に飛ばされたでござるよ、草っ!」
「パワフル……。確かに……」
夏男は食べ終わり、煙草を用意する。
姫野あたるはスプーンで料理をすくう。
「お淑やかではござらん、かっはっは!」
夏男は微笑みながら、煙草に100円ライターで火をつけた。
「大好きなんだね、ほんとに……。ダーリン嬉しそう……。ふふ」
「小生は……、ひなちま、殿が……、大好きでござる……、ははは、うむ、………。ごちそう様でした」
「ダーリンも一服、どう?」
姫野あたるは、煙草を用意しながら、心地良く頷いた。
「させてもらうでござる」
夏男は100円ライターで火をつける。姫野あたるは、口に咥えた煙草の先端に、その火をつけた。
「だいぶいい笑顔になってきたよ、ダーリン。ひなちまさんの卒業に、気持ちが追い付いてきた証拠だね。ひとまずは、その辛さを正当化できるようになったみたいでよかった。どうせ変わらない痛さなら、そうして恋をするればいい。うん」
姫野あたるはにっこりとした笑顔で、天井に向けて、ゆっくりと煙を吐き出した。
「ひなちま殿は……、乃木坂で一番、長かった自慢の髪の毛を、バッサリと30センチ以上切ったのでござる……。それは、写真集『恋人のように』で髪を切ったのか、JJのモデルである事から、オータムファッションのモデルとして髪を切ったのか……。ファンの中では様々な予想が絶えなかったでござる。なぜ、切ったか。聞きたいでござるか?」
夏男は満面の笑みで、頷いた。
姫野あたるは、柔らかな、自慢げな笑みで話し始める。