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恐竜の歩き方

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「何回かトーンって落ち込んじゃう時があってぇ、その、最初の、時? ひなちまさんが、何だろ、珠美は、全然だいじょぶだから。て、こう……、すぐに咲く花もあるけどぉ、こう、晩(おそ)く咲く花もあるからぁ、いつも絶対大丈夫だよって言ってくれるんですよ」
 樋口日奈は「うん」と笑顔で頷いていた。
 阪口珠美は、樋口日奈を見つめて言う。
「その言葉は~、胸に刻んであります」
 樋口日奈は更に笑みを浮かべた。
「あー嬉しい~……」
 阪口珠美はにやり、と恥ずかしがり屋の悪戯(いたずら)っ子のように可愛らしく笑いながら言う。
「あと、いつもね、毎日誰かのお誕生日。ていうお言葉……。これは毎日思います。毎日素敵です」
 樋口日奈は、阪口珠美を見つめて苦笑する。
「だいじょぶ? ちょっといじってない? だいじょぶ?」
「いじってないです」
 阪口珠美はストローでリリィ・アース・アイス・カフェラテを飲みながら、ぐっと右手の親指を立ててそれを樋口日奈に見せた。
「大丈夫です」
 風秋夕は小さく笑った後で、感心して言う。
「名言言うのも、言わせるのも、凄い事なんだよ……。がんばってるもんな、たまちゃん」
 樋口日奈は、尊そうな眼差しで、阪口珠美を見つめて言う。
「珠美は努力してるのに、努力を見せない子だよね、珠美は。アンダーメンバーで活動してるとさ、代打で呼ばれる事って多いじゃーん?」
 阪口珠美は、いつしか真剣な顔つきになり、「はい」と端的に答えた。
「選抜メンバーの、出れないお仕事とかの時に、急に呼ばれる中でぇ、その……、焦りを見せない。周りには見せないぃ、えっへへへ、感じ? ちゃんと合わせて、ちゃんと、パンって合わせてみんなとできるように、してくるとか、そういうとこがあ、ほんとにぃ、この子は、たぶん今辛いだろうけど、もうちょっとふんばってがんばったら、絶対に、これから先ももっともっと乃木坂が楽しいって心からぁ、思える日が、きっと来るだろうなって、いつも思いながら見ててぇ……」
 阪口珠美は「ふぇ~ん」と感動している。風秋夕も視線を下げて、微笑んでいた。御輿咲希は樋口日奈を見つめて真剣に聞き入っている。宮間兎亜は涙腺を弱める阪口珠美を見つめて、半眼でにんまりと微笑んでいた。
 樋口日奈は続ける。
「それを、珠美最近楽しそうにしてるなって最近ちょっと、感じるから、これからの乃木坂を、もう純粋に楽しんでほしい。珠美には」
 阪口珠美は樋口日奈を見つめて、真剣にメッセージを受け取っている。
「もう楽しむほどのぉ、余裕ができるように、努力をしてきた子だからぁ、絶対に。もうここから先は楽しんで、行くのみだと思うから。あんまり、遠慮しすぎずね」
 阪口珠美は真剣な表情のまま「うーん」と納得していた。
「いっぱい考えてぇ、身を引き過ぎてないかな、て思うからぁ、遠慮しすぎずぅ、で行って全然大丈夫な子だと思う」
 阪口珠美は「あー」と声を漏らしていた。
 樋口日奈は、阪口珠美の眼を見ながら、言葉を続ける。
「それまでの努力とか、がんばってきたもの、築き上げてきたものがあるから、今は遠慮せずに、ぐいぐい、前に行って楽しんでほしいなって思う」
 風秋夕は何度も何度も頷きを漏らしていた。御輿咲希も感動して、ティッシュに手を伸ばしている。宮間兎亜は「いい先輩ね~」と感心していた。
 阪口珠美は涙を堪えながら、樋口日奈と皆に微笑んだ。
「うあぁぁ~ありがとうございます。も~女神様すぎるぅ~、ほんとに~……。なんか、入る前に、雑誌で、若月さんがあ、ひなちまはいつも鏡の前で練習してる、て、事をゆってるのを雑誌で見てえ、そう、それでなんか、こうやって、なんだろその、ちゃんとこう近くにいる人がそうやって言うぐらい~、いつも努力しててぇ、その、そういう姿が好きだからぁ、私もそうなりたいなと思ってる、のでぇ、もう……、憧れです」
 樋口日奈は「嬉し~」と微笑んだ。
「え」
 宮間兎亜が、唐突に声を挙げた。
「たまちゃんって、二十歳になったわよねえ? お酒って、もう吞んだの?」
「あ」
 阪口珠美は、閃いたような表情を浮かべて、答える。
「初めてのお酒も、ひなちまさんと」
 樋口日奈は文字通り女神ように優しく微笑む。
「そう~、次珠美とどこの店行くか、もう決めてんの」
 風秋夕は子供のようにさっぱりとした顔で、樋口日奈と阪口珠美を見る。
「て事は、最近も二人でお出かけとかしたりしてるの?」
 阪口珠美は小さく手を挙げる。
「あ。こないだ、しゃぶしゃぶに連れて行ってもらいました」
「しゃぶしゃぶう? いいね~、乙(おつ)だね」
 樋口日奈は「はい」と小さく手を挙げた。
「次は~、おばんざい? て言うのなんて言うの?」
 阪口珠美は微笑む。
「ああ~~好きです和食系!」
「そう~次はそれを計画してるの」
 樋口日奈はにこり、と肩を上げて笑った。
 阪口珠美は嬉しそうに言う。
「うふふ、どんぴしゃ、好きなのが」
 樋口日奈は阪口珠美に言う。
「卒業後の方が、会えるね、いっぱい。珠美旅行とか行く? 誰かと行った?」
「まだ行けた事ないんです。でもやりたい事、グランピング? とかやりたくて……」
「そっか」
 樋口日奈はうんうんと考える。
「行きたいなー。まあやともさ、卒業旅行行こうって言ってるのよ、卒業したら。まあやともご飯行きたいね」
阪口珠美は笑顔で「行きたいです」と即答した。
 樋口日奈はアイス・カフェラテで喉を潤してから、なんとなくしゃべる。
「私最近ゴルフ始めたんだけどさ、あゴルフ始めたよ~夕君。夕君より先に。約束、罰ゲームだからね~?」
「ひなちまに命じられる罰ゲームなんて、趣味の範囲だよ」
「あ、珠美ないの? 趣味とか」
 樋口日奈はそう言ってから、また伊勢海老とアボカドのサラダを食べ始めた。
「ピラティスみたいの、二人でやりたいです」
 阪口珠美はリリィ・アース・エクセレント・サラダを咀嚼(そしゃく)しながら囁いた。各々が、暗黙の了解のように自然と食事に入る。
「やりたいねえ」
 樋口日奈はそう言ってから、提案する。
「サウナもいいねえ? ここ、サウナいっぱいあるから」
 阪口珠美は口元を手で隠して言う。
「あ行ってますか? サウナ……」
「前、昔よくここの行ってたけど、最近行ってないね。行こうよ」
「行きましょ~~!」
 阪口珠美は眼をハート型にして微笑んだ。
 樋口日奈は食事を再開させながら、阪口珠美に言う。
「美容系とかもいいんじゃない?」
御輿咲希と宮間兎亜は食事を取りながら二人の話を聞いている。風秋夕は優雅にアイス・コーヒーを飲んでいた。
「資格とか、取りたいです、いつか」
「釣りもね、ね夕君? 夕君達けっこう行ってたみたいだけど、面白いんだって。面白いんでしょう?」
「釣りにハマったら、もう他は手につかない。ぐらい」
 風秋夕はそう言って、まだ笑顔で黙った。
「興味あるな、釣りも……。あ~~、なんか、実感わかないな、卒業の……」
 阪口珠美は焦るように口元を手で隠して、弱々しい声で言う。
「わかせないようにしてます。まだだ、まだだ……。悲しい。さみしい」
 樋口日奈はフォークを多角形の平皿に置いて、笑顔を浮かべる。
作品名:恐竜の歩き方 作家名:タンポポ