恐竜の歩き方
「すっごい沢山食べちゃった!」
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地下二階のエントランス、その東側のラウンジに四角く囲うように置かれた巨大なソファ・スペース、通称〈いつもの場所〉にて、今宵は樋口日奈、和田まあや、伊藤理々杏、黒見明香と、乃木坂46ファン同盟の風秋夕、稲見瓶、磯野波平、駅前木葉、天野川雅樂が夕食後のひと時を過ごしていた。
二千二十二年十月も残すところあと数日というこの日に、姫野あたるも秋田県から帰還していた。今はこの談笑にも参加している。
フロアには会話に支障のない程よいボリュームとピッチで、ブランディの『スティン・イン・マイ・ルーム』が流れていた。
阪口珠美は、両手で樋口日奈と和田まあやを紹介しながら、微笑んで言う。
「この、ひなちまあやさん……」
和田まあやはすぐに反応し、笑みを浮かべて乃木坂46ファン同盟に言う。
「ひなちまあやっていう、名前なんです、実は。私達……」
樋口日奈は「ひなちま、まあや、て……」と笑顔で補足した。
阪口珠美は笑みをそのままに、言葉を続ける。
「このコンビが特に好きなのでぇ……」
樋口日奈は「嬉し~、ありがとう~」と呟いた。
阪口珠美は照れた笑みで、弱く頷いた。
風秋夕は黒見明香を一瞥して言う。
「くろみんとかは、まあやちゃんとひなちまにちゃんと甘えられてる? 難しいのかな、やっぱ、そういうのは」
黒見明香は、眼差しを真剣なままに、笑みを浮かべて発言する。
「でもぉ、ほんとに~、学業の事、なんだろ、凄い一番、そばで、見守って下さったのがひなちまさんです」
樋口日奈は「嬉し~」と微笑んだ。
黒見明香は、今度は完全な笑みを浮かべて頷いた。
「初めてちゃんと先輩に相談できたのは、そうなんです」
磯野波平は、野蛮な王様のように、ソファにふんぞり返ったままで言う。
「ああん? まあやちゃんには? 相談しなかったん?」
和田まあやは苦笑で言う。
「私は~、学業担当じゃないから」
風秋夕は阪口珠美を一瞥して言う。
「たまちゃんなんか、リスペクト凄いじゃん。この先、なんか先輩に誘ってみたい事とかある? リリィでできる事なら喜んで協力するよ?」
阪口珠美は、考えながら言う。
「え~でもぉ、私の初めての、二十歳になってお酒呑んだのは、ひなちまさん」
和田まあやが思わず「えー、そうなんだあ?」と驚いた。
「行ったねえ」
樋口日奈は微笑んだ。
阪口珠美は嬉しそうに言う。
「初めてこう、大人んなる、事したかったのを、叶えて下さった」
磯野波平はうきうきした顔で、樋口日奈と阪口珠美を見て言う。
「何話したん二人してよお? どういう感じなわけ? オラ超わっくわくすんぞ!」
樋口日奈は笑みを消して、考える。
「何しゃべったかなでも、お仕事の事がメインかもしれない」
「違うだろぉがもっとこう、何色普段はいてんの? とかよぉ!」
風秋夕はきく。
「その時なんか相談したの? たまちゃんはひなううるっせえな馬鹿者ぉハウス!」
阪口珠美は騒ぐ磯野波平を無視して発言する。
「え違くて、違うんです。凄いんですもう。相談すると~、ほんとに、女神の、返事、みたいな……、全てを解決に導いてくれるんですよ」
樋口日奈は苦笑しながら言う。
「まあやも、女神っていうか、も、いるだけで、その場がほんわかするから」
稲見瓶は微笑む。
「同感」
「それわっかるな~」
風秋夕は嬉しそうに笑った。皆も笑顔で頷いていた。磯野波平は無視されている事に気がついて驚愕(きょうがく)している。
心地良いBGMとして、ブラックストリートの『アイ・ライク・イット』が地下二階フロアに流れている。
風秋夕は、クリアアサヒをぐびりと傾けてから、皆に言う。
「え、二人がこうして乃木坂をつくってきて、今卒業するじゃんか? 後輩としてはどういう気持ちなの? 俺達ファンなんかは、もうぎりっぎりなんだけどさ。なあ? どうよ波平、卒業って知ってからの感想としては?」
磯野波平は、顔をしかめて、あごをさすりながら言う。
「毎日が酒池肉林……、からの、地獄絵図、て感じかなぁ僕なんかはさ」
「お前にきいた俺が馬鹿だった……。ダーリンとか、どう? 駅前さん、イナッチ、雅樂」
稲見瓶は無表情で、低く抑揚のない声で言う。
「はっきり言って、耐えがたいね。でも、そんな事を口にしても仕方がない」
「ダーリンは?」
風秋夕は姫野あたるを一瞥して言った。
「小生は………。小生は、二人の決めた事ならば、受け入れるだけでござる。精いっぱい、もがいて、受け入れている最中でござるよ、はは。草」
駅前木葉は、上品な姿勢でソファに半分腰かけた体勢で言う。
「例えば、それはさだめ、なのかもしれません。時代の変わり目には、密かなる大きな決意が蠢(うごめ)くものですから」
天野川雅樂は、駅前木葉に続いて発言する。
「最悪っすよ……。まあやちゃんもひなちまも、最愛っすから……。でも、でも俺ぁ……、いや。でけえ事は言えないっすわ、やっぱ。辛いっす」
風秋夕は、伊藤理々杏を見つめる。
「りりあんとか、ど? 実際」
伊藤理々杏は、真剣に笑みを交えたような表情で答える。
「やっぱりお二人の持つお力とかが凄いからぁ、いなくなったらどうなっちゃうんだろうって感じです……」
伊藤理々杏は樋口日奈と和田まあやの眼を見つめる。二人は優しげな笑みを返していた。
風秋夕は、黒見明香を見る。
「くろみんはどう?」
黒見明香は、真剣に、話題の中心にいる二人と、風秋夕を一瞥しながらしゃべりはじめた。
「やもう……、卒業とかほんとにあのぅ、発表された時まで知らなかったので、もう、けっこう泣いちゃいましたし。まだ、実感がなくてぇ、実感がないのに勝手に涙が出てきちゃってえ……。でなんかやっぱりお二人がつくって下さった雰囲気ってぇ、たぶん乃木坂の温かさとかぁ、その~楽しめる理由の一個でもあったと思うのでぇ、それが一個無くなると思うとぉ、ちょっと不安、です」
風秋夕は「なるほど、だよな……」と、深く納得した。
「たまちゃんとか、どうなん? 二人の卒業を前にさ」
阪口珠美は苦笑を浮かべてから、話し始める。
「心から行かないで、てほんとは~言いたいぐらいぃ、なんかほんと淋しさでいっぱいなんですけどぉ……、うぅ~……」
阪口珠美は、悲しそうに和田まあやを見つめる。和田まあやは優しい笑顔で頷いている。
「沢山、色んな事を教えて下さったからあ、私達もがんばらなきゃなあ、て思います。寂しいです」
秒の間もなく、続いて伊藤理々杏がしゃべり始める。
「でもなんか絶対二人の代わりには絶対なれないけどぉ、やっぱり自分、たち三期生にも、後輩、ちゃん達がいるのでえ、こう先輩が、してくれた事を、ほんとなるべく、後輩達にもおんなじくできるように、ほんとにがんばんなきゃ、いけないな~と思いつつ~、やーまだぁ、まだ後輩でいたいぞぉっていう、まだ甘えたいぞぉ、ていう気持ち」
風秋夕は伊藤理々杏を見つめて言う。
「でもりりあん、お試し中とか仕切ってるんだし、こうしていきたい、とか、もう充分自信持っちゃっていいんじゃないの? りりあんになら、喜んでついていくぜ」