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ここにしかないもの

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 何枚も何枚も、二人は、二人で初上陸したディズニーシー・デートの記念にと、腹の底から込み上げる笑顔をスマートフォンに記録していった。
 やがて、ディズニーシーを一周したぐらいの頃、陽は落ちて、オレンジ色の景色に二人は染められた。
 精一杯で手を繋いだ飛鳥と、手を繋ぐ事で満足した光葉慎弥は、やがて訪れた幻のような、煌(きら)めきの鏤(ちりば)められた街の夜景を背景に、初めてのキスをした。
 光葉慎弥は、重なった影が離れた後も、飛鳥を見つめ続けている。
 飛鳥は、視線を合わせる事ができなかった。

「後悔してるか、こんな貧乏な彼氏で……」
「し――」

 飛鳥は、伸ばした指先で、光葉慎弥の口を封じた。

「初めて、なの……。キス、したの……」

 顔を赤らめた飛鳥は、そう呟(つぶや)いてから、恥ずかしそうに、光葉慎弥を見つめた。
 光葉慎弥は、その端正(たんせい)な顔に、小さな笑みを浮かべた。

「俺も、初めてだった……」
「うそ」
「ほんと……」
「うそくせえ」
「最初のキスだよ、マジで。これは二回目……」

 光葉慎弥と飛鳥の影が、再び重なり合い、1つのシルエットになる……。
 唇(くちびる)を離した後、視線を合わせる事ができない飛鳥に、光葉慎弥は真剣な顔で囁(ささや)く。

「例え世界が壊れても…、この関係は壊さない……」
「………」

 飛鳥は、ゆっくりとした仕草で、光葉慎弥を見上げる。
 光葉慎弥は、愛しそうに飛鳥を見つめていた。

「わかった……。信じる……」
「一生、守ってみせるから。他になんか行くなよな……。きょろきょろもすんな……」
「うん……」
「飛鳥と出逢えた事、神様に感謝してる。出逢ってくれてありがとう、飛鳥……」
「え?」

 光葉慎弥は、飛鳥の手を取って、その重ねた手を、己のズボンのポケットへと入れた。
 ポケットの中の飛鳥の手が、その何かに触れる……。
 上から握りしめられるようにして、飛鳥は光葉慎弥のポケットからその手を出した。飛鳥の手は何かを掴んでいる。
 それは、リングケースであった。

「開けて」
「………」

 リングケースの、その中には、大きな装飾が鈍い光沢を放っている、シルバー製のリングが入っていた。
 飛鳥は、光葉慎弥の顔を見上げる。

「付き合って、一年記念」
「ばか、これ高いやつじゃん……」
「へへ」
「ばか……。んもう、ありがとう……」
「泣くなよ」
「ばかだな……、無理ばっかして……」
「来月の誕生日は、ピザでもプレゼントするよ」
「うん……、ピザでいい……。ピザがいい……」
「そう言ってくれる奴だから、あげたくなるんだよ。俺、がんばるからさ。今は工場の方も、景気良くなってきたし……」
「なんにもいらないから……ぃて」
「ん?」
「……そばにいて」
「……わかった。それは約束しよう、飛鳥ちゃん。っはは。……。なあ、もう泣くなってば……」
「絶対大切にする……、一生使う……」
「世界一、幸せにするから……。待ってろ未来!」
「おっきい声出さないの……、んもう、ばか……」



齋藤飛鳥・乃木坂46卒業SP企画
二部構成作品・第二部『ここにしかないもの』



       1

 去年の四月に新入社員として〈(株)アンダー・コンストラクション〉に入社してきた山下美月は、女子寮を断って齋藤飛鳥の自宅マンションのルームメイトを個人的に希望した。
 住まいが渋谷区という事もあり、家賃が半分になる有益性を考慮して、齋藤飛鳥はそれを受け入れた。
 山下美月の入社から一年と四カ月が経った今では、齋藤飛鳥と山下美月は息の合った先輩後輩コンビとしても、ルームメイトとしてもうまくやっている。
 八月に入ってすぐの金曜日、飛鳥は渋谷TSUTAYAで白黒字幕映画の金字塔、若き日のロバート・デ・ニーロ主演の『レイジング・ブル』をレンタルしてきた。
 飛鳥と山下美月は、リビングの灯(あか)りを消して、絨毯(じゅうたん)の上に座り込んで、テレビで白黒映画を観ている。深夜につき、音声のしぼられた迫力の乏(とぼ)しい字幕映画には、手持無沙汰(てもちぶさた)を解消するアイテムとして、アイスコーヒーとキャラメルポップコーンは欠かせなかった。
 山下美月はテレビを見つめたままで、隣で真剣に映画に見入っている飛鳥に囁(ささや)く。
「今日も慎弥さんに家まで送ってもらったんですか?」
 飛鳥は気がついたように答える。
「へ? ああ、ふん。そだよ」
「飛鳥さんの車を慎弥さんが運転してぇ、飛鳥さんが帰宅したら、駅まで歩いて電車で帰る。え~、優しすぎません?」山下美月は、大きな瞳を可愛らしく歪(ゆが)めて、飛鳥を一瞥(いちべつ)した。「胸が痛みませんか? そんな事してもらってえ」
飛鳥は山下美月を短く一瞥(いちべつ)する。「あいつんち、うちの会社から近いんよ。ゆっても、聞かないんだもん。送ってく、て」
「うっわ。なんか、彼氏欲しくなってきた……」
「ポップコーン、こっちよこせ」
「慎弥さんて素敵ですよね」山下美月は、キャラメルポップコーンを横にずらしながら飛鳥を見て言う。「もう絵に描いたようなイケメン。飛鳥さんの事一番に考えてくれるし、背ぇ高いし……。あ、友達紹介して下さいよ、慎弥さんの」
「あいつ、ど田舎から独りで上京してきて、すぐに、おじさんおばさんしか従業員のいない工場に就職したから、友達一人もいないのよ」
「えぇ~……」山下美月は眉(まゆ)を顰(ひそ)める。「夢のイケメン紹介所が、壊滅的……」
「何よそれ」飛鳥は険しい眼つきで山下美月を一瞥した。「慎弥の前で言えない事はここでも言わないでよね、めんどくさいから……」
「は~い、ごめんなさーい」
「ちょと、ポップコーン食べ過ぎだから、あんた」飛鳥は顔をしかめてキャラメルポップコーンを厚紙の器(うつわ)ごと手に取った。「これ私の最後のキャラメルポップコーンなんだからね?」
「いいじゃないですか、ポップコーンぐらい……」山下美月は、興味薄くそう言い、テレビを見つめた。「減るもんじゃなし……」
「減ってるでしょう?」飛鳥はしかめっつらで言う。「次あんた買いに行きなさいよ? 無くなったら」
「無くなったら違うもんを食べればいいじゃないですか」
「私は映画観る時はポップコーンって決めてるの」飛鳥はぷんすかしながら、テレビを見つめた。「ポップコーンがちょうどいいの、無くなったら買って来てよね、それともたくあんでも齧(かじ)れとでも言うの……」
「それは飛鳥さんの自由にして下さいよ」山下美月は首を鳴らした。「私は欲しくないも~ん」
「何それ……」飛鳥は軽蔑(けいべつ)の一瞥をする。
「この映画、退屈(たいくつ)ですね……」
「え!」飛鳥は軽く驚く。「この良さがわからないで今まで観てたの?」
「わかりませんよ…、字幕読んでないもん」
「ええ?」飛鳥は山下美月を凝視(ぎょうし)する。「それじゃ一時間も、あんた何観てたの?」
「つまんない、動画?」山下美月は真顔で飛鳥を見た。
「……」
飛鳥は眼をぱちくりとしながら、唇(くちびる)を噛(か)んで無くして、言葉も無くした。
作品名:ここにしかないもの 作家名:タンポポ