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ここにしかないもの

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山下美月はキャラメルポップコーンを掴(つか)もうと手を伸ばしたが、飛鳥がキャラメルポップコーンに手で蓋(ふた)をしたので、その手を引っ込めた。
「飛鳥さんのそのリングって、ジャスティンデイビスですか?」
「え……、ああ、うん。そう」
飛鳥は、指先の複数のシルバーリングを隠すように、手を重ねた。
「たっかいのつけますね~……」
「これ、全部、慎弥からのプレゼント」
「え!」山下美月は、眼を見開いて、飛鳥の隠れている指先を眼で追った。「全部って、今はめてるの全部ですか!」
「ううん、二個だけ。ジャスティンは……」飛鳥は落ち着いた視線で指先を見下ろす。
「二個でも下手すれば十万しますよねえ?」山下美月は興味津々で尋ねた。
「よくは知らないけど、うん…たぶん」
「ヤバ、なんか彼氏欲しくなってきた……」
「ねえそういうんじゃないの……」飛鳥は健気(けなげ)な笑みで苦笑した。「でも洋服とか、そういうんは選ぶのも貰うのも難しいから、リングは嬉しかったかな……」
「薬指のリングはまだ大丈夫ですか?」山下美月は悪戯に微笑む。
「ばか」
 飛鳥は首と指先で長い艶(つや)のある黒髪をはらいながら、心機一転、というふうに、まだ途中の映画の続きを見つめる。
「飛鳥さんの服の趣味までわかってたら、慎弥さんもデザイナーになれちゃいますもんね?」
 山下美月の一言に、飛鳥は、反応する事をやめた。
「私なら、飛鳥さんの服の趣味とか、なんとなくはわかっちゃいますけどね~。ほら、この前、靴(くつ)がかぶったじゃないですか」
 飛鳥は、余所余所(よそよそ)しく、山下美月の付近を横目で一瞥した。
「なんで洒落(しゃれ)てもいないあんたが私の趣味わかっちゃうのよ」
「私、雑誌の飛鳥さんデザインの春服に一目惚れして、この会社うけたんですよ? 飛鳥さんの事なら、何だって知ってます。し、わかります」
 飛鳥は、なんとなく山下美月を見つめる。
 山下美月も、笑みを浮かべて飛鳥を見つめ返した。
「ディズニシーどうでしたか? ちゃんと楽しめました? 慎弥さんに甘えられました?」
 飛鳥は眼を逸(そ)らす。「何で甘えなきゃならねんだ、ばか。ばかか、貴様」
「私だったら、絶対甘えるな~……、あんな素敵な人ですもん。甘えないと、もったいないですよ」山下美月は後ろ手をつき、天井(てんじょう)を見上げた。「しかもディズニシーだし、もう最っ高じゃないですかぁ~……。あ、キスとか、しました?」
「もう、何ばかな事言ってんの?」飛鳥は山下美月を睨(にら)む。「あんたこそどうなのよ、プライベートがよく見えないけど、好きな人とか、いないの?」
「いますよ」
「誰?」飛鳥はふいに真顔に戻る。「会社の人?」
「はい」
「え!」飛鳥は視線を泳がせて、思考する。「誰? 部署は?」
「デザイン」
「え、誰だろう……」飛鳥は考え耽る。
「飛鳥さんですよ」
 山下美月は、飛鳥を見つめてはにかんだ。
 飛鳥はきょとん、と己を指差す。
「私?」
「はい」山下美月は後ろ手をやめて、あぐらをかいた。「一目惚れだって言ったじゃないですか……」
「え、でも、私は……」飛鳥は躊躇(ためら)う。「慎弥がいるし……」
「知ぃってますうよ」山下美月は無邪気に笑った。「飛鳥さんって、天然ですか? えそっち系? でも空気とか読みますよねえ……」
「……あ!」飛鳥はキャラメルポップコーンの厚紙の器の中を覗き込む。「もう無くなるぅ! 映画まだ終わってないのにぃ……」
山下美月は、飛鳥からテレビへと顔を向け直しながら囁(ささや)く。「飛鳥さんって、子供なのか大人なのか、よくわかないですよね……。ミステリアス……」
「私は大人よ」
「自己肯定感(じここうていかん)ですか?」
「私は大人よ!」
「何そんな、私は女優よ、みたいな……」山下美月はからかうように苦笑した。「か~わいい」
「ねえ何年後輩?」飛鳥は山下美月に眉間を顰める。
「いちね~ん」
「そうだよ、一年も先輩なんだよ……」飛鳥は最後のキャラメルポップコーンを頬張(ほおば)りながら言った。「ふざけてんじゃないよ」
「飛鳥さん、今週お誕生日ですね……」
「んぅ? うん……」
「おめでとうございます。あれ? ていう事は……、慎弥さんとちょうど付き合って一年ぐらいじゃありません?」
「うん……」
「んふふ、おめでとうございま~す」
「なんじゃそら……」

       2

 JR方面東京メトロ銀座線方面の駅のホームを、飛鳥と光葉慎弥(みつばしんや)はベンチを挟(はさ)んで、両側の通路から、声だけで会話する。

「一生私といたいの?」
「一生なんていられない。ただ今があればいい、今がずっと続けば」
「それを一生って言うんじゃないの?」
「そっか。じゅあ、一生一緒だ」
「うん」

 また連続するベンチや障害物を挟んで、二人は通路に分かれ、張り上げた声だけで会話を続ける。
光葉慎弥は早歩きで飛鳥を追いかけながらも、スマートフォンで時刻を確認した。

「企画にチャレンジしろよ、飛鳥。デザイン、描いてるんだろ」
「いや、描いてないけど」
「嘘つくなよ、本当は描いてるけど、自信がないだけなんだろ?」
「そんなんじゃない」

 飛鳥が広いフロアの通路に出て、後を追うようにして、光葉慎弥も渋谷マークシティへの入り口を目指して歩いた。

「聞けよ」
「いや」
「聞けって」
「嫌だってば」
「聞けって」
「嫌よ」
「じゃあ、勝手にしゃべる……」
「………」
「誰だって夢を見る。その辺のガキだって、俺だって夢ぐらい見る。だけどな、実はそんな身近な欲求が、世界中をつくってたりする」
「………」
「飛鳥は、そんな尊いもんを、一回掴みかけたんだろ。今からだっておそくない、何かを始めるのにおそいなんて事ないんだから」
「あんたが知らないだけ、努力したって、到底越えられない壁だってあるの」
「壁なら、何処かに終わりがあるだろ。それがチャンスなんじゃないのか。俺は真剣に言ってるんだぞ……」
「私だって真剣に………」

 渋谷マークシティのイーストモール2Fフロアから、1Fのフロアまで繋がるエスカレーターに、飛鳥が脚を乗せた瞬間――。
 2Fフロアのエスカレーターを見下ろす無精髭(ぶしょうひげ)の外国人男性が、大きな声で歌を歌い始めたのであった。

 Like a small boat on the ocean
 海に浮かんだ小さなボート
 Sending big waves into motion
 大きな波が押し寄せる事がある

 歌い手がまた別の男性に変わる。エスカレーターで1Fのフロアに辿り着きながら、飛鳥は咄嗟(とっさ)に真横に振り返る……。今歌っているのは、1Fフロアに立つ、美しい美声を持ったアジア系の少年であった。

 Like how a single word
 たった一言が
 Can make a heart open
 心を開かせるように
 I might only have one match
 一本のマッチしか持っていなくたって
 But I can make an explosion
 大爆発は起こせるもの
作品名:ここにしかないもの 作家名:タンポポ