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ここにしかないもの

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 飛鳥はあぐらをかいて、脚の中にぽこん、とキャラメルポップコーンの箱を置いた。遠藤さくらは、飛鳥の事を何気なく一瞥する。
 テレビから発するフラッシュ効果を浴びて、飛鳥の美しい顔がより印象的に暗闇に浮き上がっていた。
 遠藤さくらはテレビに顔を向け直して、囁(ささや)くように言う。
「慎弥さん、最近来てないみたいですね……」
 飛鳥の表情は変わらなかった。
 それを一瞥して、遠藤さくらは言葉を続ける。
「慎弥さん、ちょっとカッコイイけど、なんか影、ありますよね……」
「何言ってんの、さくちゃん」山下美月は、遠藤さくらを困ったように見つめる。
「え、私今、なんか言いました?」遠藤さくらは、ちらっと山下美月を見つめた。「悪口じゃないですよ、全然……。ただ、私の知ってる人にずいぶん苦労した人がいて…、おんなじ眼で、おんなじ笑い方、するな~って、思って……」
「別れちゃったんですか?」
 思い切って、山下美月は言ってみた。それはこれまでに、何度も躊躇(ためら)った言葉であった。
 飛鳥の表情は変わらない。ただ黙って、テレビの表面で展開する白黒映画を見つめていた。
 山下美月は、言葉を選びながら、たどたどしく言う。
「慎弥さんと会わなくなってから、デザイン画のスケッチも、してないみたいだし……。私、はっきり言って心配です、飛鳥さんが。そんなに心の支えになってた人と、離れちゃダメだと思う」
 飛鳥は、山下美月を一瞥もせずに、誰にでもなく囁(ささや)くよう言う。
「月に一回は、今でも会ってるよ別に……。忙しいみたいね、仕事が……。去年の春も、そうだったし……」
「会いに行きましょう?」山下美月は眉間(みけん)に皺(しわ)を集めて、真剣に言った。「何だって手伝いますよ、お二人がまた」
「会えないって言ってる人に、会いに行ってどうすんの」飛鳥は寂しそうに苦笑して、山下美月を一瞥した。「そんなん、ただの迷惑でしかないでしょ……。仕事がんばってるんだし……。いい事、なんだろうし……」
「また慎弥さんに会いたいなぁ……」遠藤さくらは遠い眼で呟(つぶや)いた。「おみやげに、和菓子、くれるんですよ、いっつも……。美味しいんだな~…その和菓子が」
 ぎゅ、と、飛鳥は唇(くちびる)を噛(か)んだ――。じわっと胸が熱くなりかけて、涙が込み上がってきそうだったから。
 会いたいと素直になれれば、解決する事なのだろうか……。
 あの優しい慎弥が、会えないと豪語した時間は、とても堅固な壁に思える。
 それでも、会いたい……。
 今すぐにでも、会いに行きたかった。
 走り出したら止まらないこの両脚が、慎弥の胸まで駆け抜けて、その胸に飛び込んでいく……。そうできたならば、どれだけの安心を得られるだろうか。
「連絡は? ラインとか、ちゃんとしてるんですか?」山下美月は心配そうに飛鳥を見つめた。
 遠藤さくらも、その健気な瞳を飛鳥に向ける。
「ラインも、日に一回はちゃんと来るよ。私が既読無視してるから、気ぃ遣って一回にしてるんだと思う……。それでも、毎日一回はくるよ、慎弥から……」
「なんで既読無視するんですか?」山下美月は深刻な表情で言った。「どうして?」
「だって」飛鳥はおどけて二人を見つめる。「なんて返せばいいの? 今日はこんな事がありました、へえ~そう、良かったね、て? そっちの方がずっと不自然じゃない? 会えないでいるのって、普通の事なのかな? 平気な演技するのって、なんか違くない?」
 山下美月は、眼を逸らした。遠藤さくらも、テレビの方に顔を向ける。
 飛鳥は、二人の方に顔を向けたままで、視線を俯(うつむ)けた。
「なんで、あっちは平気でいるの、て……、思っちゃうよ……」
「平気じゃないですよ」山下美月は、飛鳥を一瞥した。「慎弥さんだって……」
「私なら、会いに行きますけどねぇ~……」遠藤さくらは、激しくフラッシュするテレビを見つめながら呟(つぶや)いた。「和菓子、食べたいし……」
 飛鳥は、視線を俯(うつむ)けたままで、じんわりと、薄い笑みを浮かべた。
「どんだけ和菓子言うのよ、お主は……」
「私の知ってる飛鳥さんは、もうすでに、慎弥さんと付き合ってる飛鳥さんで……」遠藤さくらはゆっくりと瞬(まばた)きしながら、テレビを見つめて囁(ささや)く。「飛鳥さんは最初っから綺麗で、素敵な人だったわけで……。それって、慎弥さんと一緒にいる飛鳥さんなわけで……。んん、なんか、よくわかんないけど……。いいです、よくわかんなくなっちゃったんで」
 山下美月は、優しい眼つきで、遠藤さくらを見つめて微笑んだ。飛鳥は、毅然(きぜん)とした表情に変えて、テレビの白黒映画を見つめる。
 遠藤さくらは囁(ささや)く。
「飛鳥さんと最初会った時、綺麗すぎてびっくりしました……。まさか、自分の憧れた洋服を作る人が、姿まで素敵だなんて思ってもなくて……」
「あー私も私も」山下美月は飛鳥の方を一瞥してにこっと笑った。
 飛鳥は、鼻から息を漏らして、テレビに真剣な顔を向ける。
「あのデザインは、まぐれなんだよ……」
「まぐれじゃないですって!」と山下美月。
「まぐれでも凄いです、凄すぎました」と遠藤さくら。
 飛鳥は、眼から力を無くて、見ていないテレビを見つめる。
「ファッションなんか、誰かが作り続けていくでしょ……。別に、それが私じゃなくてもいいよ…、私は別にこだわってない……」
 山下美月は、テレビに顔を向け直して囁(ささや)く。「私はこだわります……。飛鳥さんの作るデザインが好きだから、この業界に入ったわけだし……。実際、あれ以来、飛鳥さんの作った洋服以来、うちの会社でびびっとくる服はありませんし」
 遠藤さくらも、テレビを見つめたままで囁(ささや)く。「飛鳥さんに憧れて、飛鳥さんに会えたのまでは幸せでした……。でもこっから先が、大変なんです。慣れないお仕事もきついし……。私、飛鳥さんにまたデザインして欲しい……。飛鳥さんのお洋服、作りたいです……」
 飛鳥は、遠い眼で黙ったままでいた。
 夏季も冬季も、描いたデザイン画は採用されなかった。でも、それは本当に死力を振り絞った結果だと言ってしまっていいのだろうか。
 自分は、できる仕事をやったのだと、やりきっているのだと、心の何処かでそう決めつけているだけではないか?
 己の実力の無さを実感する事が本当に怖い。結果が出ない事は悔しいが、結果を出せないのだと、その例えの形を変えるだけでも恐ろしく感じる。
今でもあの春の企画で、雑誌の1ページを飾ったあの時の栄光を噛みしめている。忘れはしない。忘れる事なんて、到底できない。それは真の興奮と、優越と、祝福だった。
 できる事なら、この世界に溢れるファッションという生の装飾品を、自分の彩に染めていきたい。
 作っていきたい。私に似合う素敵な洋服を。何処かの誰かが喜んで手に取る、そんな宝物のような洋服を。
 もしも、あの時、あの夏に慎弥と出逢っていなければ、この険しい路のりをとうにあきらめていただろう。東京で暮らすという夢を背負って片田舎で過ごしてきたあいつは、夢の価値を知っていた。本当に東京へと出て来て、夢を叶えた慎弥は、その苦労の価値を知っていた。
作品名:ここにしかないもの 作家名:タンポポ