誰にだってあるもの
搭乗時刻が迫り、見送りの二人に背中を向けて歩いて行く飛鳥の隣に、東桜兼五郎の弱視は輝くような何かを見る……。
それは白い輝きの中、更に白く輝く、背の高い男の幻であった。
「今もなお、齋藤さんを守り続けている、魔法使いか………」
――なんですぐそばくんの? 自由に見ればいいじゃん。腹減らした子犬か、あんたは。
――プルート、だよな…、犬って確か。でも飛鳥がドナルドなら、俺はデイジーじゃないと。
――だったら逆じゃない? 私が、デイジーでしょう、だったら。
――そう、だ、ね!
――うわあ!
――んもう、ほんっとに、ガキ! ムカつく!
――ご機嫌ななめですね、飛鳥ちゃん。
――もうやんないでよ、やめてよね、びっくりするから。
――それってフリ?
――はあ?
――フリだよな?
――やめてやめて!
――ほい!
――わあ!
――初めて、なの……。キス、したの……。
――俺も、初めてだった……。
――うそ。
――ほんと……。
「
――うそくせえ。
――最初のキスだよ、マジで。これは二回目……。
――付き合って、一年記念。
――ばか、これ高いやつじゃん……。
――へへ。
――ばか……。んもう、ありがとう……。
――泣くなよ。
――ばかだな……、無理ばっかして……。
――来月の誕生日は、ピザでもプレゼントするよ。
――うん……、ピザでいい……。ピザがいい……。
――そう言ってくれる奴だから、あげたくなるんだよ。俺、がんばるからさ。今は工場の方も、景気良くなってきたし……。
――なんにもいらないから……ぃて。
――ん?
――……そばにいて。
――……わかった。それは約束しよう、飛鳥ちゃん。っはは。……。なあ、もう泣くなってば……。
――絶対大切にする……、一生使う……。
――世界一、幸せにするから……。待ってろ未来!
飛鳥は旅客機の中、分厚く丸くなった小さな窓の外をしばらく眺めてから、眠りにつくようにして、じっくりと、その眼を閉じた。
8
キャップを深くかぶり直してから、息を切らせたまま、秋月奏は坂根双葉の入院する病室へとノックをしないで入った。
「な~によ……。秋月君か……」
坂根双葉は、見られたくなさそうに、恥ずかしそうにニット帽を深くかぶって、苦笑した。
「何しに来たの? 飛鳥ちゃんには、ちゃんと気持ち、伝えられたの?」
「ああ……」
個室病室の出入り口に立ち尽くしている秋月奏を、座視で見据えて、坂根双葉は小さく溜息をついた。
「それで?」
「なんか、わっかんねえけど……、飛鳥ちゃんに説教されて、なんか、わかった……」
「何を?」
「俺が来るべき、場所は、こっちだったって……」
「え?」
秋月奏は、豪快にさっとキャップ帽を頭から外した。
坂根双葉は眼を真ん丸にして、すぐに険しい表情で口元を両手で抑え込んで泣き始めた。
秋月奏の頭は、丸坊主になっていた。
「俺はこんな事でしか、お前のこと応援してやれねえから、せめて、と思ってよ……」
坂根双葉の瞼から、涙がこぼれる。
「うそ……」
「へへ、あんがい、似合うだろ?」
坂根双葉は泣きながら、首を振った。
「馬鹿やろ、嘘でも似合うっていうんだよ、こういう時は……。二人で、がんばろうぜ?」
秋月奏は、照れ臭そうに指先で頬を掻いた。
坂根双葉はベッドから腰を起こした状態で、泣きべそのまま、両腕を広げた。
「へへ」
秋月奏は、坂根双葉を抱きしめた。
「今まで応援してくれて、ありがとな。ずっと見ててくれたんだな」
「ううぅう………」
「今度は、俺がお前を守る番だぜ」
坂根双葉は言葉にならない声を出して泣いた。
「そういえば、飛鳥ちゃんから秘密、聞いちゃった」
「秘密?」
秋月奏は、リンゴの皮をむきながら、ベッドの坂根双葉を一瞥した。
「私の本当の名前は、光葉(みつば)、飛鳥なの……、だってさ」
「みつば……」
「何の事だろうねえ、不思議な雰囲気の人だったな~」
秋月奏は単発的に笑った。
「行っちまったな、飛鳥ちゃん……。けーっきょく、全部見えてたんは、飛鳥ちゃんだけか」
坂根双葉はくすくすと微笑む。
「飛鳥ちゃんが全部、してくれたね……。魔法使いみたい、えへ。飛鳥ちゃんって」
「奴なら、きっと使うぜ」秋月奏は、それから顔をしかめて、坂根双葉を見る。「しかし、あいつが好きになった奴ってえのは、どんな奴なんだろうな……」
坂根双葉はりんごを受け取りながら、微笑む。
「きっと、すごくすごく、素敵な人……」
「ああ、だろうな」
秋月は笑って、スマートフォンに送られてきた空港での最後の齋藤飛鳥たちの写真を、坂根双葉に見せた。
坂根双葉は眼を見開く。
「あれ、ねえ飛鳥ちゃん、薬指にウェディングリングしてる……」
「え?」
秋月奏はスマートフォンの写真を覗き込む。それからの流れで、坂根双葉を見つめた。
病室には、坂根双葉のスマートフォンからルーカス・グラハムのセブン・イヤーズがリピートで流れていた。
「確か、あたしは本当は……、みつば飛鳥だ、とか……言ってたんだよな?」
「うん」坂根双葉は旨そうにりんごを齧(かじ)った。「なんか、嬉しそうだったかな」
秋月奏は、わざとらしく鼻を鳴らした。
「なーんだ、魔法使いってーから、どんなキラキラネームかと思えば、普通。そこは俺の勝ちだな」
「秋ヅキの勝ち?」
「にらねえの、そこは!」秋月奏は鼻を鳴らして笑う。「何回言ったら治るんだお前は!」
坂根双葉は無邪気に笑った。
「あははは……、あー………、ねえ。いつ頃、秋月君の名前間違えなくなるか、ずっと一緒に観ててね!」
「はーいよ」秋月奏は、眩しそうに窓の外を青空を見上げた。「飛んでる頃だな……、飛行機」
坂根双葉は外の景色を見上げた。
「飛鳥ちゃん、必ず治してから、また会いに行く。それまで、バイバイ! ありがとう!」
好きなことや、好きなものや、夢なんか、大事なもんって、誰にでもあるでしょう?
この国には、それを確かめに来たの。
一人じゃなくて、本当に良かった……。ありがとう――。
齋藤飛鳥・乃木坂46卒業SP企画
二部構成作品・第一部『誰にだってあるもの』
第一部~完~
あとがき
作タンポポ
齋藤飛鳥さんへと捧ぐ物語でした――。時系列としては『ここにはないもの』の続編であり、正当なる齋藤飛鳥さんのその後の物語です。
最終章である『ここにはないもの』第四部、『誰にだってあるもの』第二部でもある『確かめたいもの』へと物語は続きます。
心を込めて一筆させていただきました。タンポポ自身、とてもとても気に入っております。クリエーターの皆様、どうか、主題歌を聴かせて下さい。ギャランティは一切発生致しませんけれど。ぺこり。
クリエイターの皆様の素晴らしき音楽を聴き、泣き、感動し、絶句し、また感動し、熱く興奮し、また感動して、今回の物語もようやく完成という形を迎えられました。本当に感謝しております、素晴らしき楽曲たちに敬意を込めて、大きな花束と口づけを――。口づけは余計か……。