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齋 藤 飛 鳥

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 風秋夕は左手で頬杖(ほおづえ)をついた。
「現実逃避は、俺だけか………。てか何今の、乃木坂の引用、座布団一枚でも狙ってんのか?」
「小生はっ、あきらめが悪いでござるっ、うぅぅ、っく、ゆえに、……まだ、飛鳥ちゃん殿が気を変えないかと……うう、うぅ……」
 風秋夕は頬杖(ほおづえ)を付いたままで、眼を座視にして呟く。
「悲しみよ語りかけるな…てさ、彼女はそう歌ってんじゃんか……。心が折れそうになる、てさ……。俺らが縛り付けてどうするよ……。て言っても、うまく受け止めらんねえから、俺はここに気分転換に来たんだが……。お前らが、意外と今日まで弱音見せないから、俺も強がって何も言えないまま、この旅を終えそうだぜ……」
 ミートソース・スパゲッティが登場してきた頃には、テーブルの中央には三本の太く長いお洒落なキャンドルが飾られていた。
「いただきます! さあみんな、食べて食べてえ、おかわりはあるんだから!」
 夏男は張り切って食べていた。
「いただきます、でござる……」
「いっただっきあ~す……」
「いただきますね、美味しそう……」
「いただきます」
「どうしたらいい?」
 風秋夕の一言に、皆は一目散にそちら側を見つめていた。
 風秋夕は、泣き出しそうな、そんな笑顔であった。
 夏男はスパゲッティを頬張りながら風秋夕を見つめる……。
「みんな、飛鳥ちゃんの事を大好きなの、知ってるよ。だから…、みんなの言うとおりにする。どうしたらいい? ここままじゃ、潰れそうなんだ」
 姫野あたるは「むんぐ、うんぐ」と声を出しながら、涙をいっぱいに溜めてスパゲッティを食べ始めた。
「乃木坂の、一っ番大事な時だ、わかってる……。でもそれ以上に、いなくなるって感情の方が強く機能して、どうにもならねんだ……。どうしたら、いいかな」
 稲見瓶が語り始める。
「俺の父さんは、知っての通り、夕や波平のお父さんと一緒にモーヲタをやっていたらしい。それも異常なほどに、熱狂的に、ファンをやっていたと聞いた。そんな中、俺の父さんは、仕事で長期出張が決まった時に、悩む事もしないで、長期出張に順次できたらしい……。それはどうしてかと聞いたんだ、そしたら、返ってきた答えはこうだった。今も、いつもどの時も、自分よりモーヲタな人達がモーニング娘。を応援してる。出張期間ぐらい、俺が我慢すればどうにでもなる小事だ、てね」
「今回は卒業だぜえ? へっ、お前のとーちゃんも、いなくなられっちまうんだったら、答えも違ってたかもなあ?」
 駅前木葉言う。
「今、一番大事な事は、前に進み続ける事です」
 夏男は黙ってスパゲッティを食べている。もう一皿食べ終わりそうであった。
「じゃあぁ、見ててよ」
 姫野あたるであった。彼は力いっぱいに眼を瞑って、そう囁いていた。
「最後まで、ちゃんと見てて……。花束を用意して、おめでとうと言わせてよ……。夕殿が、そうでないなら、…いったい誰が、乃木坂を鼓舞(こぶ)するでござるか……。小生はもらうだけの人生は嫌でござる……」
 磯野波平はスパゲッティを食べ始める。
 稲見瓶は食べ終えたスプーンとフォークを皿の上に置いて、ティッシュで口をふいた。オレンジ色に染まったティッシュの部分が、血を拭き取った時の形に似ていた。
 駅前木葉は、泣き始めていた。
 風秋夕は、煙草を指先に抜き取って、ジッポライターで火をつけた。
「明日んなったら、みんな、帰ろう。――乃木坂が待ってる。クリスマスの段取りもそろそろ始めないとな。……フウウ~~、……俺達は、どうして生まれたんだろう…てさ、考える時がある。たぶん、マジで乃木坂に出逢う為に、生をもらったんだろうぜ、俺達ってさ」
「いいんじゃねえ?」
 磯野波平は笑みを浮かべた。
「最っ高の理由なんじゃねえの~?」
「最高だよな。乃木坂は、色んなもんをくれる……。飛鳥ちゃんから受け取ったものは、どれも手放せない大切な、…心臓の隣に置くものばっかりだろ? なあみんな、どんな見送り方、してやればいいかな?」
 風秋夕の頬に、笑みを浮かべるのと同時に、一筋の水滴が落ちた。
「それでいいんだよ」
 夏男が言った。
 夏男は風秋夕の事を見つめる。
「本当にショックを受けるとね、人は心にぽっかりと穴が開くんだよ……。経験しても経験しても、治る事のないその不思議な現象の謎はね、また、恋をしてるからなんだ……。好きになったのは十何年前だとしても、君達はね、また、恋をしてるんだよ」
 風秋夕の表情が険しくなり、彼は眼を逸らして、涙を堪える。
「大好きな人が、今ね、君達の大切な時間から、出て行こうとしているんだよ」
 磯野波平は、テーブルに顔を伏せて、腕で顔を隠した。
 姫野あたるは強く瞼(まぶた)を閉じ、涙を我慢しながら、唇(くちびる)を噛(か)みしめる。しかし、姫野あたるの瞼からは、大粒の涙がこぼれていく……。
「世界で一番好きな人………。その人が、君達の守り抜いてきた特別な時間から……、いなくなるんだよ」
 駅前木葉は眼を閉じる。涙が伝い落ちた……。
「全てを失っても好きと心で叫んだその人が……、その大切に君達が守ってきた時間から、卒業する日が近づいてるんだよ……。泣いたっていいんだ、人はそんなに強くない。誰かを愛さなきゃ、生きていく事さえも難しい時だってある……。ましてや、運命を感じた相手なら尚更(なおさら)……、これまで君達の全てを満たしてくれてきたその人を、今、今こそ好きと魂で実感できなくて、どこで確認するの? 我慢できる好きじゃないだろ、夕君……、イナッチ……」
 風秋夕はひたいに手を当てたまま、険しい表情で涙を落とした。
 稲見瓶は、ゆっくりと眼を閉じる。涙は止まらなかった。
「馬鹿みたい好きだと騒いできたんだろう? 子供のみたいにはしゃいで、笑ってきたんだろう? 心を削って、声を殺して泣いてきたんだろう? 全部全部、それは好きだって証明じゃないか……。駅前さん」
 駅前木葉は嗚咽を我慢しながら、大きく、深く、頷いた。
「沢山の恋をしたからと言って、一つ一つの恋が軽薄なわけなんかじゃなくって……、それは、胸をはれるちゃんとした恋なわけで……、愛する事を教えてくれた、この世で誰よりも、誰よりも大切な人なわけで……。波平君」
 磯野波平はテーブルで、腕で顔を覆(おお)うように隠して、沈黙していた。
「ぽっかりと開いた心の穴に、手を添(そ)えてみて……。どうして、どうしてこんなに、胸が痛いのかって。どうしてこんなに、好きなのかって……。どうしてあんなに眠いのに、ユーチューブを観たの? どうしてあんなに忙しかったのに、放送を見たの? それは些細(ささい)な時間でもそうしていたいから……、ちょっとでもその人に会いたかったからだろう? その確かな感触を、今こそ思い出してみて……、ダーリン」
 姫野あたるは、うつむき、強く眼を閉じたままで鼻水をぬぐう……。
「心に穴が開くのは、たぶん、そのまま受け止めてしまえば心が壊れてしまうから……。だけど、そんな自然現象に身を任せて、絶対に後悔なんかしちゃいけないよ。その人の事、大好きだと叫んでるもう人の自分をよく見つめてあげて……、誰よりきっと、泣いているから……」
作品名:齋 藤 飛 鳥 作家名:タンポポ