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齋 藤 飛 鳥

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 風秋夕の、稲見瓶の、磯野波平の、姫野あたるの、駅前木葉の、記憶の中で――、その人はただ一つのシルエットのように、強く大きく笑っている。

 齋藤飛鳥が、記憶の宇宙の中で、愛しく笑っている。
そして、切なく、泣いている。

「愛はね、愛されるよりも、愛する力の方が強いんだ……。それが、ファンの力だよ。アイドルを誰よりも、世界一魅力的に輝かせる感情……。それが、ファンの推しへの好きだ……。そんな気持ちが一つに集まった時、その人は、笑顔で卒業できるんじゃないかな……。絶対に忘れちゃいけないのは、自分も、その人を誰より輝かせているその感情の、一つだという事だよ……」
 風秋夕は、鼻をすすって、夏男に笑みを浮かべた。
「ナイスアドバイス……、夏男さん。メッキが剥がれたよ……、後は本物の、俺自身が、俺達自身がどうしたいのか、それだけです」
 夏男は、微笑む。
「好きは、当たり前なんかじゃないよ。ずっとその人のそばにいたいと思い、願い、恋焦がれる事は、当たり前なんかじゃない……。もっとずっと単純で、深くって、説明なんて到底できないものさ……。ただ、愛は時を経(へ)だてれば、情に変わる……。それも素晴らしい感情で、絆(きずな)なんだけどね。俺に見せてよ、決して消えない、愛ってやつをさ……」
 稲見瓶は、手の腹で、涙をふいていく。
 姫野あたるは、まだ強く閉じた眼を開けずにいた。
 駅前木葉は、ハンカチで眼を覆いながら泣いている。
 磯野波平は、テーブルに顔を伏したままで、鼻水をすすり上げながら、ガラガラの声で言う。
「忘れねえぞ馬鹿野郎………、まるで、俺みてえなゲス野郎が……、飛鳥っちゃんを好きな時間、いい奴にさえ、思えた……。愛とかよくわっかんねえよ、けどよ……、ぜんっぶ、忘れちゃなんねえ時間だっつうの……。忘れっかよ」
 夏男はそれから、姫野あたるを見つめる。
「僕だっで忘れない……っぐ、んぐ……、睨めっごじましょ、笑うと勝ちよ、あっしゅしゅだよ……。こんなに好きなんだ…ん…、はぁ、……こんなに大好きな時間を教えてもらったんだから、笑わなきゃねえ、みんな……。そうでしょう…うう……」
 風秋夕は歯を食いしばって、姫野あたるを一瞥した。
 その涙がまた、唇(くちびる)へと伝っていく。
「笑ってから言え……、馬鹿者、だな、お前ら……」
 夏男は、深く深く、そんな時間を思い出す。
「今、君達がふれている時間こそ……、確かなものだ。それはどこにでもありふれているわけじゃなくて……。受け取る心が必要だよ……。よく、見つけたね。それを、君達はまぎれもなく、抱きしめている……。最後まで、大事にするんだよ……、無くさないでね、その心を、気持ちを」
 風秋夕は、子供のように顔をしかめて、声を殺して俯(うつむ)いた。
 稲見瓶は、声を殺したまま、メガネの奥の眼を指先を折ってぬぐう。
 磯野波平は、テーブルに顔を伏せたままで、腕で顔を隠している。
 姫野あたるは、強く瞑(つぶ)っていた眼を開けて、優しく、微笑んでみる。
 駅前木葉は、声を殺したままで、ハンカチの中に嗚咽(おえつ)を上げる。

 サヨナラ言わなきゃ
 ずっとこのままだ
 微笑むその瞳の奥に
 君は瞬きさえ我慢しながら
 涙を隠してる

 寂しさよ 語りかけるな
 心が折れそうになる
 人間は誰も皆
 孤独に弱い生き物だ
 それでも一人で行くよ
 まだ見ぬ世界の先へ
 夢とか未来を僕にくれないか?
 ここにはないものを

       7

 二千十八年七月二十五日。PM15時。W大学の課題を後回しにしながら、月野夕と稲見瓶は、最近止まり込んでいる(株)コンビニエンス・オーバー・トラディッションの会社兼たまり場であるマンションの、十二畳の〈ビジネス室〉にて、この日もひたすら企業作業に明け暮れていた。
 BGMには乃木坂46の『ジコチューで行こう!』が流されていた。
 室内は冷蔵できんきんに冷やされている。
 月野夕はアイス・コーヒーを一口飲み込むと、デスクで仕事をしている稲見瓶を一瞥した。
「イナッチ、うちは限界利益率、何%を維持してる?」
「変動はあるけど、30から35%ぐらいだね……。どうした?」
 稲見瓶はデスクから、窓際のデスクに座る月野夕に振り返った。
「もうここずっと、損益分岐点を見てて思ったんだけどな……。先は、完全に見えた」
 月野夕は、頬杖(ほおづえ)をつきながらストローでペットボトルのアイス・コーヒーを飲んでいた。その眼はデスクのノートパソコンを見つめている。
「ロスを抱えない為の在庫管理まで買って出た……、配送料の単価削減、定額化への交渉もうちが買った……、徹底したペーパーレス、人員の最小限の適正配置、やれる事はやったぜ、イナッチ」
 稲見瓶は、メガネをぐいっと上げて、位置を直した。月野夕を真っ直ぐに見つめる。
「どうしたの?」
「父親に会った……。風秋、遊(ふあきゆう)……。あのファースト・コンタクトのCEOだよ」
「それは、本当に? ……ファースト・コンタクトと言えば、稲見恵(いなみけい)と共同経営者なのは、確かに風秋遊CEOだけど……。夕の、お父さん? とは、……本当に?」
「お前の親父の相棒、どうやら俺の親父だったみたいよ……」
 月野夕は、稲見瓶を一瞥して、苦笑を浮かべた。
「実はイナッチの親父さんもいて、三人だったんだ。二人とじかに会って、2つ、話をした……。1つは家族の話、風秋遊CEOが、うちの母親と籍を入れるって話だ……、後、俺は風秋遊CEOの息子なんだとさ、それはどうでもいい。もう1つの話が、この会社を手放して、ファースト・コンタクトに来ないか、ていう誘いだった……。この会社の未来を信じたいんなら、続けるといい、でも、限界を感じたなら……、本気出せる会社へ来ないか、だってよ。誘ってきたのはイナッチ、お前の親父だ」
 稲見瓶は、アイス・コーヒーのペットボトルを開けた。
「今の給料に、異論は無いけど……」
「年収はな。でもそのうちバケモンみてえな会社が出てくるぞ……。VRって言ったって、うちのは画面に映るだけの世界……。きっと現物おがんでるのとそう変わらないリアリティを実現化した会社が出てくる……。うちをそうするには、限界利益がまだまだ足りない……。それこそ、科学者を雇(やと)わなきゃ不可能かもしれないよな、そんなの……」
「雇(やと)えばいい。俺の給料はしばらくいらない、才能のある科学者を見つけよう」
「もういいんだ、イナッチ。ファースト・コンタクトは世界一の半導体を造る……。世界一のコンピューターに、世界一の電化製品、製品デザイン、部品、どれをとっても世界一だ……。俺はどっかで、お前が自分の親父の会社に行きたいんじゃないかって、内心ビビってたのかもな」
 稲見瓶は、ペットボトルをデスクに叩きつけた。水飛沫(みずしぶき)が上がった……。
「夕…俺は、何も言ってない……」
「せっかく大学に進学したんだ、ここでちょっくら遊ぼうぜ……。学んで、強くなって……、そんでさ、また好きな事やりゃいいじゃん。今ファーコンにこの会社の微々たる技術を提供すれば、一生」
作品名:齋 藤 飛 鳥 作家名:タンポポ