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齋 藤 飛 鳥

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 そこからすぐの処(ところ)にも人だかりができていて、『日本人の未来と原点が存在する飛鳥』と表記されている石碑があった。飛鳥駅付近から少しだけ歩くと、やはり、人だかりができており、そこには農産物の直売所があり、そこに『あすか夢販売所』という可愛らしい飛鳥時代のキャラクターが描かれた看板があった。
 風秋夕は笑みを絶やす事なく、それらをじっくりと見物して歩く。近くには明日香の新産物『あすかルビーソフト』というコピーのソフトクリームを販売している店も発見した。そこには一際大きな行列ができていた。列に準じて順番を待つ間、スマートフォンを弄らずに、辺りを見回してみた。北海道ミルク・ミックス・あすかルビーと詳細には書いてあった。四百円で食べられるらしい。
 風秋夕は紫色にきらきらと粒が光沢を放つあすかルビーを購入して、くるりと反転し、風景を楽しむ。
「ん?」
 おそらくは乃木坂46の齋藤飛鳥のファンであろう群衆の中、風秋夕は、妙な違和感に、もう一度、店の野外テーブルを見つめてみた。
 そこには、数少ない野外テーブル席が設けられている。その席に、風景の写メを撮りながら器用にあすかルビーのコーンの部分を舐(な)めている、宮間兎亜の姿があった。黒のタートルネックのセーターにオーバーオール、緑色のジャンパーを着ている。首には双眼鏡を下げ、迷彩柄のキャップを浅くかぶっていた。
「あんた……、何してんの、こんなとこで……」
 風秋夕は座視で囁いた。
 宮間兎亜は、その声にさりげなく振り向く。
「……。あああ!!」
「あああじゃねえよ、宮間ちゃん何してんのこんな遠い場所で……」
「うっそでしょう、何で夕君がいんの~うっ‼‼」
 宮間兎亜は特徴的な半眼を全開に見開いて、スーツにロングコート姿の風秋夕に驚愕していた。
「こっちのセリフだ……。外で会うなんて……、しかも、奈良で」
「神様のイタズラよね! あたいは昨日の乃木中観て、聖地巡礼(せいちじゅんれい)よう! そんなオタで埋まってるじゃないここぉ~……。ま、あんたもそうなんだろうけど」
「まあな」
 風秋夕は宮間兎亜の隣に着席しながら、短く笑った。
「あんた、大手の跡継ぎでしょう? こんなところで油売ってていいわけ?」
「なんとなくだよ」
「イナッチは?」
「俺が来てるの知らずにいるよ。知ったら悔しがるだろうな……、あいつも来たいのはおんなじなんだろうから」
「胸板君も? 駅前さんも」
「ああ、言ってない。ダーリンにもな」
「あらそう……。あたいも、ダーリンには体調悪くて休むとしか言ってないわ」
「宮間ちゃんも堪えられなかったか? はは」
「聖地巡礼はオタの行事よ、お金と時間取れるんなら、当たり前の行動よ」
 風秋夕はヨットマスターを確認した。
「メシ、食うところあるかな……」
 宮間兎亜は店内をあごで指した。
「ここも食べれるわよ。順番さえ、待てばだけど」
「待つのは得意で、嫌いじゃないけど、気持ちがはやるな……。行こっか?」
「いいわよ。撮影開始ね」
 あすかルビーを食べ終わった後は、散歩を開始した。二人は道すがら発見した『あすか夢販売所』という大根を抱えた少女の顔出しパネルにて、宮間兎亜が顔をはめて記念写真を撮り、緑黄の森林で埋まる民家を遠目に散歩しながら発見した『秋 期 待 特 別 展 示 飛鳥美人 高松塚古墳の魅力』という立て看板では、二人で記念撮影をした。
 二人は齋藤飛鳥について談笑しながら〈飛鳥駅〉の前まで引き返した。
「銀行ないかしら、あたいまだ帰りの運賃おろしてないのよ、手持ちはすっからかんだわん」
「帰り賃は心配すんなって、俺あるから。それより、今すぐ帰れば今日の夜には東京にいれるよな」
 風秋夕は少し考えてから、スマートフォンで『駅すぱあと』を駆使して帰路を検索する。
 宮間兎亜は辺りを見回し、鼻からゆっくりと息を吸い込んで、笑顔で口からゆっくり息を吐いた。
「ねえ、」
 風秋夕は宮間兎亜を見つめる。
「あんないい奴、いないわよね?」
 宮間兎亜の迷いのない笑顔に、風秋夕は瞬間的に誰の事をさして囁かれたものなのかがわかった。
 風秋夕は、視線を俯(うつむ)けて口元を閉じたまま、数秒間、しゃべれなくなる。
「あんなっ、ぃいい奴、いないわよねっ……」
 宮間兎亜は泣き崩れた。そのまま小さな顔を両手で隠して、声を殺して泣き始める。
 風秋夕は遠くの空を見上げた――。それは走馬灯のように、はっきりとした映像で、それは数秒前の記憶のように、くっきりとした音声で、風秋夕の心を支配していく。
 瞼(まぶた)に浮かんだ記憶を孕(はら)む涙の煌めきが、光芒(こうぼう)のように光の尾を帯びて落ちていった。
 それは決して言葉ではなく、彼女の11年をまるごと見つめてきた答えであり、簡単に言葉に変換する事はできなかった。
「うん……。あんないい奴…、いないな」
「うああぁぁん」
 風秋夕は宮間兎亜のキャップをつまみ、きゅ、と深くかぶせた。鼻をすすって、その表情に笑みを戻す。
「リリィに行こう……。あそこは、奇跡が起こる」
「うん…っ…、ん、…飛鳥ぢゃん、来るかも…よね…っ…っ」
「泣きたい時は…、泣けばいいんだってよ。俺もこないだ勉強したんだ……。こんなとこに男と女で、女だけが泣いてるのもなんだし…、胸、貸そうか?」
 宮間兎亜は風秋夕の胸に飛び込むようにして抱きついた。そのまま、声を殺して、風秋夕の胸に顔を埋(うず)めて泣き続ける。
 風秋夕は落ち着いた視線を下げて、ポケットからスマートフォンを取り出した。この〈飛鳥駅〉の景色も、おそらくは大事な記憶になるに違いないから。
 帰りの汽車の中では、終始、宮間兎亜が話しっぱなしであった。話題は齋藤飛鳥についてである。
 東京駅の構内で二人は別れた。風秋夕は会社へ、宮間兎亜はその脚で〈リリィ・アース〉へと向かった。時刻はPM19を過ぎていた。
 東京都港区にある高級住宅街に秘密裏に存在する巨大地下建造物〈リリィ・アース〉。その地下六階の〈無人・レストラン〉三号店にて、乃木坂46の一期生である齋藤飛鳥と三期生である岩本蓮加と、梅澤美波と、久保史緒里と、山下美月と、与田祐希と、四期生である遠藤さくらと、金川紗耶は、晩(おそ)めの夕食を取り終え、現在は夕食後のコーヒーを堪能していた。
 焙煎(ばいせん)し立てのコーヒーは、湯気を宿したまま、たった今、七名が座る大きな掘り炬燵(ごたつ)テーブルに付随された〈レストラン・エレベーター〉に届いたばかりであった。
 梅澤美波がささっと手慣れた動作で皆にコーヒーを分配していた。
「飛鳥さん、ホット、ですか?」
 金川紗耶が可愛らしい?マークで言った。
「え、ああ、うん……。ホット」
 齋藤飛鳥はきょとん、とした対応をした。
「皆さんなんか、今日、ホット率多いですね……」
 金川紗耶はにんまりと美しく微笑んで言った。
「私はアイス」
 梅澤美波はストローの付いたカップを見せた。
「アールグレイ。美味しいよ」
 与田祐希が言う。
「梅さあ、なんか、いっつもそれだよね……。甘い? の?」
「ううん、微糖の時と、ブラックがある。今日はブラック」
 梅澤美波は満足げに答えた。
作品名:齋 藤 飛 鳥 作家名:タンポポ