齋 藤 飛 鳥
地下二階のクリスマス・マーケットで、齋藤飛鳥は賑やかな店員の店からホットワインをもらった。
「飛鳥、それって美味しいの? みな怖くて頼めない……。だって、ホット、でしょ?」
齋藤飛鳥はグラスを見下ろして、にやけて、小首を傾げる。一口だけ、吞んでみた。
「あ、ああ、はいはい、うま……」
「えーみなみも呑もうっかな~……」
斉藤優里は、だらけた態度で齋藤飛鳥の肩にうなだれた。
「えー飛鳥ぁ~……、何してんの、早く呑んで。もと、もっと呑んで」
齋藤飛鳥は、斉藤優里に顔をしかめる。
「あんた、もう酔っぱらってんの? んふ」
「えーんだって、クリスマスだもーん。酔ぉうでしょぉう……、大人だもん!」
斉藤優里はそう言ってしゃっくりをした。そのままふらふらと、何処かの海外の広場を模されたクリスマス一色の街並みを歩いて行く。
伊藤寧々(いとうねね)は齋藤飛鳥の前に、さっと笑顔を出した。
「飛鳥……」
「おお、伊藤先生じゃん」
「あ~ねねころ~~」
宮澤成良(みやざわせいら)と岩瀬佑美子(いわせゆみこ)も、さっと齋藤飛鳥の前に顔を出した。
「飛鳥~、卒業おめでと~」
「おめでと」
「ゆみねえ、せいら~、ありがと~」
齋藤飛鳥は、大きめのワイングラスに口を付けたまま、なんとなく余所の風景も見つめてみた。今宵の来客には懐かしい顔が溢れている。
生駒里奈と市來玲奈(いちきれな)が肩を組みながら、齋藤飛鳥の前でその脚を止めた。
「飛鳥ちゃん、呑んでるの?」
生駒里奈は、へんてこな発音でそう言った。
「呑んで、ない、かな…」
齋藤飛鳥は、そう言ってから、苦笑した。
「飛鳥と歌番組で会うのって、もうこれで無いって事? だよねえ?」
そう言った市來玲奈は、赤らんだ頬をそのままに、潤(うる)んだ瞳で齋藤飛鳥をじっと見つめた。
「うん、……あれ、そちら、4チャン、ですっけ?」
「チャンネルで言わないの。日本テレビ、ですから」
市來玲奈と齋藤飛鳥は笑った。
生駒里奈は周囲をきょろきょろとしながら、齋藤飛鳥に言う。
「飛鳥ちゃん、ちょと、生駒ちゃんにもワインちょだい……。これでも、も大人だから、ワインとか吞んじゃおかなー…、てね」
「頼みなさいよ、ここだから」
齋藤飛鳥は生駒里奈を短く睨んで、苦笑しながら指先で店を紹介した。
高山一実と斉藤優里の声が耳を打った。
「どこ? どこ?」
「ここここ……、あ~すか!」
齋藤飛鳥が振り返ると、そこには笑顔の高山一実と、能條愛未(のうじょうあみ)と、斎藤ちはると、川後陽菜と、川村真洋(かわむらまひろ)と、斉藤優里がいた。
「あ~飛鳥だあ~いたいたぁ~!」
高山一実はにこにこと大喜びする。
齋藤飛鳥はそのメンツを眼で数える。
「おお、おお、皆さんお揃いで………」
美しい表情で、能條愛未が言う。
「飛鳥、卒業するんでしょう? じゃあ呑も! ね? 呑も!」
「ひっひ意味がわかんない……」
齋藤飛鳥はくしゅっと笑った。
川村真洋は店のメニューを見上げて言う。
「え、ホットワインあるやん。イケてるねー、このお店」
斎藤ちはるは閃(ひらめ)いた顔で提案する。
「あ、じゃあ、とりあえずホットワインで乾杯する?」
齋藤飛鳥は立ち位置をずらして、店のカウンターに隙間(すきま)をあける。
「いいよいいよ、じゃあ頼みな」
「飛鳥~、卒業じゃ~ん」
川後陽菜が見計らっていたかのように、齋藤飛鳥にはにかんだ。
齋藤飛鳥も微笑み返す。
「うん」
「いやもう、こうなったら、あと十年ぐらいいればいいんだよ~」
「アホか。アホですか。こら、こら!」
「んはは、でも、卒業おめでとう」
「ありがとう。んふ」
「えー飛鳥まだそんなしか呑んでないのー? みなもうこんなに呑んじゃった……」
「あー後できますよ、酔いが」
「ねえ飛鳥、生ハムあるんだって。あっちに。行ってみない? ふふん、いつかみたいに」
齋藤飛鳥はホットワインを一口吞み込んで、中身を残したまま、それを木製のカウンターに音が立たぬよう丁寧(ていねい)に置いた。
「いつかみたいに? うふん。いいよぉ、行こう?」
「行こう~」
高山一実は齋藤飛鳥達の背中に囁く。
「あ、あの乾杯………」
能條愛未もたった今、ホットワインを受け取ったばかりで、残念そうに齋藤飛鳥達の背中を見送った。
「あー行っちまった……。いいよずー、乾杯しよ?」
「おーっけ~~い、かんぱーーい!!」
クリスマスの聖夜を象徴するかのように、チカチカとカラフルに点滅を繰り返す発光ダイオード。電子と正孔(せいこう)が衝突すると結合し、再結合された状態では、電子と正孔がもともと持っていたエネルギーよりも小さなエネルギーになり、その時に生じた余分なエネルギーが光のエネルギーに変換されて発光する原理だ。
接合を切り離せば、発光は消滅する。また再結合し、切り離されて、消滅する。世界中のクリスマスを飾るこの発光原理は、まるで人との出会いと別れのように美しく尊い現象をお引き起こし、消えていく。その繰り返しがLEDの発光原理だが、それはまるで人生と類似している。
出会いと、別れ――。
齋藤飛鳥は、クリスマスのイルミネーションを視界に感じながら、一瞬の思考でそう思った。
引かれていた手が、止まった。脚を止めると、そこはピザの店であった。
「ここかなあ? ピザがある店って言ってたからぁ、」
「きいてみる?」
齋藤飛鳥はそう言ってから、店員に話しかけた。サンタクロースに仮装している陽気な店員は、ここに『生ハム』があると優しく楽しく教えてくれた。
「さすが飛鳥。みなみ怖くてきけない、なんか、サンタのお面が怖い……。あ、じゃあ生ハム、ください」
「怖かないよ。あ、じゃあ私もー、生ハムください」
ピザを食べていた和田まあやが、店の方を向いている齋藤飛鳥の横に並んで、ピースサインを作った。
カシャ――。
樋口日奈は二人をスマートフォンで撮影した。
生田絵梨花は食べ終えたピザの箱をゴミ箱に捨てながら、樋口日奈と和田まあやにふてくされる。
「も~撮るんなら言ってよ~う、私も写りた~~い」
齋藤飛鳥は振り返る。
「ん? なんだ?」
「えー飛鳥、一緒に写真撮ろ? みなみも撮ろ? ひなちまとまあや、息が合い過ぎて全然写真撮る気配とかしない時に、二人はしっかり撮ってるんだよ~、全然わかんないタイミング……」
生田絵梨花はいじけた顔をする。
「えーみなみも撮る~撮りた~い」
伊藤かりんは、齋藤飛鳥の肩をとん、と叩いて微笑んだ。
「飛鳥ちゃん、卒業おめでと!」
「ああ、かりんちゃん。何それ……」
齋藤飛鳥は眼を細める。
伊藤かりんは厚紙でできたフラクタル的な造形の丼(どんぶり)を持っていた。もう片方の手には、マッコリの入ったグラスを持っている。
「焼肉。美味しいよえまだ食べてない?」
齋藤飛鳥は眼を見開いて首を短く振った。
「食べてな~い」
「地下三階、焼肉ランド、て感じだよ」
伊藤かりんは「んね?」と、西野七瀬に微笑んだ。
西野七瀬は口いっぱいで何かを咀嚼(そしゃく)しながら、可愛らしく誠実に頷いた。
「やいにく……はんかぃ」