齋 藤 飛 鳥
齋藤飛鳥は、西野七瀬に耳を向けて、にやける。
「はい? あんだって?」
西野七瀬は「んんぶっ!」と何かを吹き出して、ころころと笑った。床には噛みかけの焼肉の肉片が落ちている。それを伊藤かりんが店の紙布巾を使って、ゴミ箱へと捨てた。
生田絵梨花は店のメニュー表を見上げる。
「な~に食べよっかな~~……。あ、生ハムって美味しい?」
「あ、おお、まだ食べてない」
齋藤飛鳥は、ひと齧(かじ)り、生ハムを食べてみた。生田絵梨花は静止したようにそれを見つめている。
「んん、ふんふん、うま」
「あの、すいません生ハム、一つくださ~い」
樋口日奈はスマートフォンで撮影をしている。和田まあやは全ての画角に収まっているが、その顔に浮かべた笑みは一ミリも変わらぬ同じ顔であった。
「ぷっ……、ねーまあや~、眼ぇ座ってるからあの、全部おんなじだから、顔が」
樋口日奈は可笑しそうに言った。
和田まあやは「あっはは」と笑っている。その直後に「あっ!」とピザを落とし、箱だけを咄嗟(とっさ)にキャッチして「セ~ッフ…」と溜息をついた。「いやアウトだよ!」という樋口日奈の突っ込みは正しいもので、肝心のピザは床に転がっていた。
齋藤飛鳥は和田まあやを小さく指差して笑う。
「アウトじゃん」
「いやセーフセーフ、あれだよ? 洋服についてないからね? セーフでしょ」
西野七瀬はまた、口の許容量を把握(はあく)していないのか、小型のサーロインを頬(ほお)を膨らませながら口の中に畳(たた)んで入れた。
「いえーいセーフ~!」
「拾いなさい!!」
ちゃらけて小躍(こおど)りを踊(おど)る和田まあやに対して、ふいに放たれた樋口日奈の一言に、西野七瀬は咄嗟的(とっさてき)に「んんぶうっ!」と口から鉄砲玉のようにサーロインを吹き出していた。
齋藤飛鳥は「ああ、ああ、」と怯(おび)えている。皆は大笑いで、床に落ちたサーロインは、また伊藤かりんが店の紙布巾でゴミ箱へと片付けた。
気が済むまで西野七瀬を弄(いじ)り、笑い倒した生田絵梨花は、齋藤飛鳥に言う。
「え、ちと地下三階行こうよ。焼肉……」
齋藤飛鳥は、「え、いいよ」と愛想よく答え、残った生ハムを皿ごと店のカウンターに置いた。
「みなみちょっとここでピザ食べてる」
生田絵梨花は「オッケ~」と片手でOKポーズを作ってから、齋藤飛鳥を見る。
「じゃ、行きますか。え飛鳥ちゃん焼肉好きだよねえ?」
「うん好き好き、比較的、肉は好きよ、全般的に」
「じゃああれ食べよ、あれ。シャトーブリアン」生田絵梨花はどや顔をした。
「詳しいねえ、んふふ」齋藤飛鳥は含み笑いを浮かべる。
ゆっくりと、電飾と装飾で光り輝く背の高いクリスマスツリーを通り過ぎるようにして、サンタクロースの住んでいそうな街並みを、二人は散歩していく。
「あれ、しゃぶしゃぶ以来だ、っけ?」少し先を歩いている生田絵梨花は、齋藤飛鳥を見つめた。
「ああ~~……。うん、そ。たぶん……」齋藤飛鳥は考えながら答えた。
「真夏も絶対いるよ、そこに。三階に、地下の」生田絵梨花はにやける。
「四階までマーケットやってるんだっけ?」齋藤飛鳥は、周囲の景色を見渡しながら囁いた。
「うんそうみたいよ。あ~~どうしよ、明日も来れるんだよな~~、明日、四階回ろうかな……」生田絵梨花は思考を巡(めぐ)らせながら言った。
「明日か……。わても、今日が最後のミーグリだったわ」齋藤飛鳥は、そう呟(つぶや)いた後で、哀愁(あいしゅう)ある無表情を浮かべた。
「飛鳥って休み何してるの?」生田絵梨花は不思議そうにきいた。
「ん、休み? 映画観に行ってるかな……。あでも一日だけなら、メンテナンスに使っちゃうけど。それ以上あるようなら、昼過ぎまで映画観て、映画館でも観て、映画三昧な一日にするかな……ごめん嘘かも」齋藤飛鳥は歩きながら笑った。
「え、誘っていいの?」
「ダメダメ……。ふふ、ウソウソ」
「え、じゃあ飛鳥ちゃんの好きな事する時間ならいいよね?」生田絵梨花は優等生の笑みを浮かべた。
「好きな時間?」齋藤飛鳥はぽつり、と呟いた。
「一番好きな時間は?」生田絵梨花は、そこで立ち止まった。
「寝る前」齋藤飛鳥はそう答えながら、驚いて脚を止める。
生田絵梨花は苦笑する。
「エレベーター、通り越しちった」
11
所々に炭火焼きの野外テーブルが設置されている。否、そこは室内なのであるが、今は何処からどう見渡しても、街の広場に設けられたクリスマス・マーケットの会場にしか見えなかった。
炭火焼きテーブルで、てきぱきと作業している若月佑美の背中に、生田絵梨花と齋藤飛鳥は話しかけた。若月佑美は勢いよく振り返る。
「ああ、いくちゃん、飛鳥ぁ~!! ほらみんな、来たよ飛鳥」
生田絵梨花は驚いたようにきょとん、と呟(つぶや)く。
「なに、なんなのその待遇(たいぐう)の違い……」
桜井玲香は酔っぱらった感じで、齋藤飛鳥に抱きついた。齋藤飛鳥は苦笑する。
「あしゅかちゃん、あしゅかちゃん来たのぉぉ? あ偉いねぇぇ~、わっ! わっ!」
「なーにこの人、酔っぱらってる?」
齋藤飛鳥は迷惑そうに、桜井玲香側の肩を持ち上げていた。
若月佑美はてきぱきと言う。
「飛鳥、いくちゃん、メニュー表あっちだから、あそこの店ね。あっちで多めに注文してきな、来るの遅いから、いっぱい頼んどきな」
齋藤飛鳥と生田絵梨花は「はーい」と近くの店へと向かう。
店には、衛藤美彩の背中がある。齋藤飛鳥は、懐かしさに小さく微笑んだ。白石麻衣と永島聖羅、松村沙友理と新内眞衣も、こちらに背中を向けて必死に注文している。その背中の中には……。
生田絵梨花は後ろ側から、メニュー表を見上げて、白石麻衣の肩に手を乗せた。
「何が美味しいって?」
「……おおう、いくちゃん。? ああ~飛鳥がいる~~!」
「だからなんなの、さっきからその疎外感(そがいかん)は」
注文していた皆は、一斉に振り返った。白石麻衣は、生田絵梨花に苦笑する。
「疎外されてんの?」
「グレちゃおっかな~」
生田絵梨花はそう言って、片方のほっぺたを膨らませた。
齋藤飛鳥は、その人物を、まっすぐに見つめる。
衛藤美彩はにこやかに、齋藤飛鳥の肩に手をやった。
「飛鳥ちゃん卒業おめでと~」
「ああ、ありがとうございます……」
永島聖羅は屈託(くったく)なく微笑んだ。
「飛鳥、卒業すんなら先言ってよ~、夏に会った時言えば良かったじゃ~ん、一期の仲じゃんか~」
「まま、そゆのは、ね」
松村沙友理は生田絵梨花に言う。
「やっぱ、ハラミ美味しいらしいよハラミ。飛鳥ちゃ~ん、えーん卒業おめでと~」
「はいはい」
齋藤飛鳥は、その人物から、眼を離せなかった。
新内眞衣は、齋藤飛鳥に微笑む。
「飛鳥、卒業おめでとう」
「ありがとう……」
齋藤飛鳥は、眼を見開いたままで、口元をにやけさせた。
「来たの?」
「来てみた……。なに、卒業するんだって? 世間が騒いでますよ。ふふ………、おめでと」
「奈々未~!」
齋藤飛鳥は、その腕に飛び込んだ。
「こんなに立派になって」