齋 藤 飛 鳥
賀喜遥香は、戸惑ったように答える。
「え、タダです。無料です」
「あそっか」
賀喜遥香は子供のように純粋な笑みを浮かべる。
「ここ、この後ろのお店の、作業員さん、ファン同盟の人ですよ。誰だと思います?」
齋藤飛鳥は小首を傾げた。
「誰だろう」
早川聖来は、齋藤飛鳥と生田絵梨花を見つめて、その瞳を輝かせる。
「クリスマスに飛鳥さんと生田さんに会えた~……、それだけでもクリスマスプレゼント」
齋藤飛鳥は苦笑する。
「い~つからそんな事言うようになったの、うまい事覚えちゃって」
筒井あやめはスマートフォンを見せる。
「お二人のお写真撮ってもいいですか?」
生田絵梨花は快(こころよ)く答える。
「いいよねえ? 撮って撮って~」
齋藤飛鳥は、視線を余所(よそ)にやって首を傾げた。
「写真は~、どうだろうな……」
風秋夕は笑う。
「撮っちゃえ」
パシャ――。
齋藤飛鳥は風秋夕に視線を移してきく。
「ここなんの店?」
「間食的なフードと、おやつの時間、的なドリンクの店かな。飛鳥ちゃんといくちゃん四階まで制覇できたの?」
生田絵梨花は自信満々に答える。
「制覇したわよ。ほっとんど制覇したよね?」
「うん……」
風秋夕は眠たそうな眼で微笑んだ。
「俺と波平、はしゃぎすぎて昨日徹夜、っはは。今日も朝までコースだぜ、二人も楽しんでね。中にイナッチ達もいるから、声かけてあげて。あ、メリークリスマス……」
生田絵梨花はどや顔で、口角を引き上げて笑った。
「メリークリスマス!」
「ほな、入りますか……」
齋藤飛鳥はとことことログハウスの中へと歩き出した。
金川紗耶の声がする。
「あの、飛鳥さんこの前お写真ご一緒できて幸せすぎました、ああの、ありがとうございました!」
齋藤飛鳥は、振り返って微笑んだ。
「は~い、ふふん」
林瑠奈はここぞとばかりに齋藤飛鳥に言う。
「あの、私もお写真っ、いい、ですか?」
矢久保美緒もその提案に相乗りする。
「あ~私も写真欲しいです……」
齋藤飛鳥は首を傾げる。
「う~んそれは、どうだろうな……。っひひ、ま~たね~」
「ああっ!」
「飛鳥さんっ!」
店内には額縁(がくぶち)が幾つも飾られており、そこに日本語表記でクリスマスとクリスマス・マーケット発祥の歴史などが綴(つづ)られていた。
サンタクロースの仮装をして、サンタの仮面をかぶっている店員が、齋藤飛鳥と生田絵梨花をジェスチャーとボディランゲージのみで歓迎した。
店内のテーブル席やベンチには、数人の乃木坂46四期生達がいた。稲見瓶もその中にいる。
齋藤飛鳥は座視で店員を見つめる。
「お前、誰だ……」
生田絵梨花はは、顔を前に出して、店員をよく観察する。
「背高いね……、わかった雅樂君だ!」
齋藤飛鳥は自分自身を抱きしめながら、じっと店員を眺める。サンタの仮面をかぶった店員は、人差し指を左右に振り子していた。「違う」という意味だろう。
「ま、いいや」
齋藤飛鳥はそう呟いてから、木製のカウンターにあるメニュー表を見下ろした。
生田絵梨花も、店員の正体を怪しみながら、メニュー表にし視線を落とした。
「じゃ飛鳥、私ガーリック・シュリンプ行くわ」
「え早っ……」
「ねえ君ぃ、このミックス・ベリーグリュー・ワインって奴は、あったかいの?」
サンタの仮面をかぶった店員は、丁寧に「そうですとも」といった風な仕草で応えた。
生田絵梨花は齋藤飛鳥を一瞥する。
「じゃそれでいいよね?」
「うんうん、のみもんは、な……。わーしーは、何にしよう、かなぁ~……。あ、じゃあこれ。クリスマス・ロールチキン」
サンタの仮面の店員は、親指を立てて、奥へと引っ込んで行った。
齋藤飛鳥と生田絵梨花は、後ろ側に振り返って、店内を見渡した。
生田絵梨花はベンチをあごで指して言う。
「あイナッチいんじゃん……。おーおー、女の子はべらせちゃって」
齋藤飛鳥は稲見瓶の座るベンチを見つめる。そこには、遠藤さくらと、清宮レイと、柴田柚菜と、弓木奈於と、松尾美佑が座っていた。
齋藤飛鳥は、もう一方のテーブル席を見つめる。そこには、北川悠理と、佐藤璃果と、黒見明香が座っていた。
「飛鳥、そこ座ろう?」
生田絵梨花が示したのは、ちょうど中央のテーブルであった。
「おっけー……」
席に着く前に、すぐそばのベンチに座る四期生達から挨拶の声が飛び交った。
遠藤さくらはホット・ココアを両手で大事そうに持ちながら、齋藤飛鳥に微笑む。
「あすぴーさん……、そっち、行ってもいいですか?」
齋藤飛鳥は答える。
「ああ、うん。おいでよ」
「わーい」
稲見瓶は齋藤飛鳥と生田絵梨花に薄い笑みを浮かべた。
「メリークリスマス、飛鳥ちゃんいくちゃん。ここの牛タンシチューは絶品だよ」
齋藤飛鳥は眼をせばめて言葉を返す。
「なんで入ってきた時に言わないかな~……」
「いや、壁の文字を読んでそうだったから」
稲見瓶は無表情で答えた。
「あそ」
齋藤飛鳥と生田絵梨花と遠藤さくらは、テーブル席に着席する。
清宮レイは、前かがみに背を折って、弓木奈於と松尾美佑の顔を見た。
「てか、あやめちゃんとこ行くけど、一緒に行くぅ?」
松尾美佑はきく。
「外にいるんだよねえ?」
清宮レイは答える。
「うんも、そこ。すぐ外のベンチ、だと思うよ。さっきまでそうだったから」
弓木奈於は笑顔を浮かべた。
「外の方が、あのさ、景色はいいよね……。じゃあ行きますか~」
松尾美佑は立ち上がりながら呟く。
「璃果ちゃん達も誘ってくかな」
弓木奈於は叫ぶ。
「ゆりちゃ~~ん」
一方、齋藤飛鳥達三人が座るテーブル席に、サンタの仮面の店員がドリンクとフードをワゴンに載せて運んできた。
「おい、なんかしゃべれ」
齋藤飛鳥はふざけてそう言ったが、サンタの仮面の店員は、指先を左右に振り子してそれをユニークに拒否した。
三人の座るテーブル席からだいぶ間隔の空いたもう一方のテーブル席から、佐藤璃果と北川悠理と黒見明香が挨拶をしに来た。
佐藤璃果は「え?」と驚いた顔をする。
生田絵梨花はもう一度言う。
「出てたでしょ、ラジオ。らじらー……。あれ生放送だよねえ? あれさっきまで出てなかったっけ?」
佐藤璃果は感激に瞳を潤ませて答える。
「はい出てました。え、知ってくれてたんですか……。あの、生放送でした。そのまま、タクシーでここには来ました」
生田絵梨花は感心した後、どや顔で佐藤璃果を見つめた。
「普段はお仕事とかぶってるんだけどね、今日は知ってたわ。メリークリスマス、お疲れ様です」
「メリークリスマス、お疲れ様です、ありがとうございます」
北川悠理は齋藤飛鳥の料理に眼を付けた。
「飛鳥さん、シュリンプですか? エビがお好きなんですか?」
齋藤飛鳥は、誠実に答える。
「え、うん、あ~……まま、好きよ」
「あ、ごめんなさい、食事、進めて下さい」
北川悠理はそう言って、会釈した。
黒見明香が笑顔で三人に言う。
「あの、メリークリスマス。あじゃあ、行ってきま~す……」
遠藤さくらは「行ってらっしゃぁい」と小さく手を振った。