齋 藤 飛 鳥
三人はテーブルの一面に相席する事無く、多面的に座っている。
遠藤さくらは、視線を呆然とさせて、ホット・ココアをちょびちょびと飲んでいる。
齋藤飛鳥は遠藤さくらを一瞥した。
「えんちゃん、ちょと、食べてみる?」
遠藤さくらは子犬のように笑った。
「はい。食べてみます」
生田絵梨花はドアの方を見つめた。
「あ~らもう一人サンタがいたわぁ……、いないわけないわよね、こやつが……」
磯野波平の高らかに響く笑い声が、ログハウスの店内を一瞬、支配した。
「あっす~かちゃん! よお、さくちゃんにいくちゃんまで! こりゃメリクリだわながあ~っはっは!」
田村真佑は丁寧(ていねい)に挨拶する。
「明けまして、明けましておめでとうじゃない、メリー、クリスマス、飛鳥さん生田さん、さくちゃん」
齋藤飛鳥は驚いたように、田村真佑を見上げた。
「え? 同行(どうこう)?」
田村真佑は困ったように言う。
「なんか、あの、今期のシングルの新ユニット、私やってるんですけど」
齋藤飛鳥はうんうんと、声でも首でも頷く。
「知ってる知ってる、銭湯(せんとう)のでしょう?」
「はい、そのぉ…銭湯ガールズ、っていうんですけどぉ、その銭湯ガールズが気に入っちゃったみたいでえ……。離れてくれないんですよ」
「あれ? 四期、もう一人いたよねえ?」
齋藤飛鳥は思い出そうとする。
サンタクロースの帽子をかぶった磯野波平は、遠藤さくらの耳元に何やらを囁(ささや)いて、困った反応をみせる遠藤さくらを見てはしゃいでいる。生田絵梨花は「よしなさい!」とそれを叱(しか)っていた。
田村真佑は齋藤飛鳥に答える。
「金川です」
「ああ、やんちゃん。あれやんちゃんは大丈夫なんだ?」
田村真佑は口の先を尖(とが)らして顔をしかめた。
「逃げました……」
「があ~っはっはさくちゃん、おもしれえだろう? ここはどこだ? 俺のココアどこだ? があ~っはっは俺が考えたんだよ!」
齋藤飛鳥は囁くように吐いて捨てる。
「おもしろく、ねえわっ」
「おらまゆたん、注文しに行こうぜ~」
「うん……」
「腕、組んでも、いいんだぜ?」
「それは勘弁(かんべん)!」
「があ~っはっは、キャシャだな!」
生田絵梨花は「ピュアだなじゃない?」と突っ込んでいた。磯野波平と田村真佑はカウンターへと向かった。
齋藤飛鳥は、小皿にガーリック・シュリンプを三分の一ほど載せて、遠藤さくらに差し出した。遠藤さくらは嬉しそうに小皿を受け取る。
生田絵梨花も「あ、私のも食べて~」と小皿に大きなソーセージとポテトを乗せ始めた。
間もなく無言の食事の時間が流れた中、齋藤飛鳥は、何やら第六感を刺激する気配を察知して、ゆっくりと、そろりと、そちらを一瞥してみる……。
そこには、一人ベンチに座ったまま、「やあ」と小さく手を上げた、稲見瓶がいた。
13
オーナメントの輝く発光ダイオードで埋め尽くされた高さ十二メートルのクリスマス・ツリーは、このクリスマス・マーケットを象徴するモニュメントである。
齋藤飛鳥は顔を上げてそのクリスマス・ツリーを眺めていた。
絶えず陽気な音楽がクリスマス・マーケットの広場に流れている。
街並みはドイツのどの辺りだろうか。
異様な悲鳴が聞こえた。
齋藤飛鳥は振り返ってみる。
そこには、逃げ惑う一ノ瀬美空と小川彩と池田瑛沙(いけだてれさ)と冨里奈央の姿があった。齋藤飛鳥は座視をする。追い回しているのは磯野波平であった。
一ノ瀬美空は微笑みながら睨みを利かせて言う。
「なんなんですかあ、急に~」
磯野波平は答える。
「あんだちみは、ってか!」
小川彩は思い切って言う。
「トラウマになっちゃう!」
磯野波平は答える。
「殿様になっちゃえ、ってか!」
池田瑛沙は囁く。
「えー怖いからやめて下さい……」
磯野波平は答える。
「英語はEから教えて下さい、ってか!」
冨里奈央は息を切らせたままで言う。
「なんで、何で追われてるんですか奈央達は!」
磯野波平は答える。
「なんで割れてるんですか奈央達のケツは、ってか!」
一ノ瀬美空は叫ぶ。
「ど~いう耳してんですかっ!」
磯野波平は笑い声を上げながら走り始める。乃木坂46五期生達の四人は全力疾走に近い速さで逃げ出していた。
「ああなったら」
「わ!」
齋藤飛鳥は両肩を激しく上下させて驚愕(きょうがく)した。話しかけてきたのは、トナカイのカチューシャをした風秋夕であった。
「ああなったら少し波平って人間を知ってもらう必要があると思ったんだ。てか飛鳥ちゃんびびりすぎじゃない?」
風秋夕は可笑しそうに笑う。
「びっくりしたあ」
「あいつに害が無いって事を、身をもって知ってもらうには、少し放って置こうと思って。まあ、あれも愛情らしいから……」
齋藤飛鳥は五期生達が走り去って行った方を眺める。
「そういうもん、かな……」
風秋夕は微笑む。
「それより、飛鳥ちゃん、回らない? 一緒に」
「えー、どうしよ、っかなぁ……」
齋藤飛鳥は眠たそうにきょろきょろと辺りを見回した。
風秋夕はにこりと微笑む。
「シブツタ行ってきたよ。『ここにはないもの』発売記念展示パネル展、行ってきた。吊りフラッグもいっぱいあって、一面飛鳥ちゃんの世界が広がってて、凄かったよ」
齋藤飛鳥はくすん、と微笑んだ。
「ああ、行ったんだ……。私も行ったんだよ、サインとか、見つけた? わりと書いた方だけど」
風秋夕はにっこりと微笑む。
「ばっちり、見たし撮ったし。銀座線渋谷駅ホームにも行ってきたんだ」
齋藤飛鳥は苦笑する。
「行くねえ……。あでも、行く人もいるんだろうね……」
「撮影してる人達けっこういたけど、あれってやっぱそうなんだろうな~」
風秋夕は腕組みをして長考し始めた。
齋藤飛鳥はぼうっと、風秋夕の顔を上目遣いで見上げる。
「で、どこ回るの? 回るとしたら……」
風秋夕は、気品に満ちた笑みを浮かべる。
「二階とここが特にお気に入りだから、ここと二階を中心に歩こうかと。腹がすいたら三階。いかがですか、お姫様」
「うんじゃあいいよ」
「やったね」
風秋夕は齋藤飛鳥にウィンクを飛ばしたが、圧で弾き飛ばされた。
二人はクリスマスに飾られたドイツの街並みを歩き始める。ロマンティックな音楽が広場を彩(いろど)っていた。丸太ででデザインされた半分壁面に埋まっているオブジェ的なロッジに、数々のログハウス。いずれもライトアップされていて、造形も色味も美しいといえた。
川﨑桜と岡本姫奈と五百城茉央(いおきまお)と菅原咲月と井上和(いのうえなぎ)が、巨大なスノーマン(雪だるま)の前で記念撮影をしていた。稲見瓶がカメラマンを務めていた。
稲見瓶が、齋藤飛鳥に気づいて片手を小さく上げた。
「やあ、飛鳥ちゃん。飛鳥ちゃんもどう? こんなに大きなスノーマンはなかなか見ないよ」
齋藤飛鳥は「ふえ」と呟きながら、五メートル近い高さがあるスノーマン(雪だるま)を見上げた。
風秋夕は五百城茉央を見つけて、嬉しそうに言う。