齋 藤 飛 鳥
風秋夕は鋭い視線で「でもな」と、面白がって反論する。磯野波平が「いけキザ野郎!」姫野あたるが「いよ、知的王子殿!」とはやし立てていた。
「ガンダムを形作ってるのは、ガンダニウム合金、ていう、架空の合金なんだよ、硬くて軽量、それがこの世には無いガンダムの材料だ。だからガンダムは飛んだり走ったりできる」
磯野波平と姫野あたるが拍手をして大喜びした。
稲見瓶は駅前木葉と何やらを短く話し合い、稲見瓶が会話を再開させる事になった。
「ガンダニウム合金は無い。それは夢だ」
磯野波平と姫野あたるからブーイングが漏(も)れる。風秋夕はディスカッションに飽(あ)きて、三期生達と談笑を始めていた。
稲見瓶はディスカッションを続ける。
「じゃあ、実際に造れる材料で説明しよう。アルミ合金板で身長18メートルのガンダムを造ろうとすると、表面積はどれぐらいかを調べた事があるんだけどね……。コンピューター・システムやセンサーなんかを見積もって構造代を計算するとする。ちなみに、この場合、ガンダムはただ歩いたりするだけの巨大ロボットとする」
磯野波平は顔をしかめて笑う。
「お前そりゃ巨大ロボの意味ねえじゃねえかっ、っは、馬鹿かっ! む、無表情だからっ!」
「笑ったら悪いでござるよ草っ、草っ草!」
稲見瓶は、構わずに無表情で言葉を続ける。
「メイン・コンピューターはIBMのブルージーンというスーパーコンピューターを利用するとして、訳1億7800万円。モーターは400KWの大きなモーターを使う。下半身が12個、胴体に2個、腕に14個、首に2個の合計30個を利用する」
駅前木葉が補足する。
「ちなみにですが、新幹線が300KW、そうですね…、一般的なスクーターが、約500Wぐらいですね」
磯野波平は険しい顔で頷いたが、理解はしていない。
稲見瓶は言葉を続ける。
「このモーターだけで約8億円。さらに動力として軍用ヘリのアパッチのエンジンを7機分使うから、更に399億円。それら全てを合算して、約800億円弱だね」
姫野あたるは驚く。
「いや~、ガンダム一機に大金かかりすぎでござるな~……。これで簡単に破壊されたらば、上が頭を抱えるのもわかるでござる。ああ、量産型があるでござろう! 量産型は安いでござるよ?」
駅前木葉が答える。
「言ってしまえば、今説明している機体こそが、量産型かもしれませんね」
磯野波平は腹を掻(か)いて欠伸(あくび)をしている。姫野あたるは驚愕(きょうがく)していた。
稲見瓶はディスカッションを続ける。
「余談だけど、ガンダムは18メートルで43.4トンの設定で描かれてる……。この身長の10分の1が人の身長だとして、そうだな、じゃあ女の人でいい、体重が57キロだとする。身長50センチのモルフを18メートルまで大きくすると、体重が約432トンになる。それに比べて、ガンダムは43.4トン。ガンダムは軽いんだよ。これを800億円弱の材料で造ると、歩きはするけどね、跳べないし、人も乗れないガンダムが出来上がる」
磯野波平は不敵な笑みを浮かべた。
「だからなんだよ、無表情の癖に博士づらしやがって……。ガンダムは脚とかがごってごてしてねえんだから、走れんに決まってんだろうが!」
「そうでござるそうでござるっ!」
稲見瓶は、メガネの位置を修正して、話し始める。
「脚は確かに細い方が機能的で、制御がきくんだけどね、うん百トンが、細い脚に圧し掛かると、足裏の圧力が高くなって、道路も地面もね、とてもじゃないけど耐えられないんだ。のめり込むだろうね……。巨大ロボの理想形状を語るなら、両脚がピラミッド状に広がった感じになると思う」
磯野波平は興奮する。
「それじゃザクと変わんねえじゃねえか!」
姫野あたるも応戦する。
「そうでござる! それじゃあテキサスのガンマンと同じでござるよ!」
磯野波平は顔をしかめて言う。
「お前知んねえんだよ、例えばな、動物とか昆虫とかはな、人間よりも何十倍、ちゅう力があんだ……。でえっけえ、ノミがいたらなあ、ビルなんかびょ~ん、つって、跳び越えっちまうんだぞ? だ、そういうロボを造ればいいんじゃねえか、だろ? そうだろうが!」
姫野あたるは「きゃー!」と歓喜の悲鳴を上げて、磯野波平に抱きついた。磯野波平はにやけながら「だろうが、っはっはあ!」と、姫野あたるの頭を撫でている。
稲見瓶は、溜息を吐いた。代わりに、駅前木葉が言葉を再開させる。
「あのう、ですねぇ……、ノミは、自身の100倍から200倍の高さまで跳躍をみせる、と確認されています。だから巨大なノミがいれば、軽々とビルを跳び越えるだろう、という一般的な発想は、人類の夢でしかありません。実際は、ノミが巨大化したら、ノミのか細い脚では、自重を支えるのがやっとか、そのへんでしょう。ビルを跳び越えるなんていうのは、非化学であり、科学的に積載理論的にも不可能なんです」
磯野波平と姫野あたるは、はしゃぐのをやめて、呆然と真顔に戻った。
抱きつく事をやめた姫野あたるを尻目に、磯野波平は、その顔に強引に笑みを浮かべる。
「あんなあ……。ノミはな、高くぴょんぴょん飛び跳ねんだろ? でもな、箱に閉じ込めとくとなあ、あら不思議……、箱から出した後も、そのノミは箱の高さ以上にはジャンプしなくなんだよ……。それはなあ、ノミがぁ、どうせ無理だから、ってなあ、あきらめっちまうからだ!」
風秋夕は、与田祐希と山下美月と両手を繋ぎながら反応する。
「おっ、鉄拳チンミの知識……。その理屈は正しいぜ、アルミでガンダムを造ろうと決めたイナッチと、反論のない駅前さんの盲点だ。積載量を気にすんなら、基礎を抜いた部分を厚紙で造ればいい。積載量もエンジンの規格も、大きく変化するぞ」
稲見瓶と駅前木葉は、黙ったままで風秋夕を見つめ返している。
磯野波平は「優勝だあ~~! 初めてディスカッソンとやらで勝ったあぁぁ~!」と、悲鳴を上げる与田祐希と、笑い転げる山下美月を強引に両肩に担(かつ)いでいた。
駅前木葉は、反論を試(こころ)みる。
「ですが……、厚紙では、それこそ積載荷重を支えられません」
風秋夕は答える。
「ハチの巣みたいな、フラクタル的な複雑な構造に造るんだ。強度はNASAでも採用されてる折り紙付きだし、ノミだって、積載するエンジンと燃料を仮想的な超超超高出力な物に変換して、骨格や造形そのものを厚紙で造れば、高く跳べるかもしれない。厚紙が気になるなら、アラミド繊維や超高分子量ポリエチレン繊維でもいい」
稲見瓶は反論する。
「かもしれない、って……言うけどね、実際に巨大なノミがいたら、という定義で言ったんだよ」
風秋夕は言う。
「実際に巨大なノミがいたら、だろ? その巨大なノミの脚の強度は、現在の地球には存在しないぐらいの硬度を持ってるかもしれないし、身体も軽いかもしれない」
「それは実際のという定義を無視してる」
「無視してるよ、実際にその巨大なノミはいるのか? 答えはノーだ。いないもんは、想像でしか語れない」
稲見瓶は言う。
「非科学的だ」
風秋夕は答える。