齋 藤 飛 鳥
「いつの時代も科学っていう境界線を一度引いて、それを超える、または縛れないものを非化学と扱って、それを更に追求して科学の境界線を広げてきたんだ。その境界線を広げる手立ては実験と、夢想だよ」
齋藤飛鳥は苦笑しながら怪訝(けげん)な顔で言う。
「ねえ、それってケンカしてるの?」
風秋夕はにっこり、と齋藤飛鳥に微笑んだ。
「してな~いよ」
稲見瓶も、薄い笑みを齋藤飛鳥に向けた。
「いつもこんな感じだよ。大丈夫、こんな事じゃケンカはしない」
「あっそう」
齋藤飛鳥は、クリスマス・ツリーを見上げた。梅澤美波が寄りそって立つ。
「やっとディスカッションとやらが終わりましたね……。何がなんなんだか」
齋藤飛鳥はくすっと笑った。
「あいつらな。ガキなんだよ、ロボとか言って……」
梅澤美波は、楽しげに齋藤飛鳥を見つめる。
「飛鳥さんも想像した事ありますか?」
齋藤飛鳥はふいに梅澤美波を見つめ返した。
「巨大ロボぉ?」
「ちぃがいますよ。サンタクロース……」
「ああ……。うん、……いつ頃までか、とかは……うん、よく憶えてないけど」
笑顔の久保史緒里が会話に参加した。
「このツリーの下のプレゼント、もらって帰ってもいいらしいですよ」
齋藤飛鳥は「うそ」と少しだけ反応していた。梅澤美波は「中身何なの?」とにやけている。
久保史緒里は答える。
「箱の大きさは別として、中身は詩集らしい。ポエムです、飛鳥さん。ファン同盟の」
「いらんわ」
齋藤飛鳥は笑った。
「」
阪口珠美と岩本蓮加と中村麗乃と佐藤楓も、齋藤飛鳥を中心とした会話に近寄って来た。
岩本蓮加は言う。
「いっぱい食べすぎちゃった。えいっつも全然食べないんだけど、どしたんだろう蓮加今日……」
佐藤楓は、齋藤飛鳥に笑みを浮かべる。
「え、飛鳥さん、いっぱい食べちゃう事とかって、ありますか?」
齋藤飛鳥は快く頷く。
「あるある」
「えそういう時って、どうしたり、とかあります?」
齋藤飛鳥は、そう言った佐藤楓を一瞥してから、考えながら答える。
「あんまり変えない、かなあ……。より沢山お水を飲んだりぃ、お風呂に長く入ろう、とか運動しよう、とか、食事以外の事で解消するかな……」
阪口珠美はにやけて答える。
「え、忘れられないぐらい、美味しくて食べちゃうものとかって、あったりします?」
齋藤飛鳥は、また、考えながら答える。
「う~ん……、忘れられないのは、香港で一人で食べに行ったステーキかな……」
中村麗乃は興味深そうに、齋藤飛鳥に囁く。
「あのう、炭水化物制限、とかって、してます?」
「してない」
向井葉月と山下美月は、大きい態度で、稲見瓶にずい、と一歩近づいく。
向井葉月は可愛らしいどや顔で言う。
「おい、イナッチとタメなんだぞ」
山下美月も笑顔で言う。
「ぞう」
稲見瓶は無反応で、様子を見ている。
向井葉月は、ずいっと一歩出て言う。
「子供扱いしてんなよな」
山下美月も一歩出ながら言う。
「なあ」
稲見瓶は、後退をやめて、答える。
「してない」
向井葉月は両手を腰に付けて言う。
「葉月と美月と咲月で、三人も月がいるんだぞ」
山下美月は両手を伸ばし下げて、子供のような仕草で言う。
「ぞう。覚えとけよなぁ」
稲見瓶は、無表情で、答える。
「はい」
与田祐希と伊藤理々杏は笑った。
風秋夕はまた自慢げに言う。
「しかもさ、あいつ免許証取るのに、住民票取り行って、名前記入する欄に、超絶美形、て書いて、いそのなみへい、ってカナふったんだぜ?」
伊藤理々杏は磯野波平を遠目に見て大笑いする。与田祐希は笑いながらも、きき返す。
「え? それって、ほんとに書いたと?」
「書いて怒られたらしい」
与田祐希と伊藤理々杏は大笑いする。後ろからのっそりとやってきた磯野波平は、伊藤理々杏の肩に手をやって、瞬間的にひっぱたかれる。
「なにぃ? あごめ~~ん波平君、何だったあ?」
磯野波平は、無言で与田祐希の腹に肩を当てて、嫌がる与田祐希を強引に、肩に担いだ。
「おっし、んじゃ行くか」
「どこに?」
風秋夕は嫌そうに磯野波平の手首を捕まえた。
与田祐希は脚をばたつかせて「無理無理無理、お腹苦しいよ、出る出る、く~る~しい!」と暴れている。
姫野あたるは、三期生と戯れる齋藤飛鳥を見つめて、囁く。
「メリークリスマス…、で、ござるよ、飛鳥ちゃん殿……」
そばにいた駅前木葉は、姫野あたるの肩に手を乗せた。姫野あたるは、駅前木葉に振り返る。
「2022年と共に、飛鳥ちゃんさんの乃木坂の歴史も、幕を閉じますね……」
「うむ。それは、つまり、新しい乃木坂の、始まりでもござる……」
駅前木葉は、齋藤飛鳥を見つめたままで囁く。
「今はただ、この非現実的な不思議な時間を大切に想いながら、聖夜に相応(ふさわ)しい、この魔法の言葉を囁くだけですね」
「うむ」
姫野あたると駅前木葉は、息を合わせて「メリークリスマス」と、乃木坂46に囲(かこ)まれて笑う齋藤飛鳥を見つめながら唱(とな)えた。
15
二千二十二年十二月二十八日――。日テレ系で生放送された『発表!今年イチバン聴いた歌ミュージックアワード』にて、乃木坂46は『インフルエンサー』と『ここにはないもの』の二曲を生披露した。『ここにはないもの』のテレビ放送は、齋藤飛鳥の卒業につき、最後の放送とされた。
二千二十二年十二月二十八日が、二十九日に変わろうとする日付変更線時刻頃、大事な齋藤飛鳥は忘れ物を取りに、不夜城である〈リリィ・アース〉に訪れていた。
地下二階の広大な面積を誇るエントランスフロア、その東側のラウンジに偶然に集まっていた乃木坂46ファン同盟の五人は、奇跡的に、この卒業シーズンの齋藤飛鳥を迎える事となった。
はるやまのスーツを着込んだその場にいる幸運の乃木坂46ファン同盟は、風秋夕、稲見瓶、磯野波平、姫野あたる、駅前木葉の五人であった。
五人は齋藤飛鳥が現れるまで、そのソファ・スペースで『齋藤飛鳥の思い出を語ろう大会』を開催していた。
齋藤飛鳥は集中力を切らせて、そわそわと帰りたそうにしながら、皆の顔を一瞥しながらアイスコーヒーを一口飲んだ。
風秋夕は満面の笑みで言う。
「はい、中学一年生、13歳の齋藤飛鳥です。苺ミルクが大好きで、もらうと、物凄い勢いで懐いちゃうので、お気を付けください! から全ては始まったんだよな~」
磯野波平はひたりながら言う。
「まあ乃木坂のオーディションが始まりなんだけどな~」
姫野あたるは楽しげに皆を見回す。
「ドナルドダックのものまねがうまかったでござるよ~」
稲見瓶は、齋藤飛鳥を見つめる。
齋藤飛鳥は、びくっとする。
「なに、……絶対、やんないよ?」
「それは残念」
風秋夕が言う。
「いや飛鳥ちゃんパパが考えた自己紹介でさ、…はい、上り坂から見える一番星、齋藤飛鳥です、ていうのがあったんだが、がちでそうなったからな。ね飛鳥ちゃん、飛鳥ちゃんパパすごくね?」
齋藤飛鳥は首を傾げて苦笑する。
「凄い、のかな~?」
磯野波平は深く懐かしんだ顔つきで言う。