齋 藤 飛 鳥
「ミャンマーにヒット祈願行ったろ? あんときゃ、はりきりチャイティーヨっつう名言も生まれたしなぁ?」
齋藤飛鳥は視線を逸らして頷く。
「生まれましたなぁ」
稲見瓶はそんな齋藤飛鳥を一瞥しながら言う。
「理想の彼氏を語った乃木中の回では、身体が薄っぺらい人が好きだと公言して、ファン達をダイエットブームへと送り込んだね。ガリガリはちょっと嫌で、と言ったね」
齋藤飛鳥は、「おお、うん。うん言った」と苦笑した。
稲見瓶は続ける。
「でも注目すべきはそこじゃなくてね、注目すべきは、筋肉を光ってる、と言ったところだ。筋肉って光ってますよねえ? とずっと飛鳥ちゃんは筋肉はテカテカと光ってるものだと思ってたんだよね」
齋藤飛鳥はうけながら頷いた。
磯野波平は、絶妙に感動した表情で、拳を握る。
「筋肉は、光ってんぜえ~?」
風秋夕は嫌そうにそれを一瞥している。
稲見瓶は言う。
「ちなみに、残りの理想の彼氏の条件は、ぼそぼそとしゃべる人、さりげない人、とかだね」
姫野あたるは齋藤飛鳥と眼を合わせる。齋藤飛鳥は「ん?」と眼を見開いていた。
「理想の彼氏の条件は、まだ、変わらないでござるか?」
「ああ、変わってる変わってる。絶対言わないけど……」
齋藤飛鳥は、アイスコーヒーを飲んだ。
風秋夕は齋藤飛鳥を一瞥して、皆を見て言う。
「その頃飛鳥ちゃん、自分の事チョロい、とか言ってたよなあ? 食べ物とかちょっとくれるともう好きになっちゃう、て。あの頃に戻らねえかな時間……」
駅前木葉はくすくすと笑ってから、「笑止!」とソファでブリッジしそうな勢いで背後にのけぞって笑った。
非常に嫌そうに風秋夕はそれを一瞥し、齋藤飛鳥はけけらと笑っていた。
稲見瓶の声に、齋藤飛鳥は振り向く。
「サプライズが嫌いだと言ってたね」
風秋夕はすぐに言う。
「ああ、だから俺は飛鳥ちゃんには何でも、これから用意するもんは先に言うようにしてる」
「そうかな?」
齋藤飛鳥は小首を傾げた。
「約束して会った事一回もないけど……」
「だって、ライン知らないし……。あでも、イーサンづてにパーティーに招待してるじゃん、飛鳥ちゃん。寂しい事言うな~急にぃ~。でもそゆとこも好きんなっちゃうのは、なんでなのか、不思議ですね、お姫様」
「はいはい」
姫野あたるが「思い出に気持ちを戻すでござる」と言った。
風秋夕は楽しそうに話し始める。
「飛鳥ちゃんがさ、みなみおなと、三人でどっかのパークに乃木中のロケで行った時さ、飛鳥ちゃんじゃんけんで負けて、ボート乗れなかったんだよ。で暇つぶしに、鯉にエサ買って、池の鯉にエサやったんだけどさ」
磯野波平が「それな! それな!」と興奮する。
「すんげえ数の鯉が群れて、互いに乗っかり合いながら、飛鳥ちゃんのエサに口ぱっくんぱっくん開けてさあ、飛鳥ちゃんもう、大爆笑で、はっはなっつかしい!」
齋藤飛鳥は独特なフリーズ顔で、思い出している。
「そんなんあったっけ?」
風秋夕は「あったよ~」と微笑んで、言葉を続ける。
「じゃあこれはどう? 憶えてる人いるかな。飛鳥ちゃんの、『ひと思いにやって下さい!』わかる? 飛鳥ちゃんの言葉だぞ」
磯野波平はどや顔で答える。
「乃木中の『知っててボーダークイズ』の時な? あの、何メートルか下に落ちる奴の、落とされっちまう寸前の奴な?」
稲見瓶が続ける。
「その後、落下して、粉まみれになった飛鳥ちゃんは、けほ、けほ、と咳をして笑ったんだけど、白い粉の付いた妖精か、悪戯(いたずら)した後の子猫見たいで可愛かった」
齋藤飛鳥は「みんなよく憶えてるね」と感心している。
稲見瓶はそれに頷いてから、言葉を続ける。湧き上がる衝動があった。
「乃木中の『妄想恋愛アワード、理想のクリスマス・ドラマ』の時にはね、設楽さんの『飛鳥ちゃんやった?』という問いに、『やった』と笑顔で飛鳥ちゃんは答えて、更に『キスをした?』ときいた設楽さんに対して、飛鳥ちゃんは照れ笑いを浮かべながら『キスしないです!』とね、見事に設楽の女を継承するようにイチャついてみたせよね」
齋藤飛鳥は「あ~、それはちょっと憶えてるかも」と笑った。
稲見瓶は続ける。皆からは歓声があがっていた。
「あのね、三期生のバレンタイン企画では、朝からアーメンアーメンしてたのに、なかなかチョコというか、選んでもらえずに、飛鳥ちゃんは泣いちゃったね。やっとれんたんから選んでもらった時は満面の笑みだった」
齋藤飛鳥は座視で「選んでもらった?」と呟いている。
風秋夕が補足する。
「泣いたのは二期生のバレンタインだよ、イナッチ」
「ん・、……ああ、そうか」
風秋夕は活き活きと言う。
「四期生バレンタインじゃ、与田ちゃんのプレゼント渡したい先輩に選ばれてたよな? 乃木中の足つぼクイズの時には、長く敷かれた足つぼマットをものともせずに超速で走り抜けて、回答権を奪取してた。でも走り終わった後で痛がってたな? はは、可愛い」
稲見瓶はメガネの位置を修正しながら微笑む。
齋藤飛鳥は帰るタイミングを計りながら、アイスコーヒーを飲んでいた。
「回答者はひなちまと桃ちゃんで、トンボの幼虫は何という? という問題に、ボウフラ? と答えてたね。正解はヤゴだけど。ボウフラはたぶん蚊になる」
風秋夕はにやける。齋藤飛鳥を一瞥したが、彼女はこちらを見なかった。メニュー表を開いている。
「同じく足つぼクイズでさ、チーズをフランス語で何という? ていう問題の回答権を奪取する為に、また飛鳥ちゃんは両脚に多大なダメージを負いながら素早く駆け抜けて、回答権を勝ち取ったんだ。でもちまちゃんと桃ちゃんは答えなかった」
駅前木葉が言う。
「正解は、フロマージュ、ですね」
齋藤飛鳥は電脳執事のイーサンを呼び出して、アイスコーヒーを注文していた。己の持参したアイスコーヒーは飲み干したらしい。
稲見瓶は楽しそうに言うが、表情はない。
「飛鳥ちゃんは絵もヤバい。有名なヒヨコのようなカエルのような飛鳥ちゃんが描いた絵があるけどね、正体が何なのかは忘れたよ。ヒヨコ系カエル生物、と、思い浮かぶ記憶ではそう言うしかない」
「いじめんなイナッチ、ありゃカエルだ」
風秋夕は苦笑で言った。
「飛鳥ちゃん、順番に紙芝居、書いていくやつでもヤバかったな……。シンデレラ描いたつもりなんだけど、身体より、くるぶしから下の足がでけえのなんの……。豪華客船みたいなガラスの靴はいたシンデレラ描いたんだよ」
姫野あたるは笑いながら言う。
「しっ、しかも、王子様の顔とっ、馬のような生物の顔がおんなじだったでござる草っ!」
齋藤飛鳥はふふん、と鼻を鳴らしてにやけたが、すでに眠そうである。
風秋夕は思い出したかのように、齋藤飛鳥を一瞥してから言う。
「コメントNO.1選手権じゃあ、大流行スイーツを食べて、うまいうまい言って食べきったのに、食後の最後に出た言葉が、『お粗末様(そまつさま)でした』だった」
磯野波平が豪快に笑う。
「どの立場だったんだろうなあ? があ~っはっははあ!」
稲見瓶は齋藤飛鳥を見つめていた視線を、皆へと向き変えて言う。