齋 藤 飛 鳥
「乃木どこの時代、番組のクリスマスに着たい勝負服、みたいな回でね、飛鳥ちゃんはふわふわのニット生地かな? まあ、太ももまである、ピンクの服を着てたんだけどね。脚はニーハイタイツ? ソックス? をはいててね、ようは、下がね、何もはいてないように見える服装だったんだよ。あれは、かなりきわどかった……」
風秋夕は思い出す。
「あ~、隣にいたみさみさが、下はいてんの? みたいにぺら、ってな? めくって、飛鳥ちゃんがおっとと、てあせる、てあれな!」
稲見瓶はにこやかに頷いた。
「日村さんが、俺そういうの好きなんだよ、と興奮してたよね」
風秋夕は思い出しながら言う。
「近い頃だと、乃木どこだろ? 乃木どこだったらなあ……、あの、いくちゃんを掘り下げた企画で、いくちゃんが延々と質問だけを繰り返してくる、ていう苦情のタレコミがあってぇ」
稲見瓶が言う。
「うん、飛鳥ちゃんもきかれたんだよね。憶えてるよ。確か、『ひとは死んだらどうなるの? 結局死ぬのにどうしてみんな生きるんだろう』という質問をされたみたいだった」
風秋夕は笑顔で言う。
「飛鳥ちゃんは『その葛藤も人生なんじゃないかな…』て答えたんだよ確か。はっは、すげえ達観」
齋藤飛鳥の注文したアイスコーヒーが到着したので、風秋夕が近くの〈レストラン・エレベーター〉にそれを取りに行き、眠たそうな顔つきで礼を言った齋藤飛鳥の手前のテーブルに置いた。
磯野波平が大声で言う。
「ノギビンゴじゃあ、飛鳥っちゃんがドラム披露してよぉ、視聴者からのあれで、『小食が不安で仕方ねえから、応援して下さい』ってコメントに対してよ、ドラム打ってから、『就職できてもできなくてもなあ、てめえらのちっぽけな人生なんかたいっして変わんねーんだクソがあ!』だもんなあ!」
風秋夕は嫌そうに磯野波平を一瞥する。
「いやいや、お前の誇張がすぎて飛鳥ちゃんの原型が台無しよ……」
姫野あたるが言う。
「『就職できてもできなくても、お前の人生たいして変わんねーよ!』でござろう」
稲見瓶は言う。
「実は『当たって砕けろー!』まで言ってるんだけどね、攻撃的な部分だけ世間的なイメージになったね」
磯野波平は満面の笑みで言う。
「飛鳥っちゃんの今のつえーイメージのさきがけ、みてえなやつだったな!」
風秋夕はにやける。
「似たようなのだと、なんかのCMな。『お前ら彼女いた事ねえだろ』みたいなな? イメージがCMのネタになるって凄くねえ?」
磯野波平ははしゃいで言う。
「缶切りの使い方も知らねえツンデレに言われると思うと、なんか興奮すんなあ? 下半身の方が!」
「ハァウス!」風秋夕は齋藤飛鳥の事を気にして驚いたように叱った。「その深夜テンションやめろ! 中二のガキじゃありまいし! ……まあ、缶切りはまだしも、缶ジュースのプルトップも爪が折れそうだって、開けた事なかったんだぜ? しかも学生時代まで、はっは、か~わいい」
稲見瓶は呟く。「ある意味、奇跡だね」
すぐに、磯野波平が続く。
「奇跡っちゃあよぉ、ヒット祈願のミャンマー1人旅、あれ雨期に行ったろ? 本来なら雨季のミャンマーでなんか撮影どころじゃねえらしいぞ、なのに、飛鳥っちゃんは晴れの奇跡起こしたろ! 奇跡だろこれ!」
風秋夕は眠たそうに話を聞いている齋藤飛鳥を一瞥して、感心する。
「ああ、たびたび雨は降ってたみたいだけどな、飛鳥ちゃんが外にいるうちは1度も雨に打たれてないらしい」風秋夕は閃(ひらめ)いたように笑顔になる。「奇跡の存在と言えばさ、いつかバナナマンさんが観戦した乃木坂の神宮ライブでさあ、飛鳥ちゃんが設楽さんの眼の前に来てさ、三万五千人とか入ってる会場が、興奮の渦の中にいる時にだよ? 飛鳥ちゃん、サインボール、二個投げるんだけど、一個残ってるからって、設楽さんに『いります?』て普通の感じでしゃべりかけたらしいし!」
磯野波平は笑う。
「設楽さんなんか、慌てて『いいよいいよ! 投げなよ!』てあせったらしいからな。なんかな、俺はな、飛鳥っちゃんのそういうとこ、好きなんだよ。だってオンリーワンだろ? そんなの。普通興奮してて無理だぜ? しないぜ?」
稲見瓶は、ついに黙ったままになった眠たそうな齋藤飛鳥に、大きめのクッションを届けながら言う。
「そんな飛鳥ちゃんだけどね、飛鳥ちゃんも緊張しないわけじゃなくて、全国ツアーの新センターでの、みんなで手を合わせる掛け声あるよね? その前にやるミーティング、みたいな申告ではね、飛鳥ちゃんは初めて何かをみんなに伝えようと手を挙げた時に、あ、ダメだ、やっぱり泣いちゃうかも…と、緊張して泣いていたよ」
全員が、齋藤飛鳥の事を一瞥した。齋藤飛鳥は、眼を瞑り、大きいクッションに寄り掛かっていた。
稲見瓶は言葉を続ける。
「そのライブの本番ではね、涙を堪えて、立派にMCを務めてた……。だけど、生駒ちゃんの優しい言葉で、飛鳥ちゃんの堪えていた涙は流れちゃったけどね」
16
風秋夕は、齋藤飛鳥を起こさぬように小さな声で喜ぶ。
「ナイス生駒ちゃん! さっすがだぜ! そこで飛鳥ちゃん泣かしてくれるからな~、乃木坂の主役だよやっぱ、生駒ちゃんは! ナルトだよあの人は!」
駅前木葉は久しぶりに発言する。
「生駒ちゃんは、ライブには欠かせないお人でしたね」
風秋夕はうんうんと、頷いて言う。
「ノギビンゴでさ、乃木坂ドールハウス、てやったじゃん? 生駒ちゃんの人形がまなったんで、ひめたんの人形が」
「飛鳥ちゃんだったね」稲見瓶は言った。「ゴスロリの飛鳥ちゃんは、その時初めて見た」
風秋夕は楽しそうに言う。
「そう、ゴスロリ着た人形やったんだよ飛鳥ちゃんが。それがもうツンデレの絶世期みたいな頃だから、もう、やりたくなさそ~に人形やって、いう事聞くのが、か~っわいっくてさあ!」
磯野波平は腕組みをして、深く感心しながら言う。
「そんなプライドの女王みてえな飛鳥っちゃんがよう、乃木中のロシアン段ボールじゃ、すっぽりケツから中に埋まってな?」
風秋夕は笑う。
「こんな、屈辱的な……恥ずかしい、て笑ってな、飛鳥ちゃん」
稲見瓶は、急に指先を口元に立てて、皆に視線の誘導で齋藤飛鳥を一瞥させた。
「寝てるのかな?」
かすれた小さな声で、稲見瓶が言った。
小さな声で、風秋夕が囁く。
「誰か偵察に行け……」
小さな声で、姫野あたるは敬礼をして「了解…、小生、今から夕殿の犬になるでござる。なんでも命令ござれ」と囁いた。
風秋夕は、しばし呆然と、姫野あたるを見つめてから、やる。
「お手」
「わん!」
「おかわり」
「わん!」
「おまわり」
「わおん!」
姫野あたるは忠実に、犬を形態模写して、風秋夕の要求する芸を繰り広げていく。
「チンチン」
「ハァ、ハァわおん!」
「これ女の子がやったら可愛いだろうな?」風秋夕は皆に言った。それから、風秋夕は表情を一変させる。「待て!」
「ハァハァ!」
姫野あたるは、『待て』をした。
「いやその待てじゃねえよ!」風秋夕は、そう言ってから、磯野波平を睨む。「て~めえ、また! くせ!」
姫野あたるは、咄嗟に『ふせ』をした。