齋 藤 飛 鳥
風秋夕は眼玉を興奮させながら姫野あたるに言う。
「ふせ、じゃねえよくせえって言ったんだよもう犬やめろめんどくせえから!」
犬をやめた姫野あたるは、ソファに戻りながら、磯野波平を卑屈そうに睨んだ。
「また屁をこいたでござるな……、波平殿……」
磯野波平は普段通りの声のボリュームに戻して、にこやかに言う。
「テイク2ドッキリ、つう企画もあったなあ?」
「いいか貴様、もう今日はんぜってぇえ、に、屁ぇこくんじゃねえぞ! お姫様す~ぐそこにいんだからな!」
風秋夕は声を絞って説教を終えた。
稲見瓶は鼻をつまみながら言う。
「1度、普通にドッキリを仕掛けて、撮れてなかったからもう1度、ドッキリを初めてのように受けてくれ、という面白い発想の企画だった」
磯野波平は尻をぱんぱんと叩きながら言う。風秋夕は「こらやめんか! 毒をまくな!」と怒っていた。
「飛鳥っちゃんはなあ、すれ違う時に、おっさんに『ちょ待てよ!』って耳元でいきなり大声出されるドッキリだったな~」
風秋夕は顔をしかめて言う。
「いやシンプルに『こら!』でしょ……。なんで『ちょ待てよ!』てそこでキムタク出て来ちゃうの……。『こら!』でしょうよ」
「そうだったっけかあ?」
稲見瓶は苦笑する。
「飛鳥ちゃんは笑っちゃってて、テイク2はグダグダだったね。笑いを目的としたふざけた企画なんかでは、嘘の付けない人なんだと思ったよ」
駅前木葉が言う。
「17枚目シングルのインフルのヒット祈願では、飛鳥ちゃんさんは凍った滝、氷瀑(ひょうばく)に上りましたね~」
風秋夕は考えながら大袈裟(おおげさ)な表情で言う。
「あれが過去1かもな~……。しかも飛鳥ちゃん、遅れてきたよな、スケジュールで……」
稲見瓶は頷いた。
「うん。練習も、飛鳥ちゃんはほとんどしてない状態でのチャレンジだった。あれは本当に凄かった……」
風秋夕は思い出したかのように、吹き出しながら言う。
「さっきも話したけどさ、クッキーショットっていう、大流行スイーツを食べて、他人とかぶらないコメントをしよう、ていう乃木中のコーナーでさ、飛鳥ちゃん、自分のコメントの番もう終わってんのに、もうみなみちゃんに順番行ってんのに、クッキーショットず~っと、一心不乱に食べてて、っは、それ、マ~ジ、可愛すぎたわ!」
磯野波平は尻をなぞるように触って、その手をくんくん、と嗅いでから、激しいくしゃみをして、笑顔で話し始める。
「なんか設楽さんに『食べてますね』とかなんか会話ふられて、飛鳥っちゃん必死に『今今』言ってたよな~?」
姫野あたるは、悪さを働いた猿を見つめるような顔つきで、磯野波平に呟(つぶや)く。
「下品を越えて、人類には見えなくなってきたでござる……」
風秋夕は皆を見て笑う。
「『牛乳を入れておくとぉ、溶けるんですよチョコが、今、今、今、超美味しい、今』だろ? はっは、か~わい!」
稲見瓶も薄っすらと微笑む。
「しかもメンバーのコメント中に食べ終えたからね」
風秋夕がにこやかに言う。
「で、設楽さんに『どうです?』てきかれて、飛鳥ちゃんの名言の1つ『お粗末様(そまつさま)でした』が生まれたと」
磯野波平は大笑いする。
「弁部食っといてお粗末様でしたって、ありえないよ、どんな立ち位置だよ、つって日村さんも笑ってたもんな!」
稲見瓶が言う。
「お粗末様でしたは、基本、お菓子を提供した側の言葉だからね」
風秋夕は考える。
「それって何年ぐらいだ? 飛鳥ちゃん何歳ん時?」
稲見瓶は考えずに言う。
「いや正確には調べないとわからないけどね、2016年から17年頃だとすると、その頃の全国ツアーの仙台では、飛鳥ちゃんのお宝映像があった。『硬い殻のように抱きしめたい』をソロ歌唱した、ライブ後の控室で、メンバー達が飛鳥ちゃんに『良かったよ、感動した』と声をかけて、飛鳥ちゃんが涙をいっぱいに浮かべて喜ぶ、というものがあった」
風秋夕はにやける。
「17年の全ツなら、大阪で、ゆったんの撮影した、飛鳥ちゃんとデートナウに使っていいよ、があったな。Tシャツの中に両手を隠してる飛鳥ちゃんだぞ、ヤバくね?」
磯野波平は満面の笑みを浮かべる。
「おティンティンがね! もうね!」
「ハァァウスッ‼‼」
姫野あたるはかかかと笑いながら言う。
「飛鳥ちゃん殿の初めてのバスケットボールドリブルで、飛鳥ちゃん殿はあまり運動神経が良くない事が公(おおやけ)になったでござる」
風秋夕は腕組みをして言う。
「まま、CDのDVD企画の方では、運動会とかしてるけどな」
磯野波平はにやける。
「あすにゃん、だっけか?」
風秋夕は口元を笑わせた。
「あーゼッケン? そうそう、そんな感じだった」
磯野波平はソファにふんぞり返った。
「まあ~な、乃木どことかでも運動系はやってんだけどな」
稲見瓶は言う。
「のぎ天でもやってるね」
姫野あたるは懐かしそうに言う。
「2018年には、飛鳥ちゃん殿は『あの時、君を追いかけた』の主演女優をしてるでござるよ」
磯野波平は、ソファから跳ね起きて、強烈に顔をしかめる。
「ありぃ? 『あの頃、君を追い回した』じゃなかったっけ?」
風秋夕は納得する。
「お前ならそうだろうな」
稲見瓶は澄ました態度で言う。
「正解は『あの頃、君を追いかけた』だね。何度も映画館に観に行ったよ」
磯野波平はにんまりと笑みを浮かべる。
「ポニーテールがヤバいんだよな?」磯野波平は、更に首をひねる。「あれ、なんかよ、カップスターの蓋が、『あの頃、君を追い回した』の時な、あったよな?」
姫野あたるは微笑んだ。
「設楽さんと日村さんが『冬のソナタ』と間違えたパッケージでござるな? あったでござるあったでござる」
風秋夕はソファに背を預けて、口元を笑わせて、眠りにつく齋藤飛鳥を愛しそうに一瞥した。
「飛鳥ちゃんって、ヒロイン、て感じするもんな」
磯野波平は大きく何度か頷いた。
「ぜってえ主役だな」
姫野あたるは、飲んでいたアイスコーヒーをテーブルに戻してから、微笑む。
「ヒロインといえば、飛鳥ちゃんは殿は数々のヒロインをしているでござる。【あさひなぐ】とか」
磯野波平は顔をしかめて苦笑する。
「『あさひなぐ』は舞台行けねえでブルーレイだったかんな~」
姫野あたるははしゃぐ。
「ドラマの『映像研には手を出すな』も面白すぎたでござる~! 映画版も最高でござったし!」
風秋夕はにやけて、姫野あたるを見つめる。
「あら、もう映像研いっちゃうの? まだ『ザンビ』とかあるんだぜ、ダーリン」
「ザンビ! 恐かったでござる!!」
稲見瓶は深く納得をこぼしながら、発言する。
「でもザンビも本当に秀逸な作品だったよね。確かに恐ろしい描写は幾つもあったけど、終盤は恐怖を忘れて続きが気になった」
「ザンビというと、小生、お年玉を母方の親戚の子供達にむしり取られた記憶がからむのでござるが、なんででござろう? はて?」
風秋夕は姫野あたるに言う。
「19年の1月からの放送だったからだよ、たぶん。そうだった気がする」
駅前木葉はその整った顔を、うっとりとさせて囁くように言う。