齋 藤 飛 鳥
磯野波平は豪快に笑ってから、腹を触る。
「なあよう、なんか食わねえか? まだまだ話すだろ? 一回食いもん食っとこうぜ!」
17
ソファに横になって眠りに落ちている齋藤飛鳥には、Diorのオブリーク・カシミア・ブランケットがかけられている。駅前木葉は惹き付けられるようにそちらを一瞥してから、がやがやわいわいとする皆に言う。
「飛鳥ちゃんさんは、責任感が強いんです。それも、人一倍に」
風秋夕はにやける。
「あー、強いな、飛鳥ちゃん。完璧、みたいなオーラあるからな」
姫野あたるは皆に言う。
「しかし隙と言うか、人間らしいところもあるでござるよ。その1つに、飛鳥ちゃん殿は、恥じらいがあるでござる。5日の乃木帯の、れんたん殿の『あざとく告白して下さい』という宿題に対し、飛鳥ちゃんは恥じらい、最後までやらなかったでござるし、人間っぽいところで言うと、映像研の宣伝期間中、ウェイボか何かの媒体で、生配信をした時に、山下美月ちゃん殿を紹介する際に、カリスマ読者モデルでアニメーターの水崎ツバメ役を演じられました、山本……。と、山下美月ちゃんの名前を、似た名前の芸能人、山本美月さんと間違えそうになったでござる。草っ」
風秋夕はにやける。
「あーはいはい、あったな。『え、嘘でしょ…、信じられないそんな事ある?』てフレームの外から美月ちゃんの文句聞こえてたな、はっは、完璧って無いな、この世には」
稲見瓶は苦笑する。
「ガチだよ絶対…、緊張してるんですか? 嘘でしょ、顔真っ赤、……と美月ちゃんは戸惑いながら驚いてたね。飛鳥ちゃんは笑ってた」
駅前木葉も言う。
「こんだけやってきて……、4年目…。嘘でしょう、とカメラの外で取り乱している美月ちゃんさんを尻目に、飛鳥ちゃんさんは、大笑いが止まらない様子でした、ふふ」
磯野波平が面白がって言う。
「しかもな、そん時、美月ちゃんの紹介また始めた飛鳥っちゃん、『誰だっけ?』つったからな!」
風秋夕も笑う。
「あそうだ、はっは、そうだわ!」
駅前木葉はアイスコーヒーをテーブルに戻しながら、皆を一瞥する。
「確かに人間らしい1面もちゃんとありますね。だからこそ、広く愛されるんだと思います。完璧な彼女も然(しか)り、人間らしい彼女も然り」
風秋夕は、心地いい気持ちを、そのまま言葉に表す。
「なんか、音楽でもかけるか?」
姫野あたるは、思い出したかのように必死な顔になる。
「人間らしいといえば、飛鳥ちゃん殿はのぎ天で、写仏を描いた事があるでござるが、」
「あれシカトされてんだ俺……」風秋夕は驚く。
「それがまるで、雪だるまの化身のような写仏(しゃぶつ)を描いたでござる。精神修行の回でござったゆえ、普段よりもいささか上手に見えたでござるが、あれは常人には描けぬ……。寺の和尚(おしょう)さんに、雪だるまのような部分を褒められた飛鳥ちゃん殿は、真剣に和尚の話を聞いていたでござる。ゆえにふざけて描いたわけではござらん、本当に自分の思う写仏をして、雪だるまの仏を生み出したのでござる!」
「しゃぶつ、て何だよ?」磯野波平は姫野あたるを見る。
「写(うつ)す、仏(ほとけ)、と書いて写仏(しゃぶつ)、でござる。仏像(ぶつぞう)のデッサンでござるな」
風秋夕は溢れ出す深い深い思いに浸(ひた)る。
「のぎ天時代……、懐かしいな……。それがあって、今があるんだもんな……」
稲見瓶は、そんな風秋夕を一瞥して、口元を笑わせた。
「『乃木坂ってココ!』の時代の飛鳥ちゃんは、吹奏楽部(すいそうがくぶ)だった」
「え? 何それ」風秋夕は稲見瓶をしっかりと見つめる。「えぇ? いつの回?」
「ああ、ごめん」稲見瓶は無表情で答える。「吹奏楽部なのは、実際の学校の方でね」
「ああそういう事か……」
稲見瓶は言葉を再開させる。
「アンダー時代……。貴重な番組だった。アンダー運動王決定戦では、高跳(たかと)びを怖がって跳べず、飛鳥ちゃんは笑いながら泣いていたね」
風秋夕は視線を優しいものにして、呟く。
「あの時代、けっこう泣いてたな、飛鳥ちゃん……」
磯野波平が意気揚々と言う。
「その時代でいうとよぉ、『扇風機』か? なあ? いやぁーなあ、あのサビのダンスん時、パンツ見えそうでハラッハラ、なあ? サカったもんだぜえ」
「ハァァウスっ‼‼」風秋夕はびっくりして怒鳴った。
「あぁん?」磯野波平は片眉を上げて、しかめた顔を風秋夕に向ける。「だ、ハウスしねえよ? 嘘を語ってどうすんだこら、全く偽善者野郎(ぎぜんしゃやろう)かねちみは!!」
「しまっときゃいいでしょうよ」風秋夕は困った顔で言う。「みんなで共有しにくい感情はしまっときなさい!」
「だって」磯野波平は半眼で知らん顔する。「あの時代のスカート短けえし、MVのスカートもひらっひらしてたし。扇風機なんとなく振り付けエロイし」
「ハァァウス!!」
姫野あたるはにこやかに笑う。
「その後の時代に、飛鳥ちゃん殿は前髪を伸ばす時代に突入するでござるよ。『命は美しい』の時でござるな」
「ああ、流してたな……、前髪伸ばして」風秋夕は、嬉しそうに姫野あたるに手を差し出す。「確かに、憶えてるよ、ダーリン!」
「おお、これはこれは、光栄でござる」
姫野あたると風秋夕は、固い握手を交わした。姫野あたるは気分よく、更に思い出すかのように説明を始める。
「みさみさが口から刺身か何かを飛び出させていて…、口から出てるよと、メンバーに指摘され、『口がちっちゃいの』と可愛く食べるシーンが何かの時にあったでござるが、飛鳥ちゃん殿はそこで、『違うよ! わざとだよ! 私知ってるもん』と口を挟(はさ)んだでござる」姫野あたるは皆の顔を見回しながら微笑む。「なんでわざとはみ出さなくちゃいけないの? という飛鳥ちゃん殿へのメンバーの突っ込みに、飛鳥ちゃん殿は『だって可愛いじゃん』とバッサリと斬り倒したつもりでござったが…、メンバーからの『怖いね中学生』『そういう事考えられるって事か』『日頃からやってるって事か』というふうに、逆にめった斬りにされていたでござる。草ぁっ!!」
「飛鳥ちゃんさんは、その時なんて?」駅前木葉が質問した。
「なーんでよ! ねえーえー、と唸(うな)っていたでござる草っ!」
話を楽しみながら、風秋夕は香草の煮込みカレーを食べている。磯野波平はステーキ丼を食べていた。
姫野あたるは言葉を続ける。
「ガクたび、では、飛鳥ちゃん殿とまなったが、高校生達に混ざって、学校で授業を受けたでござる」
風秋夕は反応をみせる。
「あー、昼は女子にまざってな? お弁当食ってな! 校内放送したり、あれ? いきなり着替え始めた男子に、妙に反応して怯えたのって、その時だっけ?」
「誰が怯えたでござる?」姫野あたるは真顔できく。
「飛鳥ちゃん……」
「ああ、そうでござるよたぶん! リベートの授業に参加した日の飛鳥ちゃん殿でござるな、つまり。一緒にいたまなったんは、怯えなんだか?」
「にこにこしてた」風秋夕は笑った。
ステーキ丼を雑に食べ終えた磯野波平は、口の周りをぺろりと舐めてから、嬉しそうな笑顔を皆に向ける。