齋 藤 飛 鳥
稲見瓶は笑顔で答える。
「飛鳥ちゃんのラブレターがめぐる物語だったね。これも2012年だ。5枚目、『13日の金曜日』」
風秋夕は腕を組む。
「2013年だな。MVの、みんなが徐々に集まってくるダンスは、マジもんのフラッシュ・モブなんだよな」
磯野波平は、とろけそうな笑顔を浮かべる。
「飛鳥っちゃんがよぅ、ハーフ・ポニーなんだよ……」
稲見瓶は会話を続ける。
「6枚目、『扇風機』。飛鳥ちゃん初期の、伝説のセンター曲だね。この楽曲に思い入れのあるファンは意外と多いと思う」
「2013年の夏だった……」風秋夕はそう言ってから、笑みを浮かべる。「意外にもさ、こうして時系列で考えると、二回目のセンターなんだよな?」
姫野あたるはクッションを強く抱きしめる。
「扇風機、最強でござる……。はあ、尊い……」
稲見瓶は言葉を再開させる。
「8枚目、『生まれたままで』。これは2014年、穴が空くほどMVを観た記憶があるよ」
駅前木葉は齋藤飛鳥を見つめて、笑みを浮かべる。
「ええ、なんか、わかりますよ。特徴的なMVですよね」
風秋夕は言う。
「9枚目の飛鳥ちゃんアンダー楽曲は『ここにいる理由』だよな。これも面白いMVだった、観たもんな~、なんっかいも……」
稲見瓶は笑みを浮かべる。
「飛鳥ちゃんの貴重な食事シーンがMVにあるよ。けっこう食べてるよね」
「うまそうにな!」風秋夕はにかっと笑った。
稲見瓶は皆を見回すようにして見る。
「飛鳥ちゃんの10枚目アンダー楽曲が、『あの日僕は咄嗟に嘘をついた』だね。アンダー楽曲の初期からの名曲として名を残してるこの楽曲に、実はね、飛鳥ちゃんは参加してる」
磯野波平は感心する。
「飛鳥っちゃん、意外としっかりアンダーもやってんだな……」
稲見瓶は、まだ寝ぼけている齋藤飛鳥を短く一瞥して、囁くように言う。
「乃木坂のアンダーもアンダーのセンターも、選抜も福神も、表題のセンターも、全てを経験してるのは飛鳥ちゃんと未央奈ちゃんしかいない。飛鳥ちゃんは、その最後の一人だよ」
風秋夕はビールジョッキを握りながら囁く。
「そんでもって、『あの日僕は咄嗟に嘘をついた』が、飛鳥ちゃんの最後のアンダー楽曲だ……」
姫野あたるは尊い記憶を思い出していくように、儚い眼をする。
「『海流の島よ』が初のセンター、二度目のセンターは『扇風機』……。そして、『あらかじめ語られるロマンス』では、飛鳥ちゃん殿とみなみちゃん殿のWセンター……、うぅ、うう、いささか、小生には深すぎる歴史でござる……。色々と、受け取ったものが大きく尊い……。思い出には、ありがとうがいっぱいでござる……、くぅぅ……」
風秋夕は、姫野あたるの言葉と思いを受け継ぐ。
「飛鳥ちゃんは『僕だけの光』もセンターだ……。これがまた、名曲なんだよ、僕だけの光……。『あんなに好きだったのに…』も飛鳥ちゃんがセンターだな」
稲見瓶は頷いて、発言する。
「他にも、『キャラバンは眠らない』に、『ウィルダネス・ワールド』。『ウィルダネス・ワールド』はMVも特に印象的だった……。今もたまに観てるし、あの殺し屋の集団がどんな組織なのかもいまだに気になる」
風秋夕は齋藤飛鳥を一瞥して、微笑む。
「忘れちゃならない『硬い殻のように抱きしめたい』な……。まあ、これはソロだが、名曲だ……。つい名前を出したくなる、はは」
稲見瓶はにこりと頷いた。
「わかるよ。かたからは名曲でいて、歌うのが難しいよね。何度か挑戦して、けっきょく歌えた事は1度もなかったな……」
姫野あたるは言う。
「そして、飛鳥ちゃんが1番好きだという『ありがちな恋愛』でござる……。これは、飛鳥ちゃん殿と、まいやん殿の、Wセンターでござるな。小生もこの曲が、大っ好きでごあざる!」
稲見瓶は、皆を見て、言葉を再開させる。
「『深読み』も飛鳥ちゃんのセンター曲だね……。これで、飛鳥ちゃんのセンター曲は全部出てかな」
磯野波平はソファに片脚を乗せて、膝の上に腕を乗せて、野武士のように厳つく言う。
「あれだろぉよ…、『これから』は? 『これから』はどうなんだ? あぁ? あれも飛鳥っちゃんの楽曲だべ?」
「だべ、て……」風秋夕は嫌そうに磯野波平を一瞥した。「どこご出身でしたっけ? 東京じゃなかったっけあんた……。まあいいやそれソロな。『これから』はソロ曲……。まあ、飛鳥ちゃん楽曲の1つで、貴重な最後の楽曲だけどな……」
齋藤飛鳥は、寝ぼけながら、ソファを立ち上がった。
皆は一斉に齋藤飛鳥に視線を釘づける……。
「だれが子供だ、アホか……」
齋藤飛鳥はそう呟(つぶや)いて、すとん、とソファに腰掛けた。そのまま、Diorのオブリーク・カシミア・ブランケットをぐいっと己にかけて、またソファに寝そべった。
「子供?」
風秋夕はそう呟いて吹き出して笑った。
姫野あたるは優しい表情で微笑む。
「一体、どんな夢の中にいるでござるか、この天使殿は……」
稲見瓶は齋藤飛鳥を見つめながら言う。
「天使、だし……、子供の頃の飛鳥ちゃんなら、例え方は、間違いなく美少女、だったね。そういえば、雑誌のBRODYさんの飛鳥ちゃんのキャッチコピーで、『存在そのものが奇跡と評される、革命的美少女!』というのがあった……。BRODYさん自体が、革命というテーマを持って雑誌作りをしている中での、その例えだからね。BRODYさんは全てをかけて飛鳥ちゃんを評価してくれた……。BRODYさんは内容的にも素晴らしい雑誌で、存在的にも大物だ。当時は本当に、ありがたい飛鳥ちゃんへの評価だった」
風秋夕は、またすやすやと安らかな眠りに落ちていった齋藤飛鳥を一瞥してから、ゆっくりと、微笑んだ。
「存在そのものが奇跡、かぁ……。本当に、乃木坂に革命を起こしたよ、飛鳥ちゃんは……。乃木坂の10年を作り、風のように11年を駆け抜けた……。今の乃木坂の骨子は、そういう1期生や2期生が形作った歴史そのものだよ。そんな中で、飛鳥ちゃんは奇跡を起こし続けた……。最初は小さな、小さな存在だったその笑顔が、いつしか国民を惹きつける笑顔となり…、やがては世界を魅了する笑顔になった……。そういう人なんだよ、齋藤飛鳥、っていう人は」
磯野波平は、眩(まぶ)しそうにはにかんで、齋藤飛鳥を見つめる。
「よっく泣いてたな~~……」
姫野あたるは屈託なく微笑んだ。
「そしてよく怒ったでござる……」
駅前木葉は尊く、齋藤飛鳥を見つめた。
「そして…、よく笑ってくれましたね……」
稲見瓶は、静かに眠っている齋藤飛鳥を見つめる。
「いよいよ、紅白だ。卒業ライブをのぞいたら、紅白が最後だね……」
風秋夕は、齋藤飛鳥を見つめたままで、子供のように微笑んだ。
「最後はリリィで観戦しようぜ……。紅白の夜、みんな、大晦日は予定をあけて、六階の〈映写室〉に集合だな。卒業ライブの日程が決まるまで、最後の乃木坂46の齋藤飛鳥を、この眼に焼きつけようぜ……。イーサン、タオルケットを五つ、ここに届けてくれ」
磯野波平は大きな伸びと、欠伸をみせた。
稲見瓶は風秋夕を見つめる。
「なぜタオルケットを?」
風秋夕は笑った。