齋 藤 飛 鳥
ケーキをしょっちゅう買い漁る人は少ない。ケーキを買うのは、誕生日やクリスマスなどの記念日が大抵そうだと仮定する。なので、ケーキに対する顧客は80%は、年に2回しか買わない『一般客』だと仮定できる。
とあるケーキ発注が可能な仮想ケーキ屋に、100人の顧客がいると仮定した場合、『一般客』は80人。80人×2回=160回なので、『一般客』は1年に160回ケーキを発注するという事になる。
残りの顧客は、この仮想ケーキ屋の事を大変に気に入ってくれている『常連客』で、週に1回というハイペースでケーキを発注して買ってくれるものとする。という事は、1年で凡(およ)そ50回。20人×50回=1000回もケーキを買ってくれる、という計算になる。
8割にあたる『一般客』が年に160回しか利用しないのに対し、たった2割しかいない『常連客』は年に1000回も利用する。つまり、1年間に利用する顧客のうち、『常連客』は実に86%を占めているという計算になる。
うちはこの8割の成果を産み出す2割のクライアントと、顧客に対して、特に深い付き合いがある。風秋夕はその2割のクライアントと常に新しい発想を生み続け、日々終わりなき戦いに焦燥(しょうそう)し、疲労困憊(ひろうこんぱい)するのだ。
しかし楽しさが勝つらしい。言い方を換えれば、やめられないとの事だった。今日も部屋中に木霊するほどに乃木坂46のCDを流し、短い休息についている。仕事の出来る人間ほど、疲れはするが、手に入る喜びや楽しさも一際大きな物なのかもしれない。
夕刻PM20時頃、夕食の時刻になると自然と集まってくる奴がいる。前日が徹夜の場合の月野夕も、この時刻になると自然と起きて来る。
「おう、稲見、じゃやますんぜ~~」
中嶋波平は、横柄な態度でその短ラン姿のままリビングの大型ソファへと、倒れ込むようにして、腰を放り投げた。
「おい稲見ぃ、夕はどうしたぁ~?」
中ドアの向こう部屋である、六畳一間のベッドの部屋から、月野夕が眠たそうな顔つきのままでふらふらとパジャマ姿で現れた。
「お~お~、てんめえ、何時まで寝てんだこら……。小3かよ」
月野夕は中嶋波平の座る南側に置かれた大型ソファの正面となる、北側の大型ソファに座り込んだ。眼をこすりながらクッションを抱く……。
「波平……、メシ、作って……」
中嶋波平は顔をしかめる。
「ああぁ?」
「お願い」
「ん~だよ俺がメシ食い来てんのによぉ~……。ちっ、今のてめえじゃ30分後だもんな、作り始めんの。何が食うてえ?」
月野夕はにっこりと微笑む。
「チャーハン、大盛り」
中嶋波平はリビングに面している東側にある12畳の洋室のドアに声を叩きつけるように叫ぶ。
「稲見ぃぃ、お前何食いてえぇぇ? お前もチャーハンでいいのかあ?」
中ドアが開き、Tシャツと学生服のスラックス姿の稲見瓶が姿を現した。
「おああ‼‼」
中嶋波平は思わぬ場所から、のっそりと顔を出した無表情の稲見瓶に短く跳び上がりそうになって驚いていた。
中ドアの向こうにあるトイレから、洗浄水の流れる音が聞こえていた。
「そっちかよ!」
「うん、チャーハンでいい。作ってくれるの?」
中嶋波平はぷいっと大型ソファを立ち上がって、キッチンへと向かった。
「腹減ってからな」
「ん? その荷物は?」
月野夕は、キッチンへとビニール袋を持ち込んだ中嶋波平に、無垢な顔を向けた。
稲見瓶は、中嶋波平とすれ違って冷蔵庫へと向かう。
中嶋波平は、ビニール袋を持ち上げて、月野夕に言った。
「おう……。発売日は、あんま買えなかったかんな。バイト代出たからよ、裸足でサマー、追加で買ってこれたぜ」
稲見瓶は、冷蔵庫から取り出したファンタ・グレープを喉に呷(あお)りながら、中嶋波平の後ろ姿を一瞥する。
中嶋波平は、嬉しそうにビニール袋を胸に抱きしめた。
「お前らが箱で買ってんのは知ってっけどよ……。俺だって、こういうのは愛情だかんな。へっへ、これは、俺んだぜぇ………」
月野夕は大型ソファで中嶋波平を振り返りながら、満足そうな笑みを浮かべていた。
「そうかい。――はあ、腹減った、波平」
「ほいほい、ちっと待ってろ。あ、勝手にCD開けんなよ?」
「はい」
稲見瓶は、冷蔵庫の前ですれ違った中嶋波平に抑揚のない無い声で頷いた。
「油が跳ねると、あれでしょ? あっちに置いておけばいいよ。別に取ったりしないから」
「いやあいつは開ける……。ダメだ!」
「そう……」
リビングから「波平、何枚買ったん?」と月野夕の声が響いていた。
中嶋波平は座視で稲見瓶を見つめる。
「あいつ、人のもんで勝手に遊ぶかんな、付き合い長くなんだろうから憶えとけよ稲見。俺らがまだガキだった頃、俺のオモチャ壊したの、全部あいつだかんな? しかもオカンに殴られてんの全っ部、俺だかんな?」
稲見瓶は言う。
「俺の物は取れないよ。何も無いからね」
「ふ~ん……、そっか。お前、何チャーハンが食いてえ?」
「普通の、中華料理のやつ」
「じゃあ今日は食材見て、俺の黄金チャーハン作ってやるよ。具材は卵とネギと米だけ、うんめえぞ!」
「うん、美味しそうだね。期待してる」
リビングから「早く作れよ~グズノロマ~」という月野夕の声が響いている。中嶋波平は一度リビングへと戻り、月野夕の頭を小突いてから、月野夕ともみ合いの喧嘩を始めた。
稲見瓶は腕時計を確認する。時刻はPM20時24分。ちょうど腹の虫が鳴っていた。
PM22時を迎える頃には、姫野あたると駅前木葉の姿も(株)コンビニエンス・オーバー・トラディッションのリビングフロアに集まっていた。
クラッカーが一発、そのリビングに鳴り響いた……。
カラフルな三角帽子と付けメガネと付け髭をした中嶋波平は、大型ソファに片脚を乗せて、使用済みのクラッカーを投げ捨てた。
「だあっはあ、今日は俺様の誕生日だ~~おらぁ! そろそろプレゼントの時間だろうが、だってそうだろうが俺の誕生日だろうがあ‼‼」
月野夕は嫌そうな顔で口元に人差し指を立てる。
「ご近所様に誕生日が伝わっちゃうでしょうが……。もっと小さくしゃべれ、カス」
「なんか言ったかそこのナンパ野郎っ!! 早くプレゼントぐれえ出せよっくれよプレゼントぉぉっ‼‼」
「歳は幾つになったでござるか?」
姫野あたるがきいた。
「あ? おう。17だ」
「若者でござるな、かっはっは。小生は22になったでござるよ」
中嶋波平は立ち尽くしたままで、姫野あたるをガンつける。
「いいから、おらプレゼントだせよいなかっぺ根暗」
「ひど!!」
駅前木葉は申し訳なさそうに言う。
「正直に言いますけど……、磯野君の誕生日って、聞いてないです。今日はバズリズムの放送があるとだけ、聞いてるんですけれど……」
中嶋波平は不動明王の生まれ変わりのような形相で、月野夕を一瞥してみた。
月野夕は綿棒で耳掃除をしていた。
「どうしてお前は気がきかねえんだいっつもいっつも毎年毎年ぃっ、生まれった時から俺の周りうろちゃろうろちゃろしてる癖によぉ! どうしてハッピーバースデイ、ボス。の一言が言えねえんだ!!」
「誰が言うか、アホか」