ズッキュン‼‼
他にも、N-buna(ナブナ)さんの『夜明けと蛍』や、歌い手さん達のそのカバー。傘村トータさんの作られた『贖罪(しょくざい)』とか、歌い手さん達のそのカバーや、ヨルシカさんや、back number(バック・ナンバー)さんや、Mrs.GREEN APPLE(ミセス・グリーン・アップル)さんや、RADWIMPS(ラッドウィンプス)さんや、湘南乃風さんや、GReeeeN(グリーン)さん、スキマスイッチさんなどをよく聴いています。特に好きなのは、You Tubeアーティストの春茶(はるちゃ)さんです。まなったんさんは、ご存知ですか?
近日では、春茶さんと元乃木坂46三期生の大園桃子ちゃんがコラボレーションしたのですよ。お二人がカバーで歌ったのは『君の知らない物語』というsupercell(スーパーセル)さんの楽曲でした。
まなったんさんは、歌は苦手でしたよね。ふふ、私もです。恐れ入りますが、手を繋ぎたいぐらいに嬉しいですね。
「笑止っ!!」
駅前木葉はデスクから背後へとのけぞって笑った……。
それから、しおしおと表情を落ち着けて、また研究データを見つめる。
いつか、なぁちゃんさんが、まなったんさんとともにしたライブのリハの時、なぁちゃんさんは言いました。「真夏がいると歌えない」。
「笑止っ‼」
駅前木葉は、デスクから背後にのけぞるようにして短く笑った。
それからすぐに、深呼吸をして、真剣に研究データを見つめる……。
なぁちゃんさんは、まなったんさんが、綺麗にキーがずれてる、と言いました。まなったんさんは、そんな時も屈託(くったく)のない笑みを浮かべていましたね……。私があなただったなら、どうでしょうか。そんな笑顔を浮かべられるでしょうか。
確かになぁちゃんさんとまなったんさんの絆の上での笑い話的な話題ですので、それは微笑むのが正解なのかもしれませんね。
ですが、あなたはその普通が、とても魅力的に見える人間です。
まなったんさんの当たり前の笑顔は、正直、私達ファンの心に安静をくれています。それが、当たり前であるからこそ、あなたはとても魅力的で、唯一無二の個性が輝いて見えるのでしょう。
許されているような、愛してもいいと言ってくれているような、それは大きな大きな魅力で、肩から力を抜いてと声をかけてくれているような、元気出して、と笑っていてくれるような、それは慣れ親しんだエールでもあって……。
あなたは私に100年の魔法をかけました。100年間、変わる事のない淡(あわ)い恋の魔法を。
ドアが開く重厚な音が響いた。
「お疲れ様ですね、駅前さん……。コーヒー、淹れてきましたわ」
「すみませんね、気を遣わせてしまって」
御輿咲希が〈実験室〉にインスタントのコーヒーをポッドとカップをトレーに載せて運んできた。御輿咲希は二十二歳の新人研究員で、駅前木葉と同じ研究チームに所属している。彼女の現在の現状的な役割は、美味(うま)いコーヒーを淹れる事だろう。
「どうですか、少しは、気が落ち着きました?」
駅前木葉は、御輿咲希の言葉に振り返る。
「え?」
御輿咲希は、絵画のモデルのように整ったその顔を微笑ませた。
「朝に、まなったんの事で気を病んでいるとおっしゃっていたじゃないですか」
「ああ、はい。ええ、病んでいるわけではなく、気が重い、といった感じですけど……。そうですね、研究に没頭できる時間はまだマシかもしれません。あそこで、ピアノを弾いたり、カラオケに行っている時は、大体が泣いていますから」
「まなったんの、卒業記念写真集の公式Twitterで、毎日まなったんが見れますのよ。ご存知ですか?」
「ええ、もちろんです。卒業記念写真集のタイトルは、確か……」
「『振り返れば、乃木坂』ですわ」
「発売日は……」
「二月二十一日ですわ。どうなされたの、わたくしなんかより、いつもずっと記憶力が鮮明ですのに」
「……ふふ、ダメージ、ですね、きっと」
「ダメージ?」
「はい」駅前木葉は、温かなコーヒーを両手で握った。「それを手に入れる頃に、まなったんさんは行ってしまうので……。記憶を不鮮明にしている自分がいるんです、きっと」
御輿咲希は、立ち尽くしたままで、駅前木葉に感心していた。
「わたくしも、次にもし、あの場所でまなったんに会えたなら、何を言えばいいのか、何をどうしたらこの愛しい、悲しさが伝わってくれるのか、ちょうどいい言葉が浮かびませんわ。引き止めてしまいそう」
「うふふ、それも愛です」
「ええ、わかっていますわ」
「御輿さん、研究において、必要不可欠な13の心得は、ご存知ですか?」
御輿咲希は、真横を横目で一瞬だけ一瞥してから、また駅前木葉の美しい横顔を見つめて答える。
「集中力?」
「まず一つ目。そして?」
「分析力?」
「二つ目。続きを」
「適応、力?」
「そうですね。はい、続いて?」
「忍耐力ですか?」
「そうです。はい、次はどうですか?」
「そうですね……。あ、コミュニケーション能力!」
「そうです。続いて?」
「続いてぇ~………」
「好奇心です」駅前木葉は御輿咲希を見ずに言った。「そして、知への渇望。更に、革新性。そして、共同力。研究はチームで行いますから。そして、先見力。可能性や必要性を見通す能力が必要です。そして誠実さ。研究者は、極めて競争的な状況でも、最善の倫理的慣行に従う必要があります」
「はい」
「そして、飛躍力(ひやくりょく)。閃(ひらめ)きといいましょうか。そう、つまりはインスピレーションです」
御輿咲希は、復唱せずに、声を消して、研究に必要不可欠とされた心得を、指折り数えていく。今のところ、12個であった。
「そして、最後にくるものは、研究においても、乃木坂のファンにおいても、等しく同じ価値ある心です」
「その、最後の1つは? なんですの……」
御輿咲希は、駅前木葉を見据える。
駅前木葉は、にこりと綺麗に微笑んで、御輿咲希を見つめた。
「情熱です」
7
二千二十三年一月二十五日の夜。東京都港区の何処かの高級住宅街に秘密裏に存在する巨大地下建造物〈リリィ・アース〉には、久しく来月の二十六日に乃木坂46からの卒業を控えている二代目キャプテンの秋元真夏が訪れていた。
そう、ここ〈リリィ・アース〉には乃木坂46をはじめとして、そのOGや乃木坂46合同会社の人々が立ち入る、秘密を約束された聖地なのである。
この〈リリィ・アース〉への立ち入りを許された一般人の十名の乃木坂46のファンを、【乃木坂46ファン同盟】という。
そのリーダーが、風秋夕であり、残りの九名の団員が、稲見瓶、磯野波平、姫野あたる、駅前木葉、天野川雅樂、来栖栗鼠、御輿咲希、宮間兎亜、比鐘蒼空(ひがねそら)、なのであった。
今宵(こよい)、秋元真夏との甘いひとときを過ごせている幸運の持ち主は、風秋夕、稲見瓶、磯野波平、比鐘蒼空、の四名であった。
卒業ばかりを見据えるのは理想的じゃないな。まあ、どうしても頭にちらつくのはそれだけ重大なダメージを受けたか、最愛の大イベントであるからかなんだろうが、うまく考えないコツはないもんか……。