ズッキュン‼‼
「微妙だったかな。あんまりよく聞いてない。というか興味が無い」
磯野波平は驚愕(きょうがく)する。
「なんつう事言うんだてめえは菩薩(ぼさつ)みてえなツラしやがってっ! もっと俺っつうジャンクに興味持てよ!!」
風秋夕は座視で、磯野波平を一瞥する。
「お前……、ジャンクって、ゴミクズ、て意味だぞまあぴったりだけど」
秋元真夏は声を出して無邪気に笑う。
「ああっは、波平君、面白すぎっ、っはっは」
磯野波平は、顔をしかめた。
「ああ? あり? バナナマンゴールドで、ジャンク! とか言ってなかったか? 言ってるよなあ? あれ王者! とかって意味じゃねえの?」
「ゴミだ馬鹿め」
磯野波平は、かかっと笑い捨てて、気分一新と、腕を組む。
「ん~。んじゃ、パーバートでいいや。な? 俺パーバート大学出てっからな? があっはっは!」
風秋夕は、眼を閉じて溜息をついた。
「パーバート……。そりゃ意味は変態だ……。まあ、ぴったりだけど。つまりお前が出たっていうのは、変態大学、て事になるまあぴったりだけどな、卒業おめでとう」
秋元真夏は可愛らしく、小さなシュークリームを一口で食べた。その整った瞳だけで、きょろきょろと皆を一瞥している。もう話題は耳に入っていなかった。
磯野波平は、マックナゲットを齧(かじ)りながら首を傾げる。
「あれ世界一の大学だろう? パーバート大学っちゃあ。い、ちげえの?」
風秋夕は笑顔で磯野波平を見る。
「いやまあある意味世界一だろうよ。世界一の逮捕率だろうからな」
「なめてんのかこの野郎っ‼」
「お前が勝手にちらかしてんだろう!! なんもしとらんわこっちは!!」
秋元真夏は小首を傾げてから、にこにこと、言い争いを始めた二人を見つめる。
「ねえ、ね~え……。やらないの? 早口言葉……」
稲見瓶も、マックポテトを食べながら、二人を一瞥した。
「せっかくだし、もう一回挑戦してみればいいよ波平。世界大会で七位なんでしょ?」
磯野波平は、腕組みをして、いばる。
「おおそうだよ愚民共! まなったんは俺の嫁だから、愚民じゃねえかんな~? 俺の早口言葉は世界七位の実力だ! もっかい聞きてえのか愚民の癖に!」
風秋夕はアイスカフェラテを一口飲んでから、落ち着いた座視で磯野波平を見た。
「あのな……。間違えないように、早口するんだぞ? いいか? バチクソ太郎」
「わってるよ。バチ…、今なんつった!」
風秋夕はカフェラテのカップをテーブルに置いて、磯野波平を指差した。
「な~んにも。んじゃ、はじめんぞ、いいか?」
「おうよ!」
「始め!」
「まんこ! こまんこまごまんこぉ‼ にゃんこおまんこまごおまんこぉ‼」
「言ってるぅ確実にぃぃ! 凄い事ぉぉ‼‼」
風秋夕は驚きすぎてアイスカフェラテをこぼした。
稲見瓶は隣に座っている秋元真夏の耳を両手でおさえる。
秋元真夏は肩を竦(すく)めて怯える。
「なになに、イナッチ急に、急になにい!」
「イナッチ今頃耳隠してもおせえ!」風秋夕は立ちあがった。大きいクッションで磯野波平を強烈にひっぱたいていく。「こいつを排除すんぞイナッチ、手えかせ!!」
「埃(ほこり)がたつだろう、がっ、ちょ、やめ、やめろっ!」磯野波平は嫌がっている。開いた漫画本がテーブルの上にある為に、それを守っていた。「やめろキザの助っ! ちょ、ページが変わっちまうだろうがっ‼‼」
約五分五十五秒後――。
秋元真夏は、顕在的な無垢な笑みを浮かべて、磯野波平に微笑む。
「地図帳でえ、チェジュ島探し。いい? わかったあ?」
稲見瓶は素早く言う。
「練習は無しだよ、今声に出して繰り返したら罰ゲームだ。一生風呂に入っちゃダメにしよう」
「すんっげえ女子に嫌われっちまうじゃねえかそれじゃあ……。てめえも、なめてんなあ最近、俺ん事ざつに扱いやがって! もっと丁寧(ていねい)に扱うんだよこのお馬鹿さんがっ! 僕は心がオリーブなのだからぁ‼」
磯野波平はどこかのおぼっちゃんのような眼差(まなざ)しで稲見瓶に叫んだ。
「それを言うならナイーブだ。バカめ」
風秋夕は吐き捨てるように呟いた。
「とにかく、声に出して練習したら、誰でもすぐできるようになるからフェアじゃない。波平は全国七位なんだから、尚更だ」
「っへへ! まな!」
磯野波平は、やる気満々に、片腕をぶんぶんと回して笑みを浮かべた。
風秋夕は、澄ました顔でアイスカフェラテを飲んで、磯野波平を見る。
「地図帳で、チェジュ島探し……。いいか?」
「おう! か~んたんだろうがっ! だってまなったんもやってたもんなあ?」
秋元真夏はシュークリームを口に入れてから、気がついたような笑顔で、磯野波平を一瞥した。
「うん、やった~。全然言えなかったけど、んふふ」
「簡単すぎんぜぇ~、もっとこう、ヤベえのねえのう?」
稲見瓶は、考える。
「そうかな。意外とややこしいけどね……」
風秋夕は、磯野波平を見つめる。
「いいか波平。ようし、んじゃ、始めんぞ~……。始め!」
「ちつ上等で! ちつ鬼頭探しっ‼‼」
「ハァァァウスっっ‼‼」風秋夕は眼玉をおっぴろげて立ち上がって、磯野波平を上から指差す。「はいセクシーハラスメントォォ‼ お前ダメ歩くコンプライアンス違反!! 全然ダメだ早口の才能がねえ! あと煩悩(ぼんのう)が凄い! 凄すぎ煩悩! 凄すぎ! お前は!」
稲見瓶は、笑う秋元真夏に、微笑む。
「やっぱり難しいね」
「そうなの、難しかったの……。あはは、夕君、まま、落ち着こう?」
「言えてたろうが!」
「じゃあ何を言えたんだ貴様はっ! 崇高なる乃木坂46の二代目キャプテン、生ける伝説の前でっ、何が何を探してんだこのっ馬鹿者ぉぉぉ‼‼」
稲見瓶は冷静に囁く。
「まあまあ……、心がナイーブな、早口言葉世界大会第七位の波平君…、短いのはどうかな? 設楽さんが昔難しいと言ってた『僕ボブ』を10回とか……」
風秋夕は、秋元真夏に微笑む。
「まなったん挑戦してみてよ」
磯野波平は、にやり、と秋元真夏を見て笑った。
「じゃあよぉまなったぁん…、ここはいっちょ、勝負といこうぜぇ?」
「えー…いいよう?」秋元真夏ははにかんだ。「じゃあ、何か賭けるぅ? 何賭ける? 何賭けよっか? 何がいい? 何賭ける?」
「天翔龍閃(あまかけるりゅうのひらめき)っ‼」
磯野波平は真剣に叫んだ。――眉間を険しくさせて何かをバッサリと斬ったような仕草をしている。
風秋夕は嫌そうな顔をした。
「るろ剣な……。いや、あのさぁ……、あんま意味わかんない事やめてくれるぅ? お前のギャグセンス一般人に伝わりにくいからさぁ……」
稲見瓶は無表情で言う。
「パーバート大学の人達にはきっと伝わる」
「ぶっ殺すぞ無表情!」
風秋夕は、秋元真夏に上品な笑みを向ける。
「はい、まなったん。『僕ボブ』ね。10回」
秋元真夏は、笑みを呑み込んで、早口言葉に備えて、にやけようとする表情を落ち着ける。
「待ってね……。おほんっ、……。はい」
「じゃ行くよ? …はい、始め!」
「僕ぼふ僕ぼふぼくぼくぼくっはっはは、……あはっは、無ぅ理、…無理だわ」
男子達は笑う。