ズッキュン‼‼
磯野波平は偉そうに言う。
「じゃあ『傲慢(ごうまん)』ならどうよ? 『傲慢』を10回!」
「嫌な予感がする……」
風秋夕は眉を顰めた。
秋元真夏はにっこりと微笑んで「いいよう」と頷いた。
「行くよ、はい、行きます………。傲慢傲慢傲慢ゴーマンゴーマンゴー、マンゴーマンゴーマンゴー、あれ? うっふ、あれ言えてる? んっふ」
「おしい!!」
磯野波平は悔しそうな顔で舌を打った。
風秋夕は、座視で磯野波平を見る。
「何がおしいんだお前の場合は……、何を待ってた……」
「はいうっせえ消えろカス」
風秋夕はソファを立ち上がって、磯野波平の頭をクッションでひっぱたいた。
磯野波平はぴーぴーと騒ぎ立てながら、覆い被さるようにして漫画本を防御している。
秋元真夏は、今度は大きめのカシューナッツの鏤(ちりば)められた生地(きじ)のシュークリームを頬張(ほおば)る。
稲見瓶は、欠伸をして、何気なくよそ見をして、ソファから跳び上がりそうになって驚愕した。
そこには、一切の存在感を消し去った比鐘蒼空がいた。
風秋夕は、クッションを投げて磯野波平に叩きつけてから、ソファに着席した。
秋元真夏はもぐもぐしながら微笑み、笑った猫のように風秋夕を見つめる。
「夕君、暴れたから罰ポイント……。はい、何か歌って?」
「え? 俺が? こいつが罰ポイントじゃなくて?」
風秋夕は戸惑った表情で、磯野波平を親指で指差した。
磯野波平はがさつに大笑いしている。
秋元真夏は風秋夕を指差した。
「夕君……」
「俺の歌聴いちゃうと、惚れちゃうけど、それでもい?」
秋元真夏ははにかむ。
「やってみろ」
「比鐘君……、いつからそこに?」
「稲見さんより、前にいましたけど……」
「早く歌えかっこつけマン」
「わ~ぱちぱちぱち~~」
「おほん……。愛しい」
愛しいあなたに 届け祈り花
苦しみも痛みも全部 愛に変えて
優しさに溢れた あなたに今
会いたくて 触れたくて 響け心の叫び
Never wanna let this melody fade away
このメロディを消したくない
Never gonna let this memory go away
この思い出は絶対に離さない
Oh oh you got sing like
あなたが僕に歌わせた
8
地下二階の東側のラウンジのソファ・スペースには、今宵新たに乃木坂46三期生の梅澤美波と、岩本蓮加と、山下美月と、与田祐希が参加していた。
秋元真夏は屈託のない笑顔を浮かべる。
「うん、チキンカレー!」
風秋夕はにこりと微笑んだ。
「チキンカレーが一番好きなカレーなんだ? へ~、意外かもな。なんか、もっとこう、なんたらスパイスの、なんたら風カレー煮込み、とか言いそうだけど」
秋元真夏は、苺(いちご)パフェの生クリームを口に運びながら微笑んだ。
「ううん、チキンカレー。だんとつ」
稲見瓶は秋元真夏を一瞥してから言う。
「でも、俺の知人のインドの人も、一週間カレーを食べ続けるらしいけど、火曜に食べたチキンカレーを、金曜あたりにまた食べたくなるらしいよ。日替わりカレーの一週間の中で、チキンカレーだけは二回食べると言ってたね」
秋元真夏は、苺パフェの生クリームを唇にくっつけたままで微笑んだ。
「うん、チキンカレー好きかな……。おにぎりで好きな具は、めんたいこ」
磯野波平は漫画本から顔を上げて、風秋夕を一瞥する。
「お前、歌へたくそすぎねえ?」
風秋夕は眼を細めて磯野波平を見る。
「何回こするの? それ……。だから俺は歌は苦手だって言ってんだろ、聴く専なんだよ、もともと」
「にしてもひどくねえ?」
「黙れ……」
秋元真夏は一所懸命に口に運んでいた苺パフェをお預けして、はにかんだ。
「波平君の歌も、けっこうじゃない? てか私も人の事言えないんだけどさ……」
磯野波平はとろけそうな笑みで秋元真夏を見つめる。
「まったまたぁ、お世辞はやめてくれよな~まなったん。これ以上は好きになれねえってもうよぉ~」
「けなしてんだよ?」
風秋夕は困ったように言った。
与田祐希はクッションを抱きしめて、磯野波平を見つめる。
「なんか歌ってみてよ。ここ、カラオケできたよねえ?」
梅澤美波はボンボローニを咀嚼しながら、与田祐希に眼を開く。
「今からカラオケ行くって事? 確か六階にあったよねえ? 地下ね、地下六階ね」
与田祐希は眠たそうな眼で、風秋夕を見つめる。
「あれ? ここでカラオケできるんだよねえ? できなかったっけ?」
風秋夕はアイスカフェラテをテーブルに戻しながら与田祐希を見つめ返す。
「できるできる。その、そのモニターに歌詞もでるし。そしたらもうこのソファ空間がもうジョイサウンドだよ」
山下美月はクロッフルを食べながら、磯野波平を見つめた。
「波平君って、何歌うの? えどんな感じなの?」
秋元真夏は苺パフェの生クリームをどんどんと唇にくっつけていく。岩本蓮加は静かにそれを大笑いしていた。
磯野波平は山下美月にウィンクを飛ばす。山下美月は無反応でクロッフルに夢中であった。
「んじゃ歌ってもいいか? いいよな、聴きてべ? だ、歌う、つっても、何がいいかだよなあ? だ、感動系? ロック? だ熱い系だよな? とかぁ……、乃木坂とかな?」
風秋夕は囁く。
「乃木坂はやめて。ナイーブな心に文句言っちゃいそうだから」
秋元真夏と梅澤美波は短く笑った。
磯野波平は考える。
「邦楽だとぉ……、鳥羽一郎(とばいちろう)の『兄弟船』とかぁ……、冠二郎(かんむりじろう)の『バイキング』、とかな? 最っ高だよな?」
風秋夕は驚いたように言う。
「じゃあ洋楽にしてえ」
磯野波平は、斜め上を見上げながら、更に考えていく。皆は磯野波平に注目していた。稲見瓶だけはスマートフォンで経済新聞を読んでいる。
「だあら……。何系よ? 何系? 今の感じ……。だハートだよな、今のよ」
秋元真夏は笑みを浮かべる。
「じゃあ、私に歌ってくれるとしたら? 何? どんな曲?」
磯野波平は、少しだけ思考してから、にやけて、空間を見上げる。
「おいイーサン、マイクを一本、ここに送れ……」
電脳執事のイーサンのしゃがれた老人男性の声が応答した。――【イーサン】とは、ここ巨大地下建造物〈リリィ・アース〉の電気系統を統括管理しているスーパー・コンピューターの総称であり、音声で忠実に指示に応えてくれる忠実な電脳執事でもある。
電脳執事の【イーサン】に注文したものは、全て各所に設置されている〈レストラン・エレベーター〉にて運び込まれる。――〈レストラン・エレベーター〉、地上一階の一般住宅にふんした近隣住宅の数軒が、実は〈リリィ・アース〉専用の調理場となっており、24時間(可能な限り)いかなる飲食の注文にも応えてくれるシステムになっている。調理された料理は地下から繋がる飲食(ほぼ飲食)専用の運搬用エレベーター〈レストラン・エレベーター〉にて常時注文した場所に運ばれてくるシステムである。