ズッキュン‼‼
マイクはすぐに地下二階の東側のラウンジに在る〈レストラン・エレベーター〉に届いた。
秋元真夏は食べ終えたからのパフェ専用グラスを見つめて、唇の生クリームを舌でなめとって、微笑んだ。
「美味しかった!」
磯野波平は、秋元真夏に微笑む。それから、乃木坂女子の皆にも。
「今から歌うのは、ジェームス・ブラントの、『ユア・ビューティフル』って曲だ。まな……、まなったんへ、心、てか魂な! 魂を込めさせてもらうぜ……」
秋元真夏は嬉しそうに「わあ」と微笑んで、小さく拍手した。風秋夕はそんな安芸望夫真夏を愛しそうに見つめている。稲見瓶はスマートフォンから顔を上げて、比鐘蒼空の存在に驚いた猫のように跳び上がりそうになっていた。
与田祐希はクッションを抱きながら、にやけて磯野波平を見つめている。梅澤美波はチーズ餃子を食べ始めていた。岩本蓮加は眠そうに磯野波平を見つめている。山下美月は、スマートフォンで磯野波平を録画していた。
「心で聴いてな、みんな……。イーサン、かけろ……」
ジェームス・ブラントの『ユア・ビューティフル』のイントロが流れ始める……。
磯野波平は、せつなく、顔をしかめる。
マイライフイズ無礼な奴
マイライフイズ無礼な奴
マイラブイズぴゅ~~
あっそう じゃあ姉ちゃん
おぶさるでしょう?
死すまーるい未央奈さぶい
「はあ?」風秋夕は嫌そうに言った。
C鈴(すず)ウィンナーだまんこ
「ハァァァウス!」風秋夕は驚愕する。
あー魚(うお)言うぞん すりっぽんナウ
蚊ザ あーんがーらプラン
よう ビューティー4(フォー)
よう ビューティー4(フォー)
よう ビューティー4(フォー) いつ来る?
あそうよフェイス 絵の暗いDプロレス
絵の丼ノー終わっとぅードゥ
風穴(かざあな)は美、上ずユー
風秋夕は立ち上がって大きく手を振る。
「やめやめ、イーサン止めろ!」
東側のラウンジに流れる音楽が止まった。
秋元真夏はくすくすと笑っている。梅澤美波も笑っていた。与田祐希は「へったくそだな~」と呟いている。岩本蓮加は「英語じゃなくない? え英語だった?」と驚いている。山下美月は、まだ磯野波平をスマートフォンで録画していた。
磯野波平は、涙をふきながら、風秋夕に顔をしかめる。
「んんで止めんだよ……、こっからだろうが、この曲は」
「危なっかしい!」風秋夕は嫌そうに興奮していた。「ていうかもうやらかしてんだよ! どういう記憶の仕方してんだお前の歌は!」
秋元真夏は、無垢に微笑む。
「でも曲はさ、メロディはいい曲だったよ……」
「曲は?」磯野波平は顔をしかめる。「歌詞も一流なんだぜ、この曲は……。ちょい昔に流行ったんだからよ」
秋元真夏は磯野波平に苦笑した。
「じゃあ、原曲聴かせてもらうね、今度」
「今聴いたろまなったん……」
稲見瓶は、スマートフォンをソファに置いて、つまらなそうに磯野波平を一瞥した。
「まなったんに贈った部分はどこ? 何?」
「美しい! つう、そこだろうが! 聴いてりゃわっかんだろう!」磯野波平はそう言ってから、大きく鼻を鳴らした。「ビューティー4(フォー)が来るんだろうが! だ、言わば四天王(してんのう)だろうが!」
梅澤美波は恐る恐る磯野波平を凝視して呟く。
「いや泣ける曲に、四天王とか、……ないでしょ」
稲見瓶は無表情で言う。
「まーるい未央奈さぶい、は笑えた」
「ああ?」磯野波平は疑問の顔をする。「どこが笑えたっつんだこの無表情……」
「マイラブイズ、ぴゅう~、だね、特に。あそこは笑った」
「あ、てめ、ディスってんのか無表情っ!」
乃木坂女子達は笑う。
風秋夕は鼻を鳴らして稲見瓶を一瞥した。
「お前もお前でよく言うよな、急に気圧の話する奴がさ。お前もけっこう変わってんぞ、イナッチ」
「気圧?」稲見瓶は思い出す。「ああ、……話したね。あれは、まなったんの写真集が『真夏の気圧配置』だから、それきっかけで話しただけだよ」
「あそうなの?」風秋夕はさっぱりと、驚いた。「それ早く言えよ……。三笠木さん驚いてたじゃんか。普段っから何考えてんのかわかんない奴だと思われるぞ」
「別に構わないけどね」
「構えよ」
風秋夕は嫌そうにそう言ってから、ソファを立ち上がった秋元真夏を一瞥した。彼女は〈レストラン・エレベーター〉へと空いたパフェ専用グラスを運んでいる。
風秋夕は思い出したように、嬉しそうな顔をする。
「そうだ……。1月15日の手洗いの日、まなったんがツイッターで、手ぇごしごしやったんだよ。あれヤバいな、超絶可愛いだろ、まなったんが手ぇごしごしは」
「夕だけじゃない、それは」稲見瓶は苦笑した。「14日も、まなったんがキャビンアテンダントをやってる貴重動画だよ。まなったんの乃木坂になる前の将来の夢は、キャビンアテンダントさんだからね」
与田祐希は大きな伸びをして、可愛らしい欠伸(あくび)をした。つられて、岩本蓮加も涙目で小さな欠伸(あくび)をする。
山下美月はスマートフォンで動画をチェックしている。梅澤美波は秋元真夏を見つめて笑っていた。
秋元真夏は、ソファへと戻る間に何もない床で転んでいた。
風秋夕は、秋元真夏に微笑む。
「まなったん、キャビンアテンダントさん、やってみて。上手にできたら、一曲カラオケで歌をプレゼントするから」
ソファ・ポジションに戻った秋元真夏は、改めて「え? 今? やるの? ここで?」と上機嫌で笑っている。稲見瓶は、その笑顔に見とれていた。密やかに、比鐘蒼空は与田祐希をずっと観察している。
秋元真夏はソファに座り直して、短く咳払いをした。
「えぇ~……、皆様ぁ、本日は乃木坂航空……、えと、221便か。221便に……、ご利用下さいまして…、ありがとうございます。この便の客室を担当いたします、秋元真夏でございます」
「くう~、た~まんねえなぁ、キャビンアテンダントがまなったんだったら!」
風秋夕は嬉しそうに興奮した。
秋元真夏は、にこやかに続きをと、最後までキャビンアテンダントのつもりでまっとうする。
「シートベルトを腰の低い位置で、しっかりとおしめ下さい。間もなく、出発いたします。どう?」
風秋夕は笑顔で絶賛する。「か~わい~~まなったん‼ も最強っ‼」
磯野波平はかかっと笑う。「途中たどたどしいとこもま、愛嬌があっていいよなあ?」
「何でそんな上から目線であんた……」風秋夕は薄目で磯野波平を一瞥した。「じゃお前やってみな、客室乗務員……」
「ああ?」
秋元真夏は一瞬だけソファから腰を浮かべて反応する。
「えやってみて。意外とカンペ見ないでだと難しかったよ……。えやってやって!」
「へへ、もっとやってやってって言ってくれよぉまなったん」磯野波平はモザイクのかかりそうな笑みで言った。「もっと言ってくれよまなったぁん」
「ハウス!!」
梅澤美波は興味を持って微笑んだ。
「波平君がキャビンアテンダントって、なんか想像したくないですよね」
「ねえ~!」秋元真夏は相槌を打った。
「やってみん」与田祐希は座った眼で、微笑みながら言った。
「俺が何十回飛行機乗ってっと思ってんだみんな」