ズッキュン‼‼
磯野波平は、自慢げに、咳払いをした。
山下美月は、澄ました潜在的な笑みを浮かべながら、磯野波平をスマートフォンで撮影する。
岩本蓮加は【イーサン】を呼び出して「あの、すいません歌の時にココア頼んだんですけど……、ちゃんと頼めてます?」と注文を促(うなが)していた。
「いいか、キャビンアテンダントはこうだ……。あ、あ~…、あ、うし」磯野波平は裏声で始める。「皆さまぁぁ、んっふん。あの、これから飛びまぁすぅ~、この飛行機ぃ~」
「嫌すぎる……」風秋夕は眼を瞑(つぶ)った。
「おシートベルトをぉ、腰の、下…そう、もっと、んふもっと下ぁぁ、そうもっとよ、もっと下のぉ、あそうぉぉ、そこにドッキング~!」
「いやらしい巨大ロボの合体みたいだね」稲見瓶はそう言った後で、一部訂正する。「いや、そういう合体じゃなくてね……。まあいいや」
秋元真夏は客室乗務員になりきっている磯野波平を見つめてけらけらと無邪気に笑っている。
「それじゃあぁぁ、飛びまぁす、ズッキュ~ン‼‼」
「あ、え私だったのっ!?」
秋元真夏は驚いた顔で笑った。
与田祐希は座った瞳で鼻を鳴らす。「気持ち悪っ……」
梅澤美波は笑顔で秋元真夏に言う。「世界一嫌なものを見ましたね」
「は梅ちゃん?」磯野波平は不思議そうに顔を険しくさせる。「は? 与田ちゃんなんつった?」
風秋夕は微笑む。
「でもさ、1月10日から始まったまなったんの記念写真集のツイッターがさ、毎日動画出してくれるから、なんだか、贅沢だよね」
梅澤美波はにやける。
「彼氏気分になるの?」
「ていうか、なる人はなるよ」風秋夕は微笑んで、頷いた。「俺なんかは、とにかく何回も観て……、そうだね、俺はなんにも考えないで楽しむ派かもね」
稲見瓶は梅澤美波と秋元真夏を順番に一瞥する。
「彼氏の気分になれるファンは、いい機能性を持ってるね。その機能があるとないとでは、天と地ほど違う」
秋元真夏は、風秋夕を見る。
「てか、私うまかった?」
「え? あおお、うん。最高だったよ」風秋夕はおくれて微笑んだ。「こんなに可愛いキャビンアテンダントさんがいたら、通うよ、その航空便」
「じゃあ、歌、プレゼントして」
秋元真夏は、うぶに微笑んだ。
「え?」
「うまかったら歌のプレゼントしてくれるんでしょう?」
ソファ・スペースからすぐの〈レストラン・エレベーター〉に岩本蓮加の注文したココアが届いた事を電脳執事の【イーサン】が丁寧な言葉で知らせた。
「まいったな……」
風秋夕は、ソファから移動して〈レストラン・エレベーター〉にココアを取りに向かいながら苦笑した。
「ああ、夕君ありがと……」
VALORANT(ヴァロラント)をやりたくて疼いてきた岩本蓮加にココアを届けてから、風秋夕は元のソファ席に腰を置いた。
「歌、惚れちゃうけど、それでもいい?」
「惚れないから大丈夫、んふ」
「んじゃ俺が歌うよ、な?」
磯野波平は真剣な顔を、真剣にしかめながら、秋元真夏と風秋夕をいったりきたりと見つめる。
「ええ~……、お前が歌うのぉ~」
風秋夕は激しく嫌がる。与田祐希は「じゃまた英語のやつ歌って」と座った眼で笑っている。もう眠たいのだろう。梅澤美波は「刺激が少ないのでお願いします」と苦笑していた。
岩本蓮加はスマートフォンで、秋元真夏を画角に迎えて自撮りをしている。
山下美月は整ったその美形をにやけさせて、磯野波平と秋元真夏を一瞥した。
「じゃあ、今度こそ、真夏さんに贈るつもりで歌ってよ……」
9
今宵、与田祐希と〈リリィ・アース〉で待ち合わせをしていた元乃木坂46三期生の大園桃子を加えて、更に賑やかになった東側のラウンジでは、磯野波平の歌を披露する時間が訪れていた。
秋元真夏はにっこりと期待を込めて、歌を披露しようとしている磯野波平を見つめていた。
「へたでも心があれば、ちゃんと受け取るから」
磯野波平は自慢げににやける。
「へたっつうこたぁまずねえからよ。へへ、安心して感動すれいいんだよ。ね。こりゃあな、エリー・ゴールディングの『ラブ・ミー・ライク・ユー・ドゥ』つう曲だ……。ま名曲なんだろうな、ティックトックで知ったんだぜ?」
山下美月は含み笑いで磯野波平を見つめる。
「ああじゃあ、良さそうだね」
「いっぱい気持ち込めてね!」秋元真夏は大きな笑顔で言った。「ズッキュン!!」
磯野波平はとけたバターのような顔でにやけた。風秋夕も秋元真夏のズッキュンに夢中になっていた。稲見瓶はスマートフォンで経済新聞を読んでいる。比鐘蒼空は俯けた視線で、密やかに与田祐希を見つめていた。
与田祐希と大園桃子は別のトークに花を咲かせている。梅澤美波はチーズ餃子に御執心(ごしゅうしん)の様子で舌鼓(したつづみ)を打っていて、岩本蓮加はこの歌が終わったら自室でVALORANT(ヴァロラント)をやろうと心に決めていた。
磯野波平はマイクを握って、せつない、そんな表情を浮かべた。
「イーサンかけろ………、歌うぜ、まなったん」
エリー・ゴールディングの『ラブ・ミー・ライク・ユー・ドゥ』のイントロが流れ始めた……。
磯野波平は、秋元真夏への想いを込めて歌う。
与田ライフ 与田ない
与田からおっぱいぶらん
「はい?」風秋夕は耳を傾(かたむ)けて困った顔をする。「はいコンプライアンス違反!」
与田今日 与田定員
与田より心外うおーな太刀(たち)
レバーニュウでいい? 仮眠そう待ち
そう待ち…
与田ふゅ~~ ああどけ
蚊だね婆(ばあ) 瓶(びん)? そうはい
フォロミー 2(トゥー)だ毒
笑み低級パー損(そん)サラダライス
E君好きだうおー宇宙ボロつらい
つらい…
そうラーメン来客どう? ららラーメン来客どう?
ラーメン来客どう? ららラーメン来客どう?
立ち見来客どう? たた立ち見来客どう?
悪(わる)言う上でいい具(ぐ)? 4(フォー)
風秋夕は立ちあがって大きく手を振った。
「待て待て待て! 止めろ、やめろイーサン、波平やめろ……」
東側のラウンジに流れていた音楽が止まった。
風秋夕は困った顔で、不思議そうに磯野波平を見下ろす。
「それ、与田ちゃんに歌ってない? 与田ちゃんに歌ってるよねえ?」
「あ?」磯野波平は険しく顔をしかめる。「ば、今のは、まなったんに想いを込めたんだろうが……」
「いいや違う違います、与田ちゃんに歌ってました」風秋夕は眼を瞑って首を振った。「てか与田ちゃんを歌ってました!」
稲見瓶は拍手する。
「与田ちゃんがラーメン屋の定員だったとは知らなかった」
磯野波平は「は?」と顔をしかめる。
与田祐希は、「なんか、いっぱい名前呼ばれた…」と苦笑している。
秋元真夏は「しかもへったくそ!」と大笑いしていた。笑い過ぎてまだうまくしゃべれない。
梅澤美波は姿勢を正して、笑みを浮かべて拍手する。
「いや、今歌詞見てたけど……、いやあ、すごいわあ……。ほんとにそう聴こえた、ていうか、耳コピ、て感じだね」
大園桃子は驚いていた。
「え、え…、波平君、そういう感じの、歌、うたうのね……。なんか、衝撃的すぎて、言葉が出ない」