ズッキュン‼‼
「確かに英語にも聴こえるし、日本語にも聴こえる。空耳アワーだね。タモさんもびっくりだ」
「ちゃんと聴いてたよ?」秋元真夏はにっこりと口角を上げて美しく微笑んだ。「今のが一番うまかったよ。歌詞の内容はよくわかんなかったけど、うんなんか良かった」
梅澤美波はにやけながら言う。
「なんか、アザラシと豚いませんでした? 最初の方……」
「いねえし!」磯野波平は笑った。
「いやいたんだってば!!」風秋夕は嫌そうに驚いた。「いたよ? すっげえ存在感だったよ?」
大園桃子はけけっと笑う。
「なんか途中、Wiiが、壊れたかなんかして、Wiiがあ、て言ってましたよね、ふふん」
「ウィーガ?」磯野波平は険しい顔をする。「まあどう届くかはな、人それぞれだかんな……。俺は歌った……。しかも全っ部、愛の歌をな……。で、お前らはどうすんだ? て感じだよな、だから」
風秋夕は秋元真夏に微笑む。
「まなったんそろそろお餅(もち)の時間じゃない?」
「シカトかコラっ‼‼」
秋元真夏は、賑やかに会話を始めた三期生達を一瞥してから、はにかんだ。
「今日はどんなお餅、食べようかな?」
10
二千二十三年二月三日。晩(おそ)い夕食をと、マクドナルドのビニール袋を手に下げながら、宮間兎亜(みやまとあ)と御輿咲希(みこしさき)は、〈リリィ・アース〉の地下二階に広がる超絶空間のエントランスフロアを歩いてから、東側のラウンジにあるソファ・スペースでその脚を止めた。
「あらま……」宮間兎亜は澄ました半眼で驚いた。「好きねえ~ここが~」
「しっかし、毎日のようにちゃんとここにいるんですわね、この人達は……」御輿咲希は関心を声に漏らした。「気づいてないですわね、イヤホンでもしてるのかしら……」
「しかもみこ氏、あたい達とおんなじもの食べてるわよこの人達……」
「お目が高いですわね。この時期当然ですわ、期間限定と言われたら、期間内に食べたくなるもの」
風秋夕と稲見瓶は、ソファ・スペースにて、それぞれがマクドナルドのハンバーガーで夕食を取りながら、ワイヤレス・イヤフォンで音楽鑑賞をしていた。
宮間兎亜と御輿咲希は、同じく南側のソファに腰を下ろした。風秋夕は西側の、稲見瓶は北側のソファに着席している。
宮間兎亜と御輿咲希は、そろって息を合わせたかのように夕食の準備を始める。否、ビニール袋からマクドナルドの食品を取り出すだけであるが。
風秋夕は女子二人の登場に眼をやって気がついた。ワイヤレス・イヤフォンを取り外す。
「あれ、二人ともマックだ?」
「まずはこんばんは、でしょ?」宮間兎亜は半眼で言った。
風秋夕は「こんばんは」と苦笑した。
「こんばんは」稲見瓶が言った。「マックとは奇遇だね」
御輿咲希は稲見瓶を不思議そうに見つめる。
「イナッチ、音楽なんて聴くんですね」
「音楽なら波平でも聴くよ」稲見瓶は無表情で答えた。「御輿さんは聴かないんですか?」
「いえ、聴きますわ。イナッチは今、何を聴いていたの? 乃木坂?」
「秦基博さんのイカロスだね」稲見瓶は親指を立てた。「名曲だ」
「へえ~」
宮間兎亜は特徴的な半眼で風秋夕を見つめる。
「あんた何聴いてたの?」
「ん? 俺は平井大さんの、永遠(とわ)に続く日々の階段を聴いてた」風秋夕はフライドポテトをつまみながらはにかんだ。「鳥肌もんだぜ?」
「ふ~ん……」
風秋夕は空中に「イーサン、乃木坂の銭湯ラプソディーかけて」と指示してから、女子二人のハンバーガーに注目する。
「お、チリシュリンプと油淋鶏(ユーリンチー)じゃん。淡々(たんたん)ダブルもあんじゃんか、パーフェクトじゃん」
宮間兎亜と御輿咲希は、マクドナルドで二月一日から期間限定発売されている【スイートチリシュリンプ】と、【油淋鶏チキン】と、【淡々ダブルビーフ】を一人三種類ずつ購入してきていた。尚、風秋夕と稲見瓶は、共に【スイートチリシュリンプ】と【油淋鶏チキン】、それにマックポテトとマックナゲットを食している。
エントランスの東側のラウンジを中心として、乃木坂46の『銭湯ラプソディー』が流れ始めた。
風秋夕は言う。
「食べながら聞いてみんな、このマックの『アジアのジューシー』は新企画でさ、新商品で、新CMなわけさ。CMに出てんのは誰だと思う?」
「誰なんですの?」
御輿咲希は真顔になる。それに大袈裟(おおげさ)に驚いてみせたのは宮間兎亜だった。
「みこ氏、それはないでしょうぉ? 知らないでマック付き合ってくれたの今日?」
「知りませんわ」
稲見瓶は無表情で二人の女子を一瞥した。
「マックは何も知らなくても魅力的だよね。ただ、知れば更にバーガーに飛びつきたくなるよ」
「一体誰がCM出演しているっていうんですの?」
御輿咲希は稲見瓶を見つめる。
稲見瓶は頷いてから、答える。
「なぁちゃんとまりえちゃんだよ。西野七瀬ちゃんと、飯豊まりえちゃん。友人同士でも知られる伝説のテレ東ドラマ、『電影少女』のゴールデン・タッグだね」
御輿咲希は驚愕した。宮間兎亜は、それを見て鼻から溜息をついた。
風秋夕はにっこりと微笑む。
「今回、CMの楽曲にってなぁちゃんとまりえちゃんが『アジアのジューシー』って歌うたってるんだけど、肝心なのはさ、CMとMVの監督が、関和亮(せきかずあき)監督だってとこだよね。『電影少女』の監督も関監督なんだぜ? 」
「食べながらでもいいかしら、会話……。あのう、とてもじゃありませんけれど、待てなくって」御輿咲希はよだれをたらしそうな微笑みを浮かべて、バーガーを見下ろした。「いいかしら?」
「どうぞ、召し上がれ」風秋夕は頷いて微笑む。「スイートチリシュリンプは、もサックサク! 海老カツね? ヤバいよ今回の。月見とおんなじぐらい衝撃あるかも」
「油淋鶏チキンもサクサクだよ。はっきり言って、美味しすぎるバーガーがこの価格で手に入るなんて、信じられないぐらだね」稲見瓶はコーラを一口飲んだ。「夕と宮間さんは、なぁちゃんとまりえちゃんのCMはもう観た?」
「観たわよん」
「俺はネットでな」風秋夕はフライドポテトを指先でつまんだ。「裏側まで観たけど、あの二人、可愛すぎるな……。これまた人が良さそうで……」
御輿咲希はむしゃぶりつくようにバーガーに噛(かじ)り付いていた。今食しているのはスイートチリシュリンプであるが、左手でそれを掴(つか)み、もう片方の右手で油淋鶏チキンを確保している。誰も御輿咲希の購入したバーガーを狙ってはいないが、彼女は無意識にそうしていた。
稲見瓶は御輿咲希のその様子を、オートフォーカスのcontax t3(コンタックス・ティースリー)で撮影した。
「何えすの?」御輿咲希は口元を押さえて、稲見瓶を激しく睨みつけた。「やめえくだはる?」
「あらん、撮るならあたいの方がいいかもようん」宮間兎亜は油淋鶏チキンを片手に持ちながら、脇(わき)を上げてセクシーにポーズをとった。「専科のパーフェクトホイップでん、毛穴までさっぱりのあたいを撮りなさ~い? ほうら、肌がわりとつっぱってないでしょうん? まいやんと専科のおかげよん」