ズッキュン‼‼
「えわかる~、お料理るんもお掃除するんも自分やもんなあ」早川聖来はうんうんと深く頷く。「女子力最強なんは、お母さん達やな」
遠藤さくらは眠たそうに、うつらうつらし始めていた。
稲見瓶はcontax t3を構えて、賀喜遥香を見つめる。賀喜遥香は綺麗な笑みを浮かべて決め顔をして稲見瓶の方を見つめていた。
清宮レイは、ついに眼を閉じた遠藤さくらを見つめて含み笑いした。
「寝てる……」
柴田柚菜は少しだけ前かがみになって、確かめるように遠藤さくらを一瞥した。
「わかる……。柚菜もさっきトークで寝るって送ったもん」
「私も今日は早く寝るって送った……」遠藤さくらは寝ぼけ眼(まなこ)を開けた。
「あ起きた!」清宮レイは笑いながら驚く。「寝てなかった~……、おはよう、さくちゃん」
「おはよう、レイ」
筒井あやめは跳び上がりそうになって、声を殺して驚愕した……。
「へっへ、びびったかあやめん、俺なあ東の方で昔忍者やってたんだよ! があっはっはあ!」
身を隠しながらやってきた磯野波平が、突然筒井あやめの背中側から両肩をやんわりと鷲掴(わしづか)みにしたのであった。
「っくり、したあ……」筒井あやめは、長いまつ毛を瞬(まばた)きさせて、後ろの磯野波平を振り返った。「なにこの人………。こわ……」
風秋夕は立ちあがる。
「イナッチ」
「OK」
稲見瓶も立ち上がった。二人はソファ・スペースから出て、磯野波平へと歩み寄っていく。磯野波平は「あんだよ……。脅かしただけだろうが」と顔をしかめている。
風秋夕と稲見瓶は、磯野波平の前で脚を止めて、ポケットから握り取った豆を、磯野波平に強烈に叩きつけていく。
「やめ、やめろ馬鹿どもっ!」
「鬼は~外ぉ!!」
「鬼は~外」
「鬼は~~外ぉくたばれっ!」
「鬼は~外」
「馬鹿たれどもっ、痛ってえなこら、やめっ、よせぇ! こ、よせって言ってんだろうがっ、あ痛てっ、眼に入ったっつの!!」
「よくも俺のあやめちゃんに触れたなこの野郎っ、このっ、馬鹿者がぁっ‼‼」
「ハーパート(変態)大学を卒業してるだけあるね。でも女子高生にそういう事をする以前に、乃木坂に対してそういう事はひかえてくれ」
秋元真夏は無邪気に笑う。
「はっは、相変わらず元気いいね。あ、明日ミーグリだけど、大丈夫?」
四期生達は、それぞれが個性的な「はい、大丈夫です」の回答を答えた。
秋元真夏は「そっか」と微笑んで、空中に注文している新内眞衣を一瞥してから、己も空中を見上げた。
「イーサン、それと、私達の豆もちょうだい!」
11
二千二十三年二月十日の金曜日。今宵の東京都の港区には白い雪が降りそそいだ。雪は雨に変わり、すぐにその色を溶かしていったが、今宵の〈リリィ・アース〉の地下八階の〈BARノギー〉には、溶けて無くならぬビッグニュースが話題に挙がっていた。
話題を楽しむのは、乃木坂46一期生であり、二代目キャプテンの秋元真夏、元乃木坂46一期生の白石麻衣、松村沙友理、若月佑美、中田花奈、そして元乃木坂46初代キャプテンの桜井玲香の六名のゲストであった。
共にその話題を盛り上げているのは、乃木坂46ファン同盟の風秋夕、稲見瓶、磯野波平、天野川雅樂、来栖栗鼠の五人であった。
秋元真夏は雑煮(ぞうに)の餅(もち)を齧(かじ)りながら、猫が微笑んだような顔つきをする。
「ほんと、ありがたいよね。でもほんとに嬉しい、私の最後のシングルでもあるから。もちろん飛鳥センターのね」
白石麻衣はおどけて整った眼をむく。
「ミリオンですか……っはぁ~、やるねえ、やっぱり乃木坂は~」
松村沙友理は白石麻衣から秋元真夏へと視線を動かし、その天使のような美形で真剣な表情を浮かべる。
「えだってさ……、このご時世、CDを再生する、機材も持ってない人がいる中での、ミリオン達成でしょ? すごいわ~」
秋元真夏は嬉しそうに会釈する。
「ありがとうございます、ほんっとに」
風秋夕は森永製菓のDARSのホワイトチョコを口の中に入れた。
「ミリオンって、やっぱ乃木坂だな」
若月佑美は風秋夕に笑みを送って親指を立てた。風秋夕は笑顔で親指を立て返す。
稲見瓶は無表情で淡々と言う。
「乃木坂のミリオンは約三年ぶりだね。飛鳥ちゃんやまなったんの卒業が完全に影響してるし、それだけ多くの人達に愛されたという確固たる証拠だね」
大型のテーブル席にて、十一人は着席していた。店内は柿色のライティングに満たされていて、各所に設置されたブラックライトの高周波の紫外線が、紫色の蛍光色を発して人の白眼や歯や着衣のホワイトなどを発光させているかのように照らしている。
周囲の装飾は九十年代風のアメリカンチックで、バッドマンやスパイダーマンの等身大フィギアなども飾られていた。
店内にはサカナクションの『スローモーション』が流れている。
来栖栗鼠はアップルジュースを飲み干してから、少女のような顔で秋元真夏と元乃木坂女子達を見つめて微笑んだ。
「75万枚までいった時にはもうすでにびっくりしたけどね~! 今の時代にミリオンって本当に凄いんですよ~、みんな欲しくなっちゃったんだね~」
天野川雅樂はしみじみと頷いた。
「飛鳥さん、この曲残していっちまいましたからね……。まなったんも、いっちまうし……、俺ぁミリオン達成してくれて、本当に、皆無(かいむ)です」
稲見瓶は補足する。
「たぶん、そこは皆無じゃなく、感無量、だね」
「それっす!」
桜井玲香は借りてきた猫のように大人しく、スーパードライのジョッキを握る。
「乃木坂凄いね……。まいやん、スーパードライ、美味しい」
白石麻衣は微笑んで、親指を立てた。
店内にteeの『U&I』が流れる。
中田花奈は、メニュー表を見ながら唸り声を上げた。
「はぁ~あ、なるほどね……。こりゃ、ここのコックさん達は大変だわ……。ほぼ無限にあるじゃん、メニュー」
風秋夕は中田花奈に軽い笑みを浮かべた。
「ドリンクだよね、たぶん大変なのは。カクテルとか、俺と波平のオリジナルが多いからさ、たぶんいちいちレシピ見ながらやってくれてるんだろうから……」
「はあ~あ、そりゃ大変だわ」
そう言ってから、中田花奈は【イーサン】を呼び出した。
「な? 波平……。だいたいお前のオリジナルだよな? カクテルなんか」
風秋夕は前かがみになって、同列に座る磯野波平を一瞥した。
磯野波平はイヤフォンをして、スマートフォンで眼を閉じながら音楽を聴いている。
風秋夕は稲見瓶に言う。
「ちょっとぴんたして」
稲見瓶は、磯野波平の肩を叩いた。気がついた磯野波平は、イヤフォンを取って、でかい声で「ああ?」と言った。
秋元真夏と元乃木坂女子達はその声に苦笑した。
風秋夕は嫌そうな顔を解除して、磯野波平にきく。
「愛する乃木坂女子ターズの前で、何一人でひたってんだよ。何聴いてたん?」
磯野波平は、自慢げに椅子にふんぞり返る。
「稲葉さんの『BANTAM』よぉ……」
若月佑美は、端正な顔を驚かせ、前に出して磯野波平を見つめる。
「稲葉さん、B`z?」
「おうよ!」