ズッキュン‼‼
風秋夕は不思議そうに顔を前かがみに出して、磯野波平の方向を見つめた。
「あれお前、邦楽は乃木坂以外、鳥羽一郎さんとか、冠二郎さんとかしか聴かないんじゃなかったっけ?」
「誰がんな事言ったよ」磯野波平は、顔を前に出して風秋夕を睨んだ。「最高たぁぁ言ったけどな、別にそれ以外聴かねえたぁぁ言ってねえぜ、しかもな、こりゃロックだかんな……」
風秋夕は眉間を顰める。
「だから?」
磯野波平は鼻を鳴らした。
「ロックに邦楽も洋楽もねえだろうが!!」
「……なるほどな」風秋夕は眉間を顰めたままで、納得した。「たま~に核心ついてきやがるから侮(あなど)れねえよな、こいつは……」
秋元真夏を中心として、元乃木坂女子達は別の話題で盛り上がっている。
稲見瓶は【イーサン】の名を呼んだ。
「あのね、2023年の邦楽を中心に流してくれるかな、イーサン。よろしくお願いします」
電脳執事の品の良い応答の後、すぐに新しい楽曲が耳を打った。それはメレの『つんと』であった。
磯野波平はにこやかに笑った。
「そういやこないだ、早口言葉で盛り上がったなあ? またよう、まなったん、卒業記念写真集のツイッターでよ、早口言葉やってんだぜえ? 知ってっか、お前ら……。カスみてえなツラしやがって、ケンカ売ってんのかコラ……」
天野川雅樂は驚いて、スーパードライを吹き出しそうになった。
「……て、てめえ、俺に言っただろ? てか俺ん事見て言ったよなあ?」
「けっ」
「て、てめ……」
来栖栗鼠は秋元真夏に微笑んだ。
「まなったん、三河屋旅館、もっかい言ってみてよ~。あはは、三回連続で~」
秋元真夏は、にこっと笑って、風秋夕を一瞥した。
風秋夕は微笑む。
「いいね、早口言葉でいっちょ賭けでもしよっか? 罰ゲーム賭けてさ」
秋元真夏は苦笑する。
「え~、いいよう……。じゃ、誰? 私から?」
来栖栗鼠は大きな声で頷き、稲見瓶は無表情で拍手をした。磯野波平と天野川雅樂は睨み合いをしている。
風秋夕は、右手をかざして、「どうぞ」と上品に囁いた。
秋元真夏はにこやかなままで、早口言葉に挑戦する。お題は『三河屋旅館』を三回、である。
「いい? じゃ、行きます……。三河屋ろかんみがまやろかみがやらろかんっ……、くふふぅ……」
磯野波平は横柄に笑った。風秋夕はそれに嫌そうに驚きながら拍手し、稲見瓶は声を出さずに軽い調子で笑っていた。来栖栗鼠は大笑いをして、天野川雅樂は秋元真夏の失敗後の苦笑につられて可笑しそうに笑っていた。
店内にdawgssの『FINALE』が流れる。
白石麻衣は中トロを美味そうに頬張(ほおば)りながら、口でも「う~んおいちい!」と口走っていた。
若月佑美は興味深そうに秋元真夏を一瞥する。
「え~、それマジで?」
秋元真夏は笑顔のままで頷いた。
「マジ。マジで」
風秋夕は若月佑美を見る。
「若、やってみる?」
「私たぶんできるよ?」若月佑美は眼つきを変えた。「え、普通にできるっしょ? だって発声練習とか、もっと複雑よ? あんた女子アナ目指してたんでしょZIP観たよ!」
秋元真夏は苦笑した。
「目指してた……」
稲見瓶は秋元真夏と若月佑美を交互に見つめる。
「ZIPのユーチューブでも確かにインタビューされてたね。それは観たよ。というか、まあ、まなったんが女子アナに憧れを持ってた過去は知ってたけどね。CAの印象の方が強かった。から、思い出したね、ZIPを観て」
若月佑美は秋元真夏を見て笑う。
「ほらああんたそんなんじゃアナウンス務まんないじゃん……、役者だってこれからやるんでしょう?」
秋元真夏は苦笑が止まらない。
「バラエティーの方で……」
風秋夕は笑った。
「じゃあいいよ、若が手本、見せてあげて。とりま、まなったん罰ゲーム1ね」
秋元真夏は低い声で悲鳴を上げた。若月佑美はどや顔をする。
「なに、早口は何? 何がいい?」
稲見瓶は言う。
「そうだね。じゃあ、ニコチンをニコッと日々せっせと摂取しよう、にしようか」
「えなに?」
若月佑美は復唱しようとする。稲見瓶はそれを止めて、スマートフォンのメモ帳画面に、早口言葉のお題である『ニコチンをにこっと日々せっせと摂取しよう』という一文を打ち込んだ。
稲見瓶は、そのお題の表示されたスマートフォンを若月佑美に手渡した。
「はいはい、なるほどなるほど……、なるほどね!」
若月佑美は納得の笑みを浮かべた。松村沙友理は【イーサン】に白米のおかわりを注文している。白石麻衣はスーパードライをおかわりしていた。
店内にmewiの『Call&Response』が流れる。
風秋夕は笑みを浮かべた。
「いい若?」
「はいよいいよう!」
「始め!」
「……ニコチンをニコッと日々せっせと摂取しようニコチンをニコッと日々せっせと摂取しようニコチンをニコッと日々せっせと、摂取しよう!」
男子達はけっこうなリアクションで驚愕した。
秋元真夏は「何で言えるの~?」とはにかんでいる。
磯野波平はにこにこしながら興奮して言う。
「なんかなあ、桃っちゃんみてえに、なまって言うと早口言葉って誰でも言えるらしいぜ~?」
若月佑美は眼をむいて磯野波平に言う。
「いや私なまってなかったし! なまってないのに、言えたんだよ、凄くない? 褒めてもいいよ」
「ブラボー」風秋夕は笑った。「さすが売れっ子女優さん。綺麗な発声だったな。つうかあ、なまったって、けっこう難しいんじゃないか? じゃ波平いっとくぅ?」
磯野波平は横柄に笑って、言葉になまりを入れて大園桃子のものまねのように言う。
「簡単だよ、だって俺、早口言葉の、王様だよ?」
天野川雅樂は舌打ちをした。「なんかムカつく……」
秋元真夏は屈託のない笑みで磯野波平を見つめる。
「えじゃあそれでやってみてよ……」
「いいよ?」
磯野波平はなまったままで返事を返し、若月佑美の持っている稲見瓶のスマートフォンに手を伸ばした。
「ちょっと借りるよ?」
「沖縄じゃね? そのなまり……」風秋夕は顔をしかめる。「なんくるないさー、じゃない? それじゃあ……」
「うっせえ消えろクズ」
「ん……」風秋夕は表情を無くした。「なんか、そのなまりに言われっと嫌だな…、傷つくかも……」
稲見瓶はクリアアサヒの入ったジョッキをテーブルに戻して、スマートフォンの画面にに表示されているお題を読んでいる磯野波平を一瞥した。
「じゃあ波平、どうぞ……」
磯野波平は片手を上げた。
「ニコチンを、にこっと日々、せっせと摂取しよう、だよう。はい行くよう? うう゛ん………。二個チンポしこっとほらさっさとセックスしよう‼」
「はぁぁいアウトォォーー!! 馬鹿者ぉ!」風秋夕は前のめりになって磯野波平の頭を小突いた。「そのなまりでなんって事言いやがるんだてめえはぁっ!! しかも乃木坂の前だぞ!! つかゆっくり言ってんじゃねえか!」
秋元真夏と若月佑美は苦笑している。風秋夕の怒号に、白石麻衣も松村沙友理も「どした?」「なにぃ?」と驚いている。桜井玲香と中田花奈も「えなになに?」「ケンカっすか?」とそちらに注目していた。