ズッキュン‼‼
「もう何度も洗ったでござるが、取れぬ……。もう、現場でも笑いものでござるし、たんこぶはできるし…、痛いでござるし……、子供には指を差される始末……。久保ってるでござる」
「いやそれはさすがに私以上よ?」久保史緒里は笑った。「久保ってるは、もうちょい手前、かな」
秋元真夏は口元を手で隠しながら、姫野あたるを見つめる。
「えなんかさ、そういうスーパーヒーローっていなかった?」
姫野あたるは、青い顔で、にっこりと、秋元真夏を見つめる。
「今日も、素敵な笑顔でござるな~、まなったん殿は。んふん」
秋元真夏は吹き出した……。口から餅(もち)が飛び、その餅を素早く磯野波平が回収して食べようとしたが、「よしなさいハァウス‼ゴリ平っ‼‼」という風秋夕の怒号により、磯野波平はその餅の欠片をテーブルに叩きつけた。
「だぁれがゴリ平だこんにゃろう! しばき倒すぞ王子様みてえなツラしやがって‼」
佐藤楓はそそくさと餅の欠片をティッシュペーパーで回収した。秋元真夏は「ごめんでんちゃん、ありがとう」と苦笑していた。
阪口珠美はホワイトモカを飲みながら、風秋夕の事を見つめる。
風秋夕は、「……。ん?」と、すぐにその阪口珠美の視線に気がついた。
「どしたたまちゃん……。そんなに見つめたら、忘れならんなくなっちゃうよ、俺の事」
阪口珠美はにやけた。
「違うの、なんかさあ、夕君たち、ライブ…、さ…、会場には行かない、て言ってたじゃん?」
「うん」
「配信チケット、買った?」阪口珠美は可愛らしく、小首を傾げた。
「買った!」
風秋夕は嬉しそうに微笑んだ。稲見瓶も、姫野あたるも笑顔で頷いていた。
「配信、今回もやってくれて……。感謝が尽きない。毎回、配信は今回あるのか、ないのか、てさ、激しくおたついてるもん。オタだけに」
阪口珠美は「はは」と小さく笑った。
中村麗乃はオーツミルクラテを手に持ったまま「オタだけに」と復唱し、笑っている。
「なに麗乃ちゃん……、入った?」風秋夕は苦笑した。「幸せ。麗乃ちゃんが笑ってくれて」
中村麗乃は笑みをほどほどにしまい込み、風秋夕に手の平を向ける。
「あ。ナンパは、受け付けませんので」
「ナンパなんかと一緒にしないで」風秋夕は、強い視線で中村麗乃を見つめる。「君の為なら、どんな地獄も耐えられる。死んでも君を守る。必ず、幸せにする……」
中村麗乃は「そういうのはいいんで」とそっぽを向いた。
磯野波平のけたたましい笑い声が響く。風秋夕は眼を細めてそちら側を一瞥した。
「の、乃木坂に何度フラれりゃあ、き、気が済むんだ、てめえはっ、があ~っはっは‼‼」
岩本蓮加は、吉田綾乃クリスティーの質問に、首を横に振った。
「ううん、やっとらん……。えもう、れんかたぶん、ライブまでやんないと思う、ヴァロは……」
吉田綾乃クリスティーも、うんうんと納得を落としていた。
「私も、たぶんやんないかな~っ……。ちーちゃんとかは、あれかもだけど」
「えていうか、もうくったくたで、逆にできない」岩本蓮加はそう言った後で、磯野波平の強烈な視線を察知して、怯えた。「っ、なにぃ?」
吉田綾乃クリスティーは子供のようにけらけらと笑う。
磯野波平は、にたにたとしまらない顔をしていた。
「れんたん、俺、変わったろ?」
「は?」岩本蓮加は、磯野波平をまじまじと見つめる。「どこが?」
「なあ綾てぃー?」
「え、どこ?」吉田綾乃クリスティーは、そう言ってゆっくりと瞬きした。「なんか、変わった?」
磯野波平はその顔つきをハンサムにする。
「俺な、体重5キロ落としたんだぜ? 今は、80キロジャストだ。体脂肪はねえ」
向井葉月は、磯野波平の顔をぼうっと見つめながら、クッキーに手を伸ばし、クッキーの皿の前で己の手に指を絡めて手を繋いできた謎の手に短い悲鳴を上げた。
「なになにぃ? なにぃぃ?」
「あっはっは!」
それは与田祐希の手であった。与田祐希は「はっはっは、びっくりした? だって葉月ぼおっとしてんだもん」と笑っている。
向井葉月は笑みを浮かべながら、ぷんすかする。
「んも~う、びいっくりするよ~う!」
「はっは、やったね。作戦成功」
久保史緒里は苦笑して、姫野あたるを一瞥した。
「ていうかダーリン、んめっちゃ、見てくるじゃん」
姫野あたるは恐縮して、苦笑しながら後ろ頭を掻いた。
「いやあ、ははあ……。久保ちゃん殿は……、最近、また一段と綺麗になったでござる……」
「あらん、それはそれは」久保史緒里は微笑む。
「毎日見ている小生だからこそ、わかる事実でござる。久保ちゃん殿は、あきらかにあの舞台から輝き方が違ってござる‼」
「それって、褒めてくれてんだよねえ?」久保史緒里は苦笑した。「ありがと、ダーリン」
山下美月は、「ん?」と稲見瓶を見つめる。
「なんか、やけに眼が合うよねえ、今日……」
稲見瓶は、無表情で、徐々に赤面した。
山下美月は眉間を顰めて、稲見瓶を見つめながら小首を傾げた。
「なあに~?」
風秋夕は前かがみになり、嫌そうに稲見瓶を一瞥した。
「こいつにさ、美月ちゃんと久留美ちゃん、どっちがタイプって、去年聞いたんだよ……。最近になって、その質問にやっと答えたんだぜ、イナッチ。もう質問したのも忘れてたっつうのに……」
久保史緒里は、風秋夕と稲見瓶を一瞥しながら聞く。
「で? 答えは?」
山下美月はぱちくりと瞬(まばた)きしながら、黙ったままで、風秋夕を見てから、稲見瓶を一瞥した。
風秋夕は久保史緒里と山下美月を見つめた。
「美月ちゃんだってさ」
久保史緒里は唇を尖らして聞く。
「理由は?」
「久留美ちゃんは美月ちゃんの演技なので、どっちも美月ちゃんだから、だって……」
山下美月は、稲見瓶を一瞥して、微笑んだ。稲見瓶は、真っ赤な顔で山下美月を見つめ、親指を立てていた。
久保史緒里は軽い調子で笑う。
「そ~んな事に、何カ月も費やして考えたのう? イナッチ、最高」
梅澤美波は叫ぶ。
「やぁだよ、い、や、だ‼」
磯野波平は、どでかい声と厳しい表情で、梅澤美波に真剣に訴える。
「俺の彼女んなれとは言ってねえじゃんか梅ちゃあん! 梅ちゃああああああんっ‼」
風秋夕は驚愕する。
「ううるっせえなクソ野郎っ‼‼」
梅澤美波は磯野波平を見つめたまま、にやけたままでもう一度言う。
「嫌だよ……」
磯野波平はテーブルに片腕を置いて前かがみになり、上目遣いで梅澤美波に叫ぶ。
「いいだろぉうが今日だけ俺の妹んなってくれって言ってんだよぉぉ‼‼」
「なんのお願い事ですか急にあんた!」風秋夕は嫌そうに驚く。「普通に五分っくらいまともな会話してらんないのぉ?」
梅澤美波は声を大にして、磯野波平に言葉を返す。
「嫌だよ! 私の方が一個上だもん!」
「タメだろうが、今年の夏にゃ俺だって24よう‼‼」
「学年が一個違うんだってば!」梅澤美波はにやけたままで叫んだ。「私の方が波平より一個上なんだよ!」
秋元真夏は辛子明太子餅をもぐもぐしながら、姫野あたるに驚いた顔を向けた。
「んえ? てか梅ちゃん声でっか………。え、ダーリン、それほんと。本当に?」
姫野あたるは青い顔で答える。