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ズッキュン‼‼

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 おそらく、内蔵されたエンジンが規格外に有能で、常にエネルギーが発電されているのだろう。感じの良い人とは、皆がそうなのかもしれない。
 逆に感じの悪い人とは、エネルギーの貯蓄が乏しく、笑みや表情といったリアクションを取るのに使う電力の浪費を嫌っているのかもしれない。俺や三笠木さんがちょうど、そんなところだろう。
 稲見瓶はまた、煙草を指先に抜き取って、ジッポライターで火をつけた。
 太陽暦が開けてから九日が過ぎ、月曜の職務が終わった。いや、職務に終わりなどはないのであるが、今日はこれ以上仕事をしない、という時間が訪れた。
 三笠木里奈(みかぎりな)は整った表情を少しだけ歪めて、長く黒い美しい髪を首ではらった。
「肩が重いわ……。真夏さんが卒業だなんて、全くをもって由々(ゆゆ)しき問題……、気が重いね」
 三笠木里奈は二十八歳の鬼才の社員で、その若さですでに企画営業部課長、兼、企画部主任のという役職についている。風秋夕と稲見瓶の上司にあたる人物でもあり、風秋夕と稲見瓶と綾乃美紀と共に結成した、乃木坂46非公式ファンクラブSの会員でもあった。
 風秋夕は煙草の煙を吐ききってから、鼻を鳴らした。
「重すぎて、宇宙でもきっと、今の俺達は身体が浮きませんよ」
 綾乃美紀は、二十五歳とはとても思えない、幼稚な笑い声を漏らした。
 稲見瓶は、煙草を上の空間に吹き上げてから、風秋夕を一瞥する。
「圧力がかかるのは水中だけだと思い込んでる人がほとんどだけどね、あのね、1気圧が約100000[N/cm^2(ニュートン毎平方センチメートル)]だから、約10[N/cm^2(ニュートン毎平方センチメートル)]で、約[kgw/cm^2(キログラム毎平方センチメートル)]だから、1[cm^2(毎平方センチメートル)]の面積に約10[N(ニュートン)]、あるいは、約1[kgw(キログラム)]の力がかかってる事になる」
 三笠木里奈はメガネの奥の鋭い視線を、稲見瓶に向ける。
「急に何? 稲見君……」
 稲見瓶は言葉を続ける。
「つまり、1センチに×1センチに1キロだね。この地表を覆(おお)う大気にも、実はそれだけの圧力が常にかけられてる」
 三笠木里奈は、メガネの奥の視線を更に鋭く歪める。
「だから、急に何、稲見君……。何か言おうとしてる?」
 風秋夕は黙って、ぼうっと煙草を吸っていた。
 稲見瓶は三笠木里奈を見つめる。
「俺達はこの壮絶な圧力の中で生まれて、生きてるから、気がつかないけどね、かなりの大きな力が、頭にも顔にも、背中、腹、足の裏にも、口の中にも、かかってる……。こういった気圧は、頭から圧(お)し込むように圧(の)し掛かるんじゃなく、垂直に身体に吸い付くように圧力をかけてる」
 風秋夕は、煙草をガラス製の灰皿に捩じり消しながら、稲見瓶に笑みをみせた。
「水中じゃ、深さ10[m(メートル)]潜るごとに1気圧ずつ圧力が高くなるからな。100[m]潜ったら、11気圧だ」
 三笠木里奈は、風秋夕を一瞥して表情を眉間(みけん)を顰(ひそ)める。
「何よ、風秋君まで……」
 稲見瓶は、タイミングを見計らって、また言葉を続ける。
「思うんだけど、地球の重力に引かれてこの大気の気圧は宇宙に逃げていかないんだけど、この生まれた時からの圧力を、俺達はどこかで感じ取っていて、それを忘れる為に、何かに夢中になるんじゃないかな……。例えば、乃木坂とか」
 風秋夕は苦笑する。
「三笠木さんの肩の重さは、気圧の仕業(しわざ)で、気が重いのは、まなったんの卒業が原因だっていいたいのか?」
 三笠木里奈はコーヒーカップを、綾乃美紀のテーブルサイドに置いてから、しゃべり始める。綾乃美紀は「あ、はいおかわりですね」とすぐに立ち上がっていた。
「肩が重いのも真夏さんの卒業が関係していると私は思うけどね。論理的にいえば、気圧なのかもしれないね」
 綾乃美紀は、コーヒーポッドから三笠木里奈の為の新しいコーヒーを注ぎながら、声だけで会話に参加する。
「運動不足じゃあないんですか~?」
「言ってくれるじゃない」三笠木里奈は鋭く、舌を出した綾乃美紀を見つめる。「本来、私は真夏さんの卒業を嘆(なげ)いた比喩(ひゆ)で言ったつもり。ダイエット中で絶賛(ぜっさん)トレーニング中のあなたと比較(ひかく)しないでほしいな」
「えへ、ごめんなさぁい。……はい、コーヒーです」
「ありがとう」
 稲見瓶は、煙草を灰皿にもみ消して、皆を見回すように一瞥していく。
「大気の話、みんなはどう思う?」
 風秋夕は首を鳴らしながら言う。
「重力と同じようなもんで、大気の圧力なんて慣れたもんで、いうなら身体をシャープにしてくれてるぐらいなんじゃない? アイドルを求める、例えば乃木坂を求めるのは本能がそうさせるからだよ。事実、1センチ×1センチに1キロっていう圧力は、かなりだけどな」
 稲見瓶はコーヒーカップの中の、黒い液体を一度揺らめからせてから、視線を皆に移した。
「人間は重力に縛られる……。だから、例えば、高いところから落ちれば大けがをする、というのが当たり前になってる。大気の圧力からも逃れられない。重力がある限り、大気は宇宙に逃げないからね。でも、だからこそ人間は生かされてる。1センチ×1センチに1キロという大きな圧力の中じゃないと呼吸さえ止まる。重力が無くても同じだね、軽く弾んだ拍子に物体は加速を続けて何かに引き寄せられるか衝突しない限り、飛び続けてしまう。まあ、飛んでる速度がある程度に増したら摩擦で焼けて無くなるけどね。空気が無ければ前者の通りだし」
 風秋夕は、指先に新しい煙草を抜き取って、稲見瓶を見つめる。
「何が言いたい?」
 稲見瓶も新しい煙草を用意して、風秋夕を見た。
「有機物は常に夢をみてるんだよ。束縛から解放される何かを、生きながらに探してるんだ」
 三笠木里奈は細いメンソールの煙草を指先に用意して、稲見瓶を一瞥した。
「それがさっき稲見君が言った、乃木坂の在り方、と言いたいのね?」
「はい」
 稲見瓶は頷(うなず)いてから、ジッポライターで煙草に火をつけた。
 風秋夕は、しばらく黙っていたが、その口を開けた。
社内で常に噂になっている風秋夕の美形を、綾乃美紀は唾を呑み込んで見つめた。
「はっきり言って、重力にも大気圧にも俺達を縛る意思がない。だから重力も大気も俺達を束縛してないけどな、有機物が夢を見るんなら、別の理由の方がいい……」
 三笠木里奈も、綾乃美紀も、風秋夕を一直線に見つめている。
稲見瓶も、黙って風秋夕を見つめていた。
 風秋夕は両手を軽く開いて、リアクションしながら言う。
「例えば、幸福という概念を無意識的に満たす為、知らず知らずのうちに理想を追い求めるとか。有機物は子孫を残す、その際に選ぶ相方は理想に近い存在で、探して探して、見つけて、必死に口説(くど)くんだ。生物はなぜかみんなそうで、理想的な相手を見つけると、求愛行動を取る。理想を創り上げるのも求めるのも、そもそもがより高性能な遺伝子を残したいっていうDNAの発信する本能の信号なんだよ」
 稲見瓶はきく。
「つまり?」
 風秋夕はゆるく微笑む。
作品名:ズッキュン‼‼ 作家名:タンポポ